第二章:崩壊の予兆と善政”
翌朝。
領主館は、いつもより静かだった。
静かすぎると言っていい。
「……旦那様、本気でございますか」
執事の声は、慎重というより恐怖に近かった。
「本気かどうかって話なら」
俺はあくび混じりに言う。
「昨日の時点で本気だろ」
広間には数人の側近が並んでいるが、誰も目を合わせない。
「税を半分、備蓄開放……」
財務担当が紙を握りしめる。
「それはつまり……今年の収入の放棄どころか、来年以降の統治基盤そのものを削る行為です」
「正確には“今の統治基盤”な」
俺は帳簿を指で叩く。
「この数字見てまだ続けろって言う方が無理あるだろ」
「しかし領主としては――」
「領主として?」
少しだけ声が低くなる。
「その“領主として”が、この結果を作ったんじゃないのか?」
沈黙。
誰も答えられない。
執事が一歩だけ前に出る。
「……旦那様。恐れながら申し上げます」
「言え」
「このままでは、徴税どころか軍の維持も不可能になります」
「うん」
「領地は……他国に食われます」
「それも想定内だ」
「……っ」
その一言で空気が凍る。
側近の一人が思わず口を開く。
「ではなぜ……!」
俺は窓の外を見る。
「じゃあ聞くけどさ」
振り返る。
「このまま徴収続けて、どうなると思う?」
執事は即答できない。
代わりに財務官が絞り出す。
「従わぬ村は処罰し、恐怖で……統治を維持するしか……」
言いながら、自分でも気づいている顔だった。
“もう無理だ”と。
俺は静かに言う。
「恐怖で支配できるのは、人がまだ“生きてる”ときだけだ」
沈黙。
遠くで風が鳴る。
まるでその言葉に返事をするように。
「それともう一つ」
俺は帳簿を閉じる。
「今日から徴税役、全員戻せ」
「……は?」
一斉に空気が跳ねた。
「徴税機構を止めるってことは……国家機能の停止と同義です!」
「もうその機能、腐ってる」
「ですが!」
執事が声を荒げる。
「それでは誰が財源を――」
「財源?」
俺は笑う。
「その財源ってやつで、人死んでるだろ」
一瞬、誰も動かない。
そのとき――
扉が叩き割るように開く。
「報告!!」
兵士が転がり込む。
「南部三村で暴動発生!徴税隊が襲撃され、三十名行方不明!」
「……来たか」
俺は小さく息を吐く。
執事が青ざめる。
「旦那様! だから申しましたように強硬策を――!」
「違う」
一拍。
「これは“強硬策の結果”だ」
広間の空気が完全に止まる。
財務官が震え声で言う。
「では……どうすればよかったと……?」
俺は少しだけ黙る。
そして言う。
「最初から、壊さないことだろ」
誰も返せない。
正論が、今さら重すぎた。
兵士が叫ぶ。
「村はまだ一部残存!しかし火が回りつつあります!」
俺は外套を掴む。
「全員、出る準備しろ」
執事が必死に止める。
「お待ちください旦那様! それは領主自らが出る案件では――!」
俺は振り返る。
「じゃあ誰が行く?」
「……っ」
誰も言えない。
貴族は行かない。
兵士は間に合わない。
執事は決断できない。
「結局さ」
俺は扉の前で止まる。
「こういう時に動かないから、全部終わるんだよ」
外に出る直前。
一言だけ落とす。
「火を消しに行く」
そして歩き出す。
――それが、この世界で初めての“統治”だった。
悪徳領主と呼ばれた男が、
初めて“責任”というものを手にした瞬間。




