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シジン  作者: 凪雨タクヤ
4/7

灰の遊戯

私は顔を上げた。


「灰の遊戯?」


初めて聞く言葉だった。

ロアロアは椅子に腰掛けたまま微笑んでいる。

その表情はいつもと変わらない。


だがどこか、期待しているようにも見えた。


「はい。先生のために考えた遊びです。」


遊び・・・。

私は眉をひそめる。


私は病人らしい。

少なくともロアロアはそう言っている。

だとしたらこれは治療の一環なのだろうか。


「それは何をするんだ?」


私が尋ねると、ロアロアは少しだけ目を輝かせた。

どうやらこの話題を待っていたらしい。


「簡単ですよ。先生が物語を書く。そして、私も物語を読む。」


私は首を傾げる。

「今までと変わらないじゃないか。」


ロアロアは小さく首を横に振った。

「いいえ。今までは先生と私が物語について話していただけです。」

ロアロアは机の上のペンを指先で転がす。


「しかし灰の遊戯では違います。」

彼女は楽しそうに続けた。


「物語の解釈を巡って、お互いの考察を食い合います。」


・・・食い合う?


「まぁ、言論で戦うようなものですよ。」

と魔女は続けた。


私は少し考える。

確かに今までも物語について語ってはいた。

だが、


それをひとつのゲームとして扱ったことはない。



「同じ物語を見ても、人によって見えるものは違います。」


ある人は救済を見る。

ある人は破滅を見る。

ある人は愛を見る。

ある人は狂気を見る。


ロアロアはそこで一度言葉を切った。


「どちらが正しいと思います?」


私は答えられなかった。

「分からないな。」


「そうでしょう。」

ロアロアは嬉しそうに微笑む。

「だから遊ぶんです。」


その時だった。

私たちの間の空間に灰が現れた。

最初は煙だと思った。


だが違う。


灰はゆっくりと集まり始める。

渦を巻き、積み重なり。

やがて一つの形を作り始めた。


私は息を呑む。


それは天秤だった。

左右に皿を持つ古びた天秤。

だが私の目を奪ったのは中央部分だった。

そこには何かを書き記せる盤が備わっている。

そして盤面の上を、無数の文字が流れていた。


漢字

ひらがな

カタカナ

アルファベット

キリル文字

見たこともない記号


世界中の言語が渦を巻いているようだった。


もしかしたら、世界中の物語がここへ流れ込んでいるのではないか。

そんな錯覚を覚える。


「これが灰の天秤です。」


ロアロアは静かに言った。


私は思わず立ち上がる。


「なんだこれは。」

「先生方の残したものですよ。」

「先生方?」

「えぇ。」


ロアロアは天秤を見上げる。

その表情は珍しく真面目だった。


物語を書いた人。

物語を読んだ人。

物語を解釈した人。

創りたいと思った人。

知りたいと思った人。


「そんな欲求の残滓が積み重なって生まれたものです。」


私は黙って天秤を見つめる。

奇妙だった。

だが不思議と嫌な感じはしない。

むしろどこか懐かしいような気さえした。


「この天秤が審判をするのか。」

「はい。」

ロアロアは頷く。


「先生と私の解釈を測ります。」

「どちらが正しいかではありません。どちらがより物語を深めたか。」

彼女がテーブルの周りを歩く。私はそれを目で追う。


「どちらがより物語を形作ったか・・・。それを測るんです。」


ロアロアは中央の盤面を指差した。


「そして灰の天秤は、


右の紡ぎ手、

左の紡ぎ手、


二人の紡いだ物語を測ります。」


「右と左の紡ぎ手?」


「はい。」


ロアロアは微笑む。


「先生も私も、結局は物語を紡ぐ者ですから。作者か読者かは関係ありません。どちらがより深く物語を紡いだか。それだけです。」


私は再び天秤を見る。

胸の奥が少しだけ熱くなった。

面白そうだ。

そう思ってしまった。自分でも驚くほどに。


ロアロアはそんな私を見て、満足そうに笑った。

まるで私がこの言葉を待っていたことを知っていたかのように。


「どうですか、先生。」


帽子のつばを撫でる。


「やってみませんか?」


私はしばらく考えた。

そしてゆっくりと頷く。

ロアロアの笑みが深くなった。


「ふふ。」


その声はどこか弾んでいる。


「では最初の戯曲を始めましょう。」


灰の天秤が静かに揺れる。

盤面を流れていた無数の文字が、一つの形を描き始めた。

まるで物語そのものが生まれるように。

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