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最悪の領主に転生した俺、なぜか国を救ってしまう  作者: レモンティー


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第十七章:境界線の向こう側 ― 共同経営の始動

境界の向こうは、思っていたより静かだった。

風は同じように吹いているのに、土の色だけが違う。

「……ここからですね」

姫の声は低い。

さっきまで馬車の中で見せていた迷いは、もう消えている。

代わりにあるのは、いつもの“分析の目”だ。

だが、その横顔は少しだけ硬い。

「緊張してるのか?」

俺が言うと、姫はすぐに首を振る。

「いいえ」

間。

ほんの少しだけ遅れて付け足す。

「ただ、現地の情報が不足しています」

「それはいつものことだろ」

「……はい」

小さく頷くが、その指は無意識に地図の端を押さえている。

いつもより、少し強く。

境界を越えると、すぐに視線が集まった。

農民たち。

痩せた土地。

管理の手が届いていない畑。

誰もがこちらを警戒している。

「来たな」

俺が呟くと、姫は一歩だけ前に出る。

その動きは自然だった。

けれど、わずかに俺の前に出る位置取りだった。

「……説明します」

小さくそう言ってから、姫は農民たちに向き直る。

「本日より、この地域の農地運用は再編されます」

ざわり、と空気が揺れる。

「再編だと?」

「誰の許可だ!」

怒声が上がる。

だが姫は一歩も引かない。

「生産効率が低下し、飢饉の再発リスクが高いことは、すでに数値で確認されています」

「このままでは、次の収穫期を迎えられません」

言葉は冷静だ。

だが、突き刺さるほど現実的だった。

俺は少し離れた位置でそれを見ている。

(……ほんとに、慣れたな)

昔なら、王女がここまで現場に立つことはなかったはずだ。

今は違う。

姫は一度だけ振り返る。

俺を見る。

ほんの一瞬。

「……合っていますか?」

それは確認だった。

でも、内容ではなく“進め方”の確認だ。

俺は肩をすくめる。

「好きにやれ」

その一言で、姫の表情がわずかに緩む。

ほんの少しだけ。

それから再び前を向く。

「では、共同経営を開始します」

その言葉に、農民たちがざわつく。

「共同……?」

「何と?」

姫は淡々と続ける。

「この土地の所有は変えません」

「ただし、生産・流通・分配は統合します」

「収穫の安定化を優先します」

言い終えた瞬間、一人の農民が叫ぶ。

「そんなの、奪うのと同じだ!」

空気が張り詰める。

だがその時。

姫が、少しだけ間を置いた。

声のトーンがほんの少しだけ下がる。

「……奪いません」

「私は、飢えさせないために来ました」

その一言が、不思議なくらい静かに響く。

さっきまでの理屈じゃない。

“意志”だった。

その背後で、俺は小さく息を吐く。

(ああ、こういう顔するんだな)

理論じゃなくて、責任の顔。

一人の老人が口を開く。

「……本当に、食えるようになるのか」

姫は即答する。

「なります」

間。

「ただし、方法は変わります」

その瞬間、少しだけ風が変わった。

完全な拒絶でも、完全な受け入れでもない。

“揺れ”だ。

俺はその様子を見て、ようやく一歩前に出る。

「話は全部こいつが正しい」

「俺は現場を見るだけだ」

農民たちが俺を見る。

姫も一瞬だけ振り返る。

驚いた顔。

ほんの少しだけ。

俺は続ける。

「文句があるなら、結果で言え」

「腹が減らなきゃ、それでいいだろ」

沈黙。

単純すぎる言葉。

でも、いちばん刺さるやつだ。

姫が小さく息を吐く。

その横顔は、さっきより少しだけ柔らかい。

「……やっぱり、ずるいです」

「何がだ」

「あなたが言うと、全部単純になります」

俺は肩をすくめる。

「単純でいいだろ」

姫は少しだけ視線を逸らす。

「……はい」

小さく答える。

だがその声は、さっきより少し近かった。

こうして、共同経営は始まった。

土地でも、制度でもない。

もっと曖昧で、もっと現実的なものとして。

そしてその中心に、二人が立っていた。

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