第6話―第二夜―三次元世界の観察者
「おじいちゃん……まだいる?」
「もう横になったよ」
「それに、私たちの喫茶店もちゃんと片づけた」
『小霊、こんばんは』
「やっぱり、いるんだ!」
『ああ、ずっといるよ』
「じゃあ昨日、なんで返事してくれなかったの?」
『まぁ……昨日は疲れていて、先に寝た』
「嘘だ!」
『ふふ、小霊よ、落ち着いて』
「もう! 本当に……」
『ふふ』
「……でも、わかるよ」
『何が?』
「なんで昨日、返事してくれなかったのか」
『ほう?』
「おじいちゃん、昨日の時点で知ってたんでしょ?」
「今夜も私と話せるって」
『なぜ?』
「今日、お父さんから電話があったの」
「霊園の人が今朝、写真が壊れてるのを見つけたんだって」
「新しい写真は作るけど、勝手には墓石につけられないらしいの」
「お父さんたちが帰ってきてから、もう一度取り付けの儀式をするんだって」
『それが私と何の関係がある?』
「未来が見えるって言ったのは、おじいちゃんじゃない?」
「だったら昨日の時点で知ってたはずでしょ……」
『なるほど』
『安心したのだな、小霊』
「……」
『少なくとも、二人が帰ってくるまでは、毎晩こうして話せる』
『よしよし、怒るな』
『今回は私が悪かったことにしておこう』
「別に怒ってないもん……」
『そうか』
『それで、昨夜はどこまで話したかな?』
「この世界、どうやって観察するのかって話」
『ああ、それだ』
「ねえ、おじいちゃん、どうやって?」
『難しいと思うか?』
「わからない」
『では逆に聞こう』
『お前は今まで、どうやって世界を見てきた?』
「うん……この『目』で見るんじゃないの?」
「もしかして、『心』で見るとか?」
『いや、いや』
『難しく考えるな』
「じゃあ、もう考えない」
「おじいちゃんが教えて」
『そうだな……』
『小霊。"次元"という言葉は知っているな?』
「もちろん」
『どの程度知っている?聞かせてみろ』
「うーん……最初から……」
「零次元は点。ただの点」
「一次元は長さだけだから、線」
「二次元は長さと幅。つまり、平面……」
「例えば、絵とか漫画とかは二次元」
『うむ』
「三次元は、そこに高さが加わる」
「私たちが生きてる世界だね」
『その通り』
「で、その先が四次元だけど……」
「そこから先はよくわからない」
「なんか十一次元まであるって聞いたんだけど」
『十分だ』
『これから、最も簡単な言葉で、四次元を説明してみよう』
「うん」
『まず、次の話しを覚えておけ』
『二次元世界の観察者と、三次元世界の参加者は、同じ存在である』
「全然わからない……」
『ふふ、慌てるな』
『先ほど、お前は絵の話をしたな』
「うん」
『もし二次元の生き物が、その絵の中に住んでいたらどうだ?』
「えっ?」
『その生き物は、自分たちが何の絵の中にいるのか、理解できる?』
「できないと思う」
「少なくとも、絵の全体は見えない」
『では、お前はなぜ見える?』
「私? だって、上から見られるから」
「飛行機から地上を見下ろすみたいな感じ」
『素晴らしい例』
「で?」
『つまりお前は、その二次元世界の観察者だ』
『そして同時に、三次元世界の参加者でもある』
「あっ……私?」
『一つ次元が多いんだ』
「なるほど!」
「ね、ね、おじいちゃん、その二次元生物から見たら、私って超人じゃん!」
『ふふ、じゃあ』
『超人小霊、同じ理屈で考えてみよう』
『どうすれば、三次元世界の観察者になれる?』
「え?」
『さっきと同じだ』
「もしかして……」
「四次元世界の参加者になる?」
『正解だ』
「いやいやいや! 無理でしょ!」
「四次元世界って、また一つ次元が多いんでしょ?」
『ああ』
「何なのかもわからないのに! だって、無理だよ」
『ふふ、「超人」はそんなに慌てないぞ……』
『結論から言おう』
『増える次元は、時間だ』
「時間?」
『そう。 例を使おう』
『今、中身の見えない箱が一つあるとする』
「うん」
『中に、何が入っているかわかるか?』
「わからない」
『では箱を開けてみたら?』
「なら、わかる」
『箱を開けるのは二秒かかった』
「うん」
『ほら、わかった?』
「何を? もうぐちゃぐちゃになったよ、頭!」
『つまり……』
『二秒という「時間」を加えたことで、知らない状態から、知っている状態へ移動したのだ』
「……そして?」
『話はそれで終わりだ』
「終わり!?」
『終わりだ』
「簡単すぎる!」
『元々、複雑な話ではない』
「待って、 整理させて」
「三次元は空間」
「四次元は、時間が加わった空間……」
『正確には「時空」だな』
「だったら私たち、もともと四次元世界に住んでるじゃん!」
『その通り』
『だから生きてるって、待つことは大事な能力』
「……」
『でも、待つだけは駄目だ』
「え?」
『さっき、箱を開けたじゃない?』
「……行動?」
『そう! もっと簡単な言葉でいこう』
『動くこと』
『と、待つこと。この二つが揃った時、人は四次元世界へ足を踏み入れる』
「そして、三次元世界の観察者になれる?」
『じゃあ、最初の問題に戻る』
『この世界、どうやって観察するのか、小霊、知ってたか?』
「……」
「次元の限界じゃなくて、考え方の限界っていうことじゃない?」
『よく言った』
「……」
「じゃあおじいちゃん、五次元世界は? 六次元は?」
『早すぎる』
『四次元生物のことなど、今のお前にわかるわけがない』
「そう……だなぁ」
『その通り』
「四次元生物って、どんなもの?」
『うん……時間を前後に動かせるもの』
『お前たちが高さを上下に移動するようにな』
「それはすごい……」
『こういう事も、今考えなくていい』
『待つことは大事な能力だからさ』
「あっ 今の話を聞いてたら、ある言葉を思い出した」
『ほう?』
「君子報仇、十年不晚」
『古い言葉だな』
『お前はどう思った?』
「その人の魂、めちゃくちゃ重そう!」
「彼は斧を持って、山の上に立ってて、見下ろしながら、そう語る」
「太い声で、『俺は四次元世界に入った!二秒じゃなく、十年だ!十年耐えた、十年積み重ねた!今、三次元世界へ帰ってきたぞ!復讐だ!』って」
「うわぁ、かっこいい!」
『はははは!』
『小霊らしい感想だな』
「そう思わない?」
『いや、 確かに格好いい』
「でしょ!」
『だがな』
『その古い言葉には、人類を何千年も縛り続けてきた鎖が一つある』
「鎖?」
『長い話だ』
『今夜はもう十分だ』
『続きは明日話そう』
「うん……いいよ。明日も話せるもんね」
『そうだ』
「それを知ってるだけで、今日は安心して眠れそう」
『なら最後に一つ』
「うん?」
『内に求めよ、外じゃなく』
「でも、おじいちゃんの魂って、私の中にいるんでしょう?」
「外じゃなく」
『……』
「ほら! 言い返せない!」
『ふふ、 確かにな』
「やった!」
『だが、言いたいことはわかるな?』
「だって、おじいちゃんが明日来ても来なくても、私はちゃんと眠る」
「説教しないでって」
『そっかー じゃあ、おやすみ、超人小霊』
「おやすみなさい、おじいちゃん」




