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見ない、聞かない、語らない  作者: 佳凝
上部 冗談すぎ、見るな
7/11

第7話―第三夜―鎖

「おじいちゃん、いる? 横になったよ」


『うむ。私はずっといる』


「知ってる」

「ねえ、おじいちゃん。昼間、私に話しかけた?」


『ほう? なぜそう思う?』


「なんとなく……話しかけられた気がしたの」


『いつ?』


「午後だ」


『詳しく聞こう』


「前の仕事、辞めたでしょ。最近は体調もだいぶ戻ってきたし、そろそろ新しい仕事を探さなきゃと思って」

「だから最近、ずっと履歴書を書いたり、応募したりしてたの」


『それで?』


「今日の午後も履歴書を整理しながら、この数日おじいちゃんが言ってたことをいろいろ考えてて」

「……頭がパンパンになっちゃって」

「だから気分転換しようと思って、下のコンビニへお菓子を買いに行ったの」


『で?』


「お菓子をたくさん買って、栄養ドリンクも買った」

「会計が終わって袋に詰めてた時、そのドリンクを見たら、ついキャップを開けて一口飲んじゃったの」

「飲んでからまた袋詰めを続けてたところ、店員さんが来て、『ここで飲まないでください』って」


『うむ』


「ちょっと恥ずかしかった……」


『なんで?』


「なんでって。 そりゃそうだよ!」

「この店のルールね。実は知らなかったわけじゃないの」

「頭が疲れすぎてて、何も考えてなかっただけ」


『なるほど』

『その後は?』


「その後……」

「おじいちゃんの声が聞こえた気がしたの」


『私はなんと言った?』


「たしか……」

「相手の目を見ながら、全部飲み干せって……そんな感じ」


『ふふ、こうやった?』


「うーん……」

「でもその店員さん、私が飲み終わる前に行っちゃった」


『どんな顔をしてた?』


「なんだろう……」

「気まずそうだったような、嫌そうだったような……」


『お前はどう感じた?』


「私?」


『うむ』

『面白いとは思わなかったか?』


「そんな! 思うわけないでしょ」


『なぜ?』


「だって、規則を破ったんだもん! 迷惑かけたんだもん!」

「だから店員さん、きっと『最悪、死ねばいい』って思ったはず」


『本当にそう思ったなら、なぜその場でお前を殺さなかった?』


「えっ? おじいちゃん」


『ふふ、 確かに私だ』

『昼間、お前に話しかけたのは』


「やっぱり! 気のせいじゃない……」

「でも、なんでそんなこと?」


『今夜の話題のためだ』


「話題?」

「今夜の話題は、『君子報仇、十年不晚』の言葉じゃなかったの?」


『関係ある』


「……何の関係?」


『じゃあ、昼間の話を終わらせよう』


「うーん……」


『まず言っておく』

『普段は真似するな』


「え?」


『昼間のこと、わざわざやるな』


「当たり前でしょ!」

「もう! おじいちゃん、私を何だと思ってるの!」


『超人だ』


「超人だって、そんなことしないよ!」


『そうか』

『小霊。今日、なぜ私があれをやらせたかわかるか?』


「全然わからない」

「本当に」


『自分を裁くな』

『と伝えたい』


「……どういう意味?」


『だからな、お前はただ、一口飲みたかったでしょ』


「でも規則を破った」


『破ったら謝れ、それでいい』

『でも自分を責める必要はない』


「責めてた?」


『先ほど自分で言ったでしょ』

『店員さんはお前に死んでほしいと思ったはずだ、と』


「だって思ったかもしれないじゃん!」


『いやいやいや』

『彼はただ、「ここで飲まないでください」と言っただけだ』

『残りは全部、お前の頭の中で作った物語だ』


「え?」

「そう言えば……確か……」


『ほう』


「でも……ちゃんとした人間でいたいから」

「人に迷惑をかけたくないし、常識のない人とも思われたくない……」


『小霊。それは一種の鎖だと思わないか?』


「鎖?」


『そうだ』


「この言葉、昨夜も聞いた気がする」

「確か、『君子報仇、十年不晚』って話は鎖だと言ったっけ?」


『いや、こういう話は鎖じゃない』

『この話の中の、一つの言葉だ』


「何の言葉?」


『君子だ』


「君子?」


『「君子」とは何だ? それで、「小人」は?』


「いや……説明は難しい」

「できない」


『なら私から聞こう』


「うん」


『親孝行をする者は「君子」か?「小人」か?』


「君子」


『過去へ戻り、自分の祖父を殺した者は?』


「それは……小人かな?」


『真面目に働く者は?』


「君子」


『コンビニで飲み物を飲む者は?』


「……」


『小霊、気づかないか?』

『美しい言葉、立派な言葉、優秀な言葉は、全部「君子」のものになっている』

『そして失敗も、愚かさも、醜さも、全部「小人」のものになる』


「うん……」


『十年耐え、十年努力し』

『その後で復讐した者を、人は「君子」と呼ぶ』


「おじいちゃん、『小人』の味方をしてるの?」


『違う』

『私が言いたいのはな』

『その人は「君子」でも「小人」でもない』


「じゃあ何?」


『人間だ』


「……」


『コンビニで飲み物を飲む者も人間だ』


「私は……本当に何も考えてなかっただけなんだけど」


『知っている』


「じゃあ、人間なら失敗することもある……よね」


『そういうことだ』


「おじいちゃん……昼間のことを思い返すと」

「なんだか、そんなに恥ずかしいことじゃなかった気がしてきた」


『だから言っただろう』

『自分を裁くな』

『お前のこと「死ねばいい」って思ったのは、あの店員さんじゃない』

『お前だ』


「いや、言い方少し大げさだけど……」


『わかってる』

『昼間の件は小さな例だ』

『小霊、今度は別のことを聞こう』


「うん」


『なぜ死のうと思った?』


「……」


『両親には答えなくても構わん』

『だが、自分自身には答えた方がいい』


「……おじいちゃんと一緒にいたかったから」


『ふふ、それも理由の一つだろう』

『だが、それだけではない気がする』


「……」


『そうじゃない?』


「わからないよ……」


『お前、この世界は複雑で、恐ろしいと言ったでしょ』


「うん」


『なぜ?』


「本当にわからないよ……だって複雑で怖いんだもん!」

「生きてても面白くないし……おじいちゃんもいないから」

「仕事もなくなったし……」

「彼氏にも振られたし……うぅ……」


『小霊』

『少し落ち着け』


「うぅ……」


『ふふ』

『そんな顔するな』


「……」


『ちょっと水飲もう』


「……うん」


『少しは落ち着いたか?』


「うん」


『では一つずつ見ていこう』


「うん」


『仕事を辞めた理由は?』


「おじいちゃんのお葬式の日、主任に仕事やれって言われたの」

「しかも、お葬式はリモート参加すればいいって」


『うむ、それで辞めたのか?』


「うん」


『リモート参加って』

『私は別に……』


「おじいちゃん!」

「お葬式だよ!」


『誰かが、お前を責めた?』


「……」


『じゃあ、次』

『彼氏とは別れたのか?』


「うん……ちょうどおじいちゃんがいなくなった日」


『理由は?』


「疲れるって」

「私のこと、いつも緊張してて、何をするにも慎重すぎて」

「一緒にいると、自分までも息が詰まる気がするって」


『ほら』


「え?」


『これだ』


「なに?」


『なんで死のうと思った』


「……振られたこと?」


『違う』

『緊張しすぎること』


「だって……」

「何でもちゃんとやりたいんだもん」


『お前は、自分で自分を縛りすぎだ』


「……」


『見えるか?』


「なにが?」


『お前の周りだ』

『鎖だらけじゃないか』


「見えないけど」


『じゃあ、聞こう』

『もし仕事がそのままあって、彼とも別れていなかったら』

『お前は死のうと思ったか?』


「……わからない」

「おじいちゃんはどう思う?」


『ふふ、小霊』

『一つだけ覚えておけ』


「……」


『誰の名をもってしても、自分に死刑を宣告するな』


「……」


『覚えたか?』


「おじいちゃん」

「今日は……もう寝る」


『そうか』


「いい?」


『なら寝ろ』


「おじいちゃん!」


『なんだ?』


「もし夜中にまた話したくなったら……」

「その時も相手してくれる?」


『私はずっといるぞ』


「ありがとう、おじいちゃん」


『馬鹿を言うな』

『おやすみ、超人小霊』


「私は超人じゃない」

「おやすみなさい、おじいちゃん」

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