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最悪の領主に転生した俺、なぜか国を救ってしまう  作者: レモンティー


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第二十三章:食わせろ

最初は、小さな噂だった。

「姫様が毒を食べたらしい」

「いや、毒じゃない」

「普通に食ってた」

「しかも美味いってよ」

市場の片隅。

井戸端。

兵士の詰所。

どこでも同じ話が繰り返される。

そして――

一つの言葉に集約される。

「じゃあ、なんで俺たちは食えないんだ?」

疑問は、不満になる。

不満は、声になる。

声は、集まる。

王城前。

人が増えていく。

最初は十人。

次に百人。

やがて――

「食わせろ!」

誰かが叫ぶ。

それが合図だった。

「飢えてんだよ!」

「毒じゃねえなら出せ!」

「姫様は食ったんだろ!」

怒号。

押し合い。

門番が押し返す。

だが、完全には止められない。

石が飛ぶ。

まだ小さい。

だが、兆候は十分だった。

「……まずいな」

城内、重臣たちの顔が青ざめる。

「制圧しますか」

「下手に刺激すれば拡大する」

「だが、このままでは――」

議論が割れる。

そのとき。

「私が行きます」

扉の前で、姫が言う。

全員が振り向く。

「殿下、それは――」

「今止めなければ、もっと大きくなります」

迷いはない。

「これは飢えではありません」

一拍。

「“選択を奪われている”ことへの怒りです」

誰も反論できない。

姫はそのまま歩き出す。

止める者はいない。

城門が開く。

一瞬、空気が変わる。

群衆のざわめきが止まる。

姫が、ひとりで前に出る。

「……姫様だ」

誰かが呟く。

怒号が揺らぐ。

完全には消えない。

「食わせろ!」

「本当なんだろ!」

姫はその声を正面から受ける。

逃げない。

そして、静かに言う。

「はい」

その一言で、場が止まる。

「食べられます」

ざわめき。

「毒ではありません」

さらにざわめきが広がる。

だが、同時に疑いも残る。

「だったら出せよ!」

「証拠見せろ!」

姫はうなずく。

「分かりました」

振り返る。

合図。

兵士ではない。

運ばれてくるのは――

大きな籠。

中に詰められているのは、

赤い果実。

そして、揚げられた芋。

さらに――

軽く乾いた薄い片。

群衆が息を呑む。

「……これが」

姫は一つ、トマトを手に取る。

そのまま――

かじる。

音が響く。

全員が見ている。

飲み込む。

何も起きない。

「見ての通りです」

次に、フライドポテトを取る。

口に入れる。

続けて、ポテトチップス。

一切の躊躇なし。

「これは食料です」

はっきりと断言。

沈黙。

そして――

一人の少年が前に出る。

「……本当にいいのか」

姫はうなずく。

「ただし」

声が変わる。

柔らかさの中に、強さが混じる。

「正しく扱うこと」

「毒になる部分はある」

「それは教えます」

一拍。

「だから――」

手を差し出す。

「選んでください」

強制ではない。

命令でもない。

ただの提示。

だが、それが決定的だった。

少年がトマトを取る。

震える手。

かじる。

沈黙。

そして――

「……うまい」

その一言で、爆発した。

「マジかよ!」

「俺も!」

「寄越せ!」

一気に群衆が動く。

だが――

暴走にはならない。

姫が声を張る。

「並んでください!」

その一言で、不思議なほどに流れが整う。

押し合いが止まる。

列ができる。

自然に。

誰も命令していないのに。

“選びやすい形”が提示されたから。

兵士たちが驚いた顔で見ている。

「……統制されている」

重臣が呟く。

「違う」

別の者が言う。

「自分で選んでいる」

列が伸びる。

人が増える。

だが、混乱は起きない。

むしろ――

熱狂が秩序を保っている。

姫はその光景を見て、小さく息を吐く。

(これが……)

思い出す。

あの言葉。

“選びやすくする”

視線が自然と遠くへ向く。

(あなたのやり方は――)

再び、群衆を見る。

笑っている。

食べている。

奪い合っていない。

(こういうことなのですね)

やがて、誰かが叫ぶ。

「姫様、万歳!」

一人。

また一人。

気づけば――

「万歳!」

「姫様!」

歓声が広がる。

偶像ではない。

恐怖でもない。

実感から生まれた支持。

姫は何も言わない。

ただ、その光景を受け止める。

静かに。

だが、確かに。

この瞬間。

彼女は“象徴”になった。

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