食い合い
私は灰色に染まった懺悔室を見る。
第一演目。
ロアロアの解釈が採択された。
<【採択】:白の証明②叔父は真実を伝えようとしていた。それは自分が許されたかったからである。>
灰色となった懺悔室は静かに部屋の片隅に佇んでいた。
まるで最初からそこに存在していたかのようだった。
その時だった。
「アハハハハ!」
突然ロアロアが笑い出した。
私は思わず顔を上げる。
「失礼。」
ロアロアは扇子で口元を隠した。
だが笑みは隠しきれていない。
「やっぱりこの時間だけはどうしても笑みがこぼれてしまいます。」
そして少し首を傾げた。
「ちょっとはしゃぎすぎですかね?」
この時間だけ、というのはこの”白の局面”のことを言っているのだろうか。
それとも灰の評定で遊ぶように物語を創ってるときだろうか。
いや、
もしかしたら誰かの解釈を握り潰し、
愉悦に浸る瞬間のことなのだろうか。
そこまで聞くつもりはない。
だが、私の答えでこの魔女を一度黙らせる必要があるようだった。
……と。
何を躍起になっているんだ私は。
たかが一演目。
ルール説明も兼ねた最初の評定に敗れただけだ。
私もまだ子供じみた部分が残っているらしい。
気を取り直し、私は盤面へ手を向けた。
チリン―――。
<白の局面 第二演目>
「叔父は許されたかった。」
キィィィィィン―――!!
白い文字が空中へ浮かぶ。
今度は・・・間違えないッ!
「しかしそれ以上に、ハイラへ同じ過ちを犯してほしくなかった。」
<白の証明①>叔父は許されたかった。しかしそれ以上にハイラへ同じ過ちを犯してほしくなかった。
白い文字が灰の天秤へ吸い込まれていく。
そのまま白い粒子が空間に集約し少しずつ形を成していく。
まるで本来の姿を取り戻していくようにも見えた。
そして現れた。
一枚の盾だった。
傷だらけの盾。
無数の刃を受けた痕、
焼け焦げた表面、
欠けた縁・・・。
それでもなお誰かを守ろうとしているように見えた。
「何を守っている盾なんでしょうね。」
ロアロアが揚げ足を取るように問う。
私は答えない。
その代わり、盾から視線を外さなかった。
ロアロアもまた盤面へ手を向ける。
「叔父は許されたかった。」
キィィィィィン―――!!
白い文字が浮かび上がる。
「だから、ハイラを利用して自分を救おうとした。」
<白の証明②>叔父は許されたかった。だからハイラを利用して自分を救おうとした。
白い文字が吸い込まれていく。
ベタベタと何かを貼り付けるような音。
そして、現れたのは仮面だった。
口元だけが不自然に吊り上がっている。
笑っている。
だが、目だけは笑っていない。
人の善意を模倣したような。
どこか醜悪な仮面。
私は沈黙して、しかし対峙する覚悟を持ってその仮面を真っ直ぐ見据えた。
「今度は意地悪な仮面が出てきましたね。」
ロアロアは楽しそうに笑う。
「まるで道化師みたい。」
そしてこちらを見た。
「先生は気に入りませんかね?」
「気に入らなくても」
私は短く答えた。
「私の白が採択されれば消える。」
ロアロアは一瞬だけ目を丸くした。
だがすぐに笑みを浮かべる。
まるで獲物が罠へ足を踏み入れたのを見た狩人のようだった。
チリン―――。
灰の天秤が鳴る。
二つの白が並び、世界に灰色の風が吹き始める。
唸るような風と舞い散る灰。
ガキン―――!!
天秤が傾いた。
<【採択】:白の証明① 叔父は許されたかった。しかしそれ以上にハイラへ同じ過ちを犯してほしくなかった。>
傷ついた盾がズザァと音をたてながら灰色へ変色していく。
灰となった盾は懺悔室の隣へ固定された。
一方、あのニヤついた仮面はサラサラと崩れ落ち消えていく。
灰のあるべき姿となり風に流され完全に消え去った。
ロアロアは肩をすくめる。
「残念。」
しかし全く悔しそうではなかった。
むしろこれもゲームの一部だと言わんばかりの様子だ。
チリン―――。
<白の局面 第三演目>
私は息を吐く。
これで決まる。
どちらの紡ぎ手の解釈が、白が、証明がこの物語を面白くしたのか。
どちらの解釈が、
この物語に、
ハイラという少女に、
叔父に、
亡き妻に、
この村に、
救済を/破滅を与えたのか・・・。
私はもう一度考える。
さっきも考えたがもう一度振り返る。
この村の全ての中心にあるもの・・・。
私は手を伸ばした。
「叔父の妻は因果応報の教えによって見捨てられた。」
キィィィィィン―――!!
「叔父はその連鎖を断ち切ろうとしていた。」
<白の証明①>叔父の妻は因果応報の教えによって見捨てられた。叔父はその連鎖を断ち切ろうとしていた。
白い文字が天秤へ吸い込まれる。
ズリズリと音を立てて、現れたのは一匹の蛇。
だがその身体は途中で断ち切られている。
尾へ届かない、輪になれない、切断されたウロボロス。
終わらない循環を断ち切る象徴。
ロアロアは笑っていた、心底楽しそうに。
そして手を文字盤に向ける。
「叔父の妻は因果応報の教えによって見捨てられた。」
キィィィィィン―――!!
「そして叔父自身も。最後までその教えから逃げられなかった。」
<白の証明②>叔父の妻は因果応報の教えによって見捨てられた。そして叔父自身も最後までその教えから逃げられなかった。
現れたのは一本の縄。
首吊り縄だった。
ゆらり・・・ゆらり・・・。
誰も吊られていない。
それなのに、勝手に揺れていた。
まるでそこに引き込まれるように、叔父が自らその縄に手をかけるように仕向かれているような、そんな印象だった。
ロアロアは微笑む。
「先生。」
扇子で口元を隠す。
「私は何も否定していませんよ?」
その言葉を聞いた瞬間、私はうっすらと理解した。
私はずっと、ロアロアは物語を創造する存在だと思っていた。
解釈を生み出し、物語を広げ、新たな可能性を作る存在だと。
だが違う。
もしかすると、それは創造ではない。
誰かが作った物語へ入り込み、
意味を変え、
形を変え、
解釈を蝕んでいく。
その行為こそが、思考の魔女ロアロアの本質なのではないか。
チリン―――。
灰の天秤が鳴る。
世界に再び灰が舞い始めた。
懺悔室。
傷ついた盾。
切断されたウロボロス。
首吊り縄。
灰色の世界の中で、それらは静かに佇んでいる。
文字盤には <灰の評定> の文字が悠然と居座っていた。
ガキン!
灰の天秤が審判を下した。




