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最悪の領主に転生した俺、なぜか国を救ってしまう  作者: レモンティー


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第十四話:距離の近い姫と、説明できない感情

都市はすでに“日常”になっていた。

朝は市場の喧騒。

昼は水路の整備音。

夜は帳簿と議論の声。

その中心に、姫はいた。

最初は「留学」だったはずの存在が、今では普通に政策会議に座っている。

「この区画、住宅密度が高すぎます」

「再配置が必要です」

姫の指が地図をなぞる。

執事がうなずく。

「承知しました」

そのやり取りを見ながら、俺は麦茶を飲む。

「お前、もう完全にここの人間だな」

俺が言うと、姫は顔を上げる。

「まだ違います」

「そうか?」

「私は“外の視点”を持っています」

少し間を置いて、続ける。

「それが必要でしょう?」

その言葉に、俺は頷く。

「まあな」

……気づけば、そういうやり取りが増えていた。

最初は“姫”だった。

今はもう、ただの「政策担当の一人」みたいな距離感だ。

だが、完全にそれだけでもない。

ある日。

水路の視察中。

姫は足を滑らせた。

「っ……」

反射的に、俺は腕を掴む。

引き寄せる。

一瞬だけ、距離が詰まる。

「……すみません」

姫はすぐに離れる。

だが、その耳が少しだけ赤いのを俺は見た。

「珍しいな」

「何がですか」

「お前、失敗しないイメージだった」

姫は少しだけ視線を逸らす。

「人間ですから」

その一言が、妙に残る。

夜。

焚き火のそば。

姫は帳簿を閉じる。

「この都市は、もう私の国より効率が良いです」

「比較するなよ」

「事実です」

少し間を置いて、彼女は続ける。

「……でも、少し怖いです」

その言葉に、俺は初めて彼女の“王女じゃない部分”を見る。

「何がだ」

「完成しすぎていることです」

焚き火が揺れる。

「どこまで伸びるのか、制御が追いつかない」

俺は少し笑う。

「怖いのか」

姫は頷く。

「はい」

「でも――」

そこで一度、言葉が止まる。

「でも?」

姫は視線を焚き火に落としたまま言う。

「あなたがいると、少しだけ安心します」

その瞬間、空気が変わる。

執事がなぜか咳払いをして離れる。

俺は麦茶を飲む。

「それ、領主として安心って意味だよな」

姫は少し間を置く。

「……そういうことにしておいてください」

その言い方が、妙に逃げていた。

翌日。

倉庫前。

姫は図面を広げている。

「ここに市場拡張」

「ここに水利追加」

「そしてこの動線は――」

横に立つ俺に、自然と説明してくる。

距離が近い。

近いのに、当たり前みたいに近い。

「なあ」

俺が言うと、姫は顔を上げる。

「何ですか」

「お前さ」

「はい」

「ここ、いつまでいるつもりだ」

少しだけ沈黙。

そして姫は言う。

「必要がある限り」

「それは?」

「この都市が、まだ不安定だからです」

理屈は完璧だ。

だが、そのあと一拍置いて。

「……それに」

小さく付け足す。

「まだ、見ていたいので」

その言葉は、政策でも外交でもなかった。

俺は少しだけ黙る。

「そっか」

それだけ返す。

風が吹く。

土地改良は、もう反応しない。

この関係は、もはや“環境”ではなく“人間同士の領域”になっていた。

夜。

姫は一人、城壁の上に立つ。

俺が上がってくる。

「何してる」

「少し考え事を」

「また制度か?」

姫は首を振る。

「いえ」

少し間を置く。

「あなたのことです」

沈黙。

風だけが通る。

姫は続ける。

「この都市は、あなたが作りました」

「でも私は、あなたがどういう人か分からないままです」

俺は少し笑う。

「分かる必要あるか?」

姫は少しだけ視線を逸らす。

「……分からないと、不安です」

その一言は、いつもの政治家の声じゃなかった。

俺は空を見上げる。

「私は別に大したことしてない」

「飯を食えるようにしただけだ」

姫は少し間を置く。

「その“だけ”が、一国を変えています」

沈黙。

そして、彼女は小さく言う。

「ずるいです」

「何が」

「あなたは、自分を過小評価します」

俺は苦笑する。

「そうか?」

姫は頷く。

「はい」

そして――ほんの少しだけ距離を詰める。

「だから、気になります」

その言葉に、夜風が一瞬だけ止まった気がした。

だがすぐに、何事もなかったように流れていく。

俺は肩をすくめる。

「じゃあ、気にしとけ」

姫は少しだけ驚いた顔をして――

そして、ほんのわずかに笑った。

「はい」

その夜。

都市はいつも通り回っていた。

だがその中で、一つだけ変わったものがある。

制度でもなく、収穫でもなく。

“距離”だった。

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