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見ない、聞かない、語らない  作者: 佳凝
上部 冗談すぎ、見るな
2/12

第2話―序章①―葬式・自殺

これは最初の一文じゃない。

いや、最初の一文だ。

正確には、あとから付け加えた最初の一文。


これが最終版。

もう直さない。きりがないから。


それと、下に続くあの冗談みたいな話とは、まったく関係ない。

いや、そもそもこんな一文を加えたこと自体、意味なんてない。


……あるわけない。

いや、違う。意味はある……


今の私は少し支離滅裂だ。

頭の中が、ぐちゃぐちゃだから。


私は、まだあの女を信じるべきなのか、わからない。

少なくとも前までは信じていた。


だから私は、あんな冗談みたいな話を彼女に見せた。

絶望した女が、老いていく話。


私を、また騙していたのか。

それとも、彼女自身も真実を知らなかったのか。


私はまた、彼女が二十二歳の誕生日に聞いた言葉を思い出す。


生きているみたいで、

死んでいるみたいだった。


意味がわからない。


私は、あの少年が墓石の前で、考え込んでいる姿を見た気がした。


聞いてみたくなる。


「君の考えが正しいのか?」

「それとも、私が正しいのか?」


それとも、どっちも間違っているのか。


じゃあ、正しいって何なんだろう。

どうやって証明するんだろう。


……


彼女は洗濯洗剤を買いに行ったみたいだ。

もう、私ひとりしかいない。


あの世界へ行く。

次元の真実を探しに……



序章① 葬式・自殺



今日は、彼女の二十二歳の誕生日だった。


陳嘉霊は、退屈そうに目を上げ、この冷たく厳かな式場を見回した。


去年の会場と、どこか似ている。

……いや、少し狭いかもしれない。


ただ、今年は白と黒ばかりだった。

去年は、こんな色じゃなかった気がする。


なかったっけ?

と、陳嘉霊は去年の誕生日会の色を思い返す。

淡い青が中心だった。


白と黒はなかったのか。

それとも、自分が気づかなかっただけなのか。


でも彼女はすぐに、そんなことには何の意味もないと気づいた。

陳嘉霊は自嘲気味に笑い、再び周囲へ視線を向けた。


みんな悲しそうな顔をしている。

なのに、どこか芝居じみて見える。

しかも演技が下手だ。


去年、「君の未来はきっと明るい」とか、「ずっと幸せでいてね」とか言っていた人たちと同じだった。

舞台にも立てないような、安っぽい演技。


ただ一人だけ、本気で祝福してくれた人がいた。


祖父だ。


『小霊、じいちゃんはな、お前がもっと金持ちになって、ちゃんとしたズボンを買えるようになることを願ってるぞ。穴の空いたズボンなんか履くな。じいちゃんくらいの歳になったら、足が痛くなるからなぁ……』


「もう、おじいちゃん。わかってないなぁ。これがファッションなの。」


『そうか、そうか……でも端っこだけでも縫っとけ。穴ってのはな、どんどん広がるんだ。広がりすぎたら、もうおしゃれじゃなくなるぞ……』


そこまで思い出して、陳嘉霊はまた笑った。

今度は、少し温かい笑いだった。


彼女の視線は、再び式場の中央へ向かう。

そこには、祖父の遺影が飾られていた。


写真の中の祖父は、去年と同じように優しく笑っている。

祖父は彼女を見つめていた。

その眼差しは、淡い青空みたいに温かかった。


写真に青なんてない。

この会場にも。


なのに、その目には深さがあった。

まるでブラックホールみたいに。

すべてを飲み込む穴。


たとえば――記憶とか。


彼女の記憶の中で、祖父は誰よりも自分を可愛がってくれた人だった。

心の底から。


あの日のことを、彼女はまだ覚えている。

初めて彼氏を家に連れてきた日だ。


祖父はその青年をとても丁寧にもてなし、最後には玄関まで見送りに行った。

でも扉を閉めたあと、泣いた。

家族が「なんで泣いてるの」と聞くと、祖父はこう言った。

『こんな子、わしは知らん。でも、うちの小霊をあいつに渡したんだ……』


「じゃあ、なんでそんなに優しくしたの?」

『わしが優しくしなかったら、あいつも小霊に優しくしてくれんかもしれんだろ。』

その言葉に、隣で聞いていた陳嘉霊は、顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりしていた。


祖母は早くに亡くなった。

陳嘉霊には、ほとんど記憶がない。

彼女は祖父と二人で育った。


祖父の書斎には、大きな本棚があった。

そこには退屈で難しそうな哲学書がぎっしり並んでいた。

ほとんどがペーパーバックだった。


祖父は普段あまり喋らない。

いつも本を抱え、眉間を固く結んでいた。


本を読んでいるのか。

それとも考え込んでいるのか。

机に向かうその老人を見ていると、よくわからなくなることがあった。


そんな祖父が、一番よく喋ったのは、幼い頃の陳嘉霊に昔話を聞かせる時だった。


どんな話だったか、彼女はもう覚えていない。

というより、最初からちゃんと聞いていなかった。

どうせ「いい子になりましょう」みたいな話ばかりだった。


話が終わるたび、祖父は必ず何かを付け足した。

優しい声だった。

でも、少し厳しかった。


陳嘉霊はそういうのがあまり好きじゃなかった。

ただ、その口調から一つだけ伝わってきたことがある。


たとえ物語の中の“いい子”になれなくても、

祖父だけは、ずっと自分を可愛がってくれる。

ずっと。


幼い陳嘉霊は眠そうな目をこすりながら、祖父の眉間を眺めていた。

もう二度とほどけないように見える、その皺。


でも不思議と、昔話をしている時だけは少し緩んで見えた。

結び目じゃなく、

小さな蝶結びみたいに。


一週間前。土砂降りの午後だった。

祖父は買い物に出かけ、途中で傘を落とした。


でも、二度と拾い上げることはなかった。


祖父の眉間の蝶結びが、とうとうほどけた――

そんな知らせを受けた時、陳嘉霊は会社の狭いデスクで、上司に見つからないよう隠れながら、彼氏から送られてきた別れのメッセージを読んでいた。


一昨日、上司が彼女を呼び出した。二日後、一緒に取引先へ行ってほしいと言う。


その客は重要人物らしい。

上司の娘の結婚式で、一番大きな祝儀を包んだからだ。


陳嘉霊は、「その日は祖父の葬式です」と答えた。


上司はまず、“人間味のある上司”の演技を始めた。

もちろん、演技は下手だった。


そのあと彼は提案した。

「葬式は、リモート参加でもいいんじゃない?」

そして付け加える。

「ただ、客先には見つからないようにね。失礼だから。」


最後のその演技だけは、祖父みたいだった。

本気っぽくて、細かいところまで気が回っていて。

陳嘉霊はそう思いながら、淡々とこう返した。


「じゃあ、辞表書いてきます」

そう言って、上司の部屋を出た……


葬式は長く、退屈だった。

でも妙に滞りなく進んでいく。


その時、突然、誰かのスマホが鳴った。

やたら大きな音だった。

陽気な女の声が、民謡みたいな歌を式場に響かせる。


「今日はいい日〜♪ 願い事が叶う日〜♪」


中年の女性が慌ててバッグを漁り、ようやくスマホを見つけて通話ボタンを押した。


「もしもし!今まだ陳じいさんのお葬式なのよ……」

彼女は口を押さえ、小声で続ける。


「……洗濯洗剤?あとで買うって……もう、あんた死人よりせっかちねぇ」

失言に気づいたのか、彼女は慌てて顔を上げ、周囲の反応をうかがった。


陳嘉霊は目を伏せた。


祖父の葬式?


陳嘉霊は、三度目の笑みを浮かべた。

その笑いには、いろんな感情が混ざっていた。

自嘲。

期待。

無力感。

そして――冗談みたいな荒唐無稽さ。


いや。

これは祖父の葬式だけなんかじゃない。

私の葬式でもある。


化粧ポーチの隅で、一本のリップクリームが静かに転がっていた。

すぐ隣には、睡眠薬の小瓶があった。


妙に近い距離で……


その夜。

その小瓶は、二十二年前の母親の腹みたいに――

空になった。

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