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見ない、聞かない、語らない  作者: 佳凝
上部 冗談すぎ、見るな
11/12

第11話―後書き―取引

小説が書きたかった。

けれど、何を書けばいいのかわからなかった。


アイデアを探そうと思い、私はノートパソコンを持って、あちこちを歩き回った。

都市にも、田舎にも、

山にも、海にも行った。

だが、どこへ行っても同じだった。


行けば何かが見つかると思っていた。

だが実際には、行けば行くほど、行き場のない焦りばかりが大きくなっていった。


もちろん、綺麗な景色に出会わなかったわけではない。

そんな時、私は現実を忘れ、カメラを向けて写真を撮った。


だが家に帰ると、その写真を見返すことはほとんどなかった。

立体だった景色が平面の写真になるなんて、どこに魅力があるのだろう。

だったら私は、なぜ撮っていたのだろう。


不思議なものだと思う。


そんな答えのないことを考えながら、私はただ彷徨い続けていた。


そしてある日、一つの場所にたどり着いた。


墓地だった。


自宅から車で二十五分ほどの場所だ。

それまで私は、一度もそこを訪れたことがなかった。


なぜそこだったのか。

今でもよくわからない。

ただ、行きたかった。


そして私は車を停め、外へ出た。


派手さはない。

だが、どこか美しかった。

静かだった。


墓地は、風水の良い場所に造られると聞いたことがある。

私には全然わからない。

それでも、妙な感覚が芽生えてきた。

この感覚って、なんだろう。


仏教でいう「開悟」という言葉に近いのかもしれない。

少々大げさだが、もっと相応しい言葉が見つからない。


天気は良かった。

私は草の生えた細い道をゆっくり歩いた。

やがて道の先に一本の大木が見えてきた。


その木の下には、机とベンチが置かれていた。

思ったより埃は少ない。

私はベンチに腰を下ろした。


その大木を見上げながら、私はそう思った。


『こんなに太い木だ。

年輪はいくつあるのだろう。

一つ一つが物語なら、どれ程の数になるのだろう。

それらは、どんな物語なんだろう……』


『誰か知っているか?

いや。

知っていても知らなくても、

この大木は、気にしないのだろう』


いつの間にか、物語の形が見えてきた……


今何時だろうと思ったところで、

携帯を車に置いたままだったことを思い出した。


そういえば、車もあそこに停めたままだ。

しかも、ロックまでしていない。


私は車の方へ戻った。


財布。

スマートフォン。

鍵。

パソコン。

何一つなくなっていなかった。


墓の中の人たちは、そういう物には興味がないのかもしれない。


そんな馬鹿なことを考えて、一人で笑った。


だが、その頃にはもう答えを見つけていた。

何を書けばいいのか、だけではなく、

どこで書けばいいのか。


私の小説は、ほとんどこの墓地で書かれた。

そして、別の場所で書いた部分も、

ここで考えたものだった。


だから結局、全部この場所から生まれたと言っていい。


そして一か月前、ある日。


私は次に何を書こうかと考えていた。

だが、何も浮かばない。


目の前の墓石の影だけが、

少しずつ長く伸びていった。

もう夕方だった。


今日は帰ろう。

そう思った時に、背後から声がした。


「こんにちは、何をしているんですか?」

透き通るような声だった。


私は振り返った。


二十代前半くらいの喪服の女性が立っていて、

私のパソコンを見ていた。


彼女は、悲しそうにも見えた。


いやーー

妙な表情だった。

まるで見送ったのは他人ではなく、

自分自身のようだった。


肌が驚くほど白かった。

夕日に照らされて、

その輪郭が淡く紫色に見えた。


ちょっと緊張した。

なぜかというと、

私だって、若い女性から話しかけられるチャンスなどほとんどないから。


『こんにちは、小説を書いています。』


私の答えを聞くと、彼女は少し驚いた顔をした。

「どんな小説ですか?」


『ファンタジーです。』

『まあ、少しだけミステリーも入ってますけど。』


「主人公は、女の子ですか?」


『いや、男の子ですけど。』


「そうですか。 えっと……」

「女の子に変えられますか?」


『えっ?』

予想外の質問だった。

だが、彼女は冗談を言っているようには見えなかった。


私は慎重にそう答えた。

『やってみることはできます。』


「では、その女の子の一生を書けますか?」

「老いていくことも」


ずいぶん無茶な注文だと思った。

だが私は本当に、人の頼みを断るのが苦手だった。

ぼさぼさの髪を掻きながら言った。

『たぶん……うまく書けないと思います。』


「なぜですか?」


『えっと』

『そのような物語は、現実すぎます。』

『人をたくさん観察しないと、上手く書けないと思います。』

『私はちょっと、得意ではないかなと』


「大丈夫ですよ」

そして、彼女はそう言った。


「優れた観察者になれる方法、知ってます」


今度はこっちの方が驚いた。

私は彼女を見つめ、

まるで一枚の不思議な絵を見ているようだった。


夕日が黒い墓石を照らしている。

数え切れないほどの墓石が並び、黒い背景になっている。

その背景の中に、一つの淡い紫色の存在がいる。


その存在は語った。

「取引しよう」

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