第二十二章:王族の食卓
王城の大広間。
長い卓。
重い空気。
並ぶのは、いつもの料理ではない。
見慣れぬ色。
見慣れぬ香り。
赤く切られた果実。
黄金色に揚がった細長い芋。
薄く、軽く仕上げられた乾いた欠片。
ざわめきが広がる。
「……あれが」
「例の“毒草”か」
「なぜ、ここに――」
扉が開く。
姫が入ってくる。
一人で。
護衛も、侍女もいない。
その異様さに、場が静まる。
「本日は、お時間をいただきありがとうございます」
形式的な礼。
だが、その目はまっすぐだった。
王が口を開く。
「報告は受けている」
低く、重い声。
「異国にて、毒とされるものを口にしたと」
「はい」
姫は否定しない。
「事実です」
ざわめき。
あえて認めた。
逃げない。
「……なぜだ」
「必要だったからです」
即答。
間を与えない。
「この国が飢えないために」
空気が変わる。
政治の言葉になった。
重臣の一人が口を挟む。
「だが、それは“毒”だ」
「古来より禁じられてきたもの」
「民を危険に晒すおつもりか」
姫は視線を向ける。
静かに。
「では、確認しましょう」
そう言って、卓へ進む。
誰も止めない。
止められない。
まず、手に取ったのは――
切りトマト。
赤い断面。
種と汁が光る。
姫は一瞬も迷わない。
そのまま口に入れる。
静寂。
全員が見ている。
咀嚼。
嚥下。
何も起きない。
「……生です」
はっきりと言う。
「加工による無毒化ではありません」
次に、手を伸ばす。
フライドポテト。
揚げた芋。
香りが立つ。
一本取り、口に運ぶ。
軽く噛む。
「加熱調理済み」
淡々とした説明。
「可食部のみを使用しています」
まだ終わらない。
最後に。
ポテトチップス。
薄く、軽い。
指で一枚つまむ。
それを――
口に入れる。
音が響く。
静かな広間に、不釣り合いな軽い音。
「加工食品です」
一拍。
「保存性も高い」
その言葉の意味は重い。
“備蓄できる食料”という宣言。
沈黙。
誰も、何も言えない。
事実が並んでいる。
逃げ場が、消えていく。
やがて、一人の重臣が言う。
「……姫殿下」
声がわずかに揺れている。
「それでも、それが“安全”である保証には――」
「あります」
遮る。
初めて、強く。
全員の視線が集まる。
「私はすでに、継続的に摂取しています」
「体調に異常はありません」
「現地でも、多数の人間が日常的に食しています」
一歩、前へ出る。
「これは“例外”ではありません」
「“実例”です」
王が黙って見ている。
姫は、真正面から受ける。
「問題は、毒かどうかではありません」
静かに。
だが、確実に。
「“知らなかった”ことです」
空気が凍る。
誰も反論できない。
「無知が、飢えを生みます」
「そして――」
一拍。
「知識は、それを終わらせます」
完全な沈黙。
その中で、王がゆっくりと口を開く。
「……面白い」
全員が息を呑む。
「毒と恐れられていたものが、食料になるか」
視線が卓へ落ちる。
トマト。
芋。
加工品。
「証明としては、十分だ」
ざわめきが走る。
だが――
王は続ける。
「だが」
その一言で、再び止まる。
「国家として認めるには、別の問題がある」
姫は目を逸らさない。
「権威、ですか」
王はわずかに笑う。
「理解が早いな」
一拍。
「これは“食の問題”ではない」
「“誰が決めるか”の問題だ」
姫は静かにうなずく。
「はい」
「だからこそ、ここで行いました」
王族の前で。
権威の中心で。
王はしばらく考える。
そして、言う。
「暫定的に認める」
場が揺れる。
「ただし――」
視線が鋭くなる。
「管理下でのみ使用を許可する」
完全な自由ではない。
だが、否定でもない。
姫は深く一礼する。
「十分です」
顔を上げる。
その表情は、確信に満ちていた。
種は、蒔かれた。
もう止まらない。




