たソかれ
ガキン!
灰の天秤が審判を下した。
文字盤に新たな文字が刻まれる。
<【採択】:白の証明②叔父の妻は因果応報の教えによって見捨てられた。
そして叔父自身も最後までその教えから逃げられなかった。>
・・・ッ!
第三演目もロアロアだった。
ゴォオオオオン―――!!
重厚な鐘の音が鳴り響く。
切断されたウロボロスが音もなく崩れ始めた。
尾へ届かなかった身体。
輪になれなかった蛇。
終わらない循環を断ち切ろうとした私の解釈。
それがサラサラと灰になって散っていく。
そして、首吊り縄だけが残った。
ゆらり
ゆらり
灰色へ変色していく。
まるでこの物語そのものが破滅へ傾いたかのようだった。
「そうか・・・私の負けか。」
私は天空を見上げ小さく呟く。
ロアロアは首を傾げた。
「そうでしょうか?」
視線をロアロアのほうへズラす。
ロアロアは扇子を閉じた。
「先生、最後の灰の評定によって、この物語が再構築されますよ。」
その瞬間だった。
ズオォォォォォォォォォォォォォォォ―――!!
世界が鳴いた。
そう表現するしかない音だった。
空気が震える。
本棚が揺れる。
床が軋む。
巨大な黒の楔が共鳴するように震え始める。
まるで世界そのものが何かを産み落とそうとしているようだった。
懺悔室、
傷ついた盾、
首吊り縄。
三つの灰からオーラが流れる。
そして、
灰の天秤中央の文字盤が回転を始めた。
カチカチカチカチ
無数の文字が流れる。
漢字、
ひらがな、
アルファベット、
キリル文字、
それに見たこともない文字列。
世界中の言語が文字盤を埋め尽くしていた。
それらが渦を巻き、絡み合う。
削り取られる。
再構築される。
そして、
<完成物語>
という文字が現れた。
叔父は妻を救えなかった。
村の教えは善も悪も返ってくる。
だから誰も手を差し伸べなかった。
妻が苦しんだことも、
妻が死んだことも。
全て因果応報として処理された。
叔父はその真実を知っていた。
だから許されたかった。
・・・自分もまた見捨てた一人だったから。
しかし、
それ以上に、
"ハイラへ同じ未来を歩ませたくなかった。"
叔父は最後まで因果応報から逃げられなかった。
それでも、ハイラだけは守ろうとした。
そして火山は噴火した。
誰も救われなかった。
--だが
悲劇の連鎖を終わらせたいと願った男は確かに存在した。
文章が止まる。
誰も口を開かない。
静寂だけが辺りを支配する。
ほこりが宙を漂う音さえ聞こえてきそうだった。
しばらくして、
カチ
文字盤が動く。
カチカチカチ
デジタルの速度計のように文字列が切り替わっていく。
そして
<解釈貢献度>
という文字列を叩き出した。
右の紡ぎ手 54%
左の紡ぎ手 46%
私は目を疑った。
右手で目を擦り、もう一度見る。
右の紡ぎ手 54%
左の紡ぎ手 46%
数字は変わっていない。
右の紡ぎ手とは私のことだ。
「どういうことだ・・・。」
私はロアロアを見る。
「この物語の結末の解釈を決定づける第三演目の採択は君だった。」
明らかにこの物語を破滅的な結末にしたのはロアロアだった。
そして、
「採択数は当然君の方が上だ。」
私はこの時、
この魔女のことを初めて「君」と呼んだ。
・・・そんな気がした。
ロアロアはどこか嬉しそうだった。
「先生。」
彼女は灰色の懺悔室へ歩く。
「灰の天秤は採択数を測っているわけではありません。」
懺悔室へ触れる。
「どれだけ物語に深みを持たせたか。どれだけ読者の解釈を広げたか。」
首吊り縄を指でなぞる。
「どれだけ物語を豊かにしたか。」
私は黙って聞いていた。
「懺悔室は始まりでした。叔父は許されたかった。でも結末はご存じの通り・・・本人達には虚しいものとなりました。ですが・・・。」
ロアロアは傷ついた盾を見つめる。
「叔父は何を守ろうとしたのか。なぜ最後まで足掻いたのか。」
ロアロアは最後に、私と目を合わせる。
彼女の目に、私の影が映る。
「その意味を定義したのは先生です。」
ロアロアは微笑む。
「だから先生の勝ち。それだけですよ。」
何か緊張の糸がプッツリと切れた気がした。
先程まで重たい何かを背負っていたような感覚だ。
でも今は、肩の荷が下りて清々しい。
そして、思わず笑ってしまった。
「随分と曖昧なゲームだな。」
ロアロアは楽しそうに肩を揺らす。
「創作ですから。」
チリン―――。
灰の天秤が鳴る。
文字盤へ最後の文字が刻まれていく。
<第一の戯曲 インガヲオウホウノムラ>
<終劇>
懺悔室。
傷ついた盾。
首吊り縄。
シュウゥウウウウ
と音を立てて灰色のオブジェクト達が蒸発し、光をほのかに放ちながら天秤に吸収されていく。
私はそれらを眺める。
そして、思考の魔女の方を振り返る。
「なぁロアロア。」
そこにいたのは--
思考の魔女ではない。
「……西澤、さん?」
その瞬間
私の意識は途切れた。




