第12話―エピローグ―これから
今日は、彼女の六十三歳の誕生日だった。
陳嘉霊は、愛用の一眼レフを手に、クルーズ船のデッキに立っていた。
船の前方、およそ八十メートル先。
数え切れないほどの海鳥が、
白い大地の上で昼食を楽しんでいた。
海鳥の種類はさまざまだ。
空へ向かって鳴いたり、羽を広げたりしている。
周囲に集まった写真愛好家たちなど、気にもしていない。
陳嘉霊は息を止めて、左手でピントを合わせた。
そして、右手の人差し指でシャッターを切った……
四十一年前。
祖父の新しい遺影の安置式の日。
儀式が終わった後、陳嘉霊は家へ帰りたくなかった。
一人で墓地に残っていた。
かといって、残った理由はわからなかった。
ただ、墓地の小道を歩き続けていた。
やがて疲れ、一本の大木の前で足を止めた。
見上げながら、彼女はそう思った。
「こんなに太い木だ。
年輪はいくつあるのだろう。
一年に一本増えるなら、今何歳だろう。
あと何年生きるのだろう……」
「誰か知っているか?
いや。
知っていても知らなくても、
この大木は、気にしないのだろう」
首が痛くなってきたところで、彼女は視線を下ろした。
そこで初めて気づいた。
大木の下には、机とベンチが置かれていた。
そして机の前に、ある男が座っていた。
髪はボサボサ、まるで藁みたいだった。
目の前にはノートパソコンが置かれていた。
だが、彼は画面ではなく、墓石を見つめていた。
何かを考えているみたい。
でも、何を?
彼は、自分が小説を書いていて、
次に何を書けばいいのか、わからないと言った。
その話、陳嘉霊は信じた。
藁にもすがる思いだったのかもしれない。
彼女は、この世で最も大切なものを代償として、この作家と取引した……
それから何年も経って、陳嘉霊は写真撮影に夢中になった。
特に野生動物を撮るのが好きだった。
三日前。
陳嘉霊は、この「フューチャラー号」と呼ばれるクルーズ船に乗り込んだ。
四日間の海鳥撮影ツアーだ。
その旅も、もう終わりに近づいていた。
ピッ。
手元の一眼レフが音を鳴らした。
またメモリーカードがいっぱいになったらしい。
その直後、一羽の海鳥が鳴きながら、
彼女の頭上を横切った。
陳嘉霊は目を上げた。
だが、強い日差しが目に刺さった。
思わず腕で光を遮った。
その拍子に、ブレスレットが海へ飛んだ。
すぐに波の中へ消えてしまった。
それは、淡い紫色の編み紐のブレスレットだ。
小さな本を模した飾りが三つついている。
地球の反対側で買ったものだった。
だが陳嘉霊は、
海へ目を向けたのもほんの一瞬だった。
「結び方が甘かったのかな……
まあいいか、また新しいのを買おう。
誕生日プレゼントとして」
「今日の撮影はこれで十分。
ちょっと疲れた。
コーヒーでも飲もう」
そう思いながら、陳嘉霊は階段を下り、自分の客室へ戻った。
彼女はコーヒーを淹れ、丸窓の前に腰を下ろした。
ノートパソコンを開き、メモリーカードを差し込んだ。
そして、撮った写真を一枚一枚確認していた。
背後のテレビはつけっぱなしだった。
古い映画だった。
二人の男が飲みながら話している。
「お前、日記なんて書くか?」
『そんな……お前は?』
「誰が本音を日記なんかに書くんだよ」
『そう!書いたものは本音なの?』
「乾杯……」
何が映っているのか、陳嘉霊は気にしていない。
ただ、静かすぎる部屋は苦手だった。




