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最悪の領主に転生した俺、なぜか国を救ってしまう  作者: レモンティー


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第十五話:共同経営

翌朝。

執務室には、いつもより重い空気が流れていた。

机の上に広げられているのは、地図でも帳簿でもない。

隣国の農地区画図だった。

「……これ、本気ですか」

執事が眉をひそめる。

「隣国の農地を借りる?」

「借りる、というより共同運用だな」

俺は淡々と答える。

姫が地図を指でなぞる。

その指先は迷いがない。

「既存の農地は、管理単位が分断されています」

「生産効率は平均以下」

「ですが土壌そのものは悪くない」

少し間を置いて続ける。

「つまり、“運用が悪い”だけです」

執事が息を呑む。

「国家の農地運営に直接介入する形になりますよ」

「もうしてるだろ」

俺は短く返す。

沈黙。

姫が静かに頷く。

「すでに流通と物流は再設計されています。次は生産側です」

執事が小さく呟く。

「それは……国家そのものでは」

「違う」

俺は地図を指で叩く。

「“共同経営”だ」

その言葉に、姫が少しだけ目を上げる。

「共同、ですか」

「ああ」

俺は続ける。

「こっちが技術と流通を持つ」

「向こうが土地と人を持つ」

「足りない部分を補うだけだ」

姫は少し考えてから言う。

「……合理的ですね」

「だろ」

だが執事は納得していない顔をしている。

「ですが、それは事実上の経済統合です」

「そうだな」

俺はあっさり認める。

その瞬間、部屋の空気が少し変わる。

姫が静かに言う。

「では、正式な外交案件にしますか」

「する」

即答。

姫は少しだけ目を細める。

「なら、私が調整役になります」

「助かる」

短いやり取り。

なのに、その中に妙な“慣れ”がある。

執事がわざとらしく咳払いをした。

「……また規模が増えましたね」

「いつものことだろ」

俺は麦茶を飲む。

姫が地図を畳みながら言う。

「隣国側の反応は慎重ですが、拒否ではありません」

「食料が必要だからな」

「ええ。ただし条件があります」

「条件?」

姫は一拍置く。

「“主導権の所在を曖昧にすること”です」

執事が顔をしかめる。

「曖昧に?」

姫は頷く。

「どちらが支配しているか分からない形にすることで、政治的反発を抑えます」

俺は少しだけ笑う。

「つまり、実質こっちが回してるのを誤魔化すってことか」

「そうです」

姫は平然と言う。

その横顔を見て、俺はふと思う。

(こいつ、完全に“こっち側”だな)

理屈も、現場感も、もう外の人間じゃない。

そのとき姫が言う。

「ただ、一つだけ問題があります」

「なんだ」

姫は少しだけ視線を落とす。

「現地の農民は、急な変化を嫌います」

「だから?」

「説明役が必要です」

執事が言いかける。

「それなら――」

姫が遮る。

「彼が適任です」

一瞬、部屋が静まる。

俺を見る視線。

俺は麦茶を置く。

「……俺が行くのか」

姫は軽く頷く。

「現場を見て判断できる人間が必要です」

「それと」

少し間を置く。

「あなたが行くと、彼らは納得します」

その言い方は、合理的だった。

なのに、さっきより少しだけ距離が近い。

理由はないのに、断定してくる感じじゃなくて――“信じている側”の言い方になっている。

俺はため息をつく。

「わかったよ」

立ち上がろうとすると、姫もほぼ同時に動く。

ぶつかるほどではないが、少しだけ肩が近い。

「準備します」

「一緒に行くのか?」

「当然です」

即答。

迷いがない。

そして少しだけ視線を逸らして、付け足す。

「……あなた一人だと、また無茶をしそうなので」

それは業務報告みたいな口調だった。

でも、少しだけ柔らかい。

俺は苦笑する。

「信用されてるのか、されてないのか分からないな」

姫は一瞬だけ考えてから言う。

「どちらもです」

少し間。

そして、小さく続ける。

「でも、同行したい理由はそれだけじゃありません」

その言葉はすぐに飲み込まれる。

何事もなかったように、地図をまとめる姫。

ただ、耳だけ少し赤い。

執事が何か言いかけてやめる。

俺はそれを見なかったことにして麦茶を飲む。

外はすでに、別の空気になり始めていた。

国でも、領でもない。

“共有される土地”という、新しい形の現実だった。

そしてその中心で、俺たちは同じ方向を見ていた。

けれどその隣に立つ距離だけは、昨日よりほんの少しだけ近かった。

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