インガヲオウホウ
渡会無人は自分が何者か思い出せない。
だけど、この目の前にいる魔女のことはよく分かる。
思考の魔女ロアロア。
今日も私は彼女に新しい物語を提供する。
「先生、今日もやる気満々ですね。」
・・・先生?
そうだ、私は彼女の助けを借りながら物語を執筆する。
「今日も執筆を続けましょう。治療にもなりますからね。」
治療、治療・・・なんの治療だ?
そんな疑問を浮かべるのを予測しているように魔女は
「先生、アナタのその無尽蔵に物語を執筆しているのは・・・一種の病なんです。」
「・・・病?」
魔女は末期患者を看病するナースのような表情をしている。
「はい、先生の病は "物語創造病" と言われています。それは確かにクリエイターの役には立つものではありますが・・・思考に頭がついてこれなくなったら大変です。脳をしっかり休めるためにも、しっかりと深くて面白い物語に昇華させないといけません。」
私はいつの間にか握りしめているペンを使って物語を執筆する。
「では、今日はどんなお話を聞かせていただけるのですか?」
魔女が問う。
「今日は、とある村の話を書こう。」
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その村には代わり映えのする文化はない。
だが、暗黙の了解のようなものは存在している。
ハイラは村に唯一存在する医者の家の一人娘だ。
よく叔父のところに出かけては食事や談話を楽しんでいた。
今日も父から託されたワインを持ち、坂を2つほど超えた先の叔父の家に向かう。
「やぁハイラ、また来てくれたのかい。」
「うん!叔父さんの大好きなワインも持ってきたよ!」
それは嬉しいなぁと叔父は喜ぶ。
叔父はワインを手に取ってクルリとラベルを一周させて眺めた後、ハイラにこう言った。
「ハイラ、いいことをするとそれは自分にいつか返ってくるって知ってるかな?」
ハイラはそうなの?と特に疑問もなく返す。
「うん。今日ハイラは一ついいことをしたね。人が嬉しいと思うことをしてあげたんだ。きっとそのうちハイラにもいいことがあるよ。」
うーんと首を傾げた後、ハイラはこう言う。
「それは、叔父さんが私に何かしてくれるってこと?」
叔父は少し笑う。
「いいや、私からとは限らない。良いこととは循環するんだ。」
「そうなんだ、いつ来るのかな!楽しみ!」
ハイラは無邪気にはしゃぐ。
さぁ今日は泊っていきなさいとはハイラを2階に連れていく。
叔父は階段を上がる前に振り返り、亡くなった妻の写真を見つめる。
感情を動かさないようにし、ハイラの後についていく。
しばらくして、暖色のほのかな明かりで照らせる部屋で床につく。
丸イスに腰かけた叔父は手を組んで、告げづらい真実を告げるように気まずそうに体をゆする。
ハイラと声をかけると、神妙な面持ちで続けた。
「今日の昼に話したこと・・・覚えてるかな。」
「うん!いいことをしたら返ってくるって。」
叔父は少しためをつくる。
「あれな、実は続きがあるんだ。」
続き?と少女は聞く。
「あぁ・・・僕の奥さんも関わっているんだが。」
しばらく沈黙が流れる。
「いや、この話はまた明日にしよう。」
そういって、叔父は下の階に降りて行った。
ハイラは叔父が額に汗をかきながら虚空を見つめる表情が頭から離れない。
それでも無理やり目をつむって眠りに落ちた。
しかし、すぐに動悸が始まる。
何か動かないとマズいことになる。
そう自分の直感が告げていた。
恐る恐る下の階に行くと、叔父が佇んでいた。
右手には斧が握られている。
ハイラに気づくと、叔父が振り返った。
その表情はまるで鬼のようだった。
歯をかみしめながら目を充血させ、涙を流しながらこちらを見る姿に恐怖した。
ハイラは走り出す。
叔父の家を飛び出し、夜道を掛ける。
丘を越える当たりで叔父が追い付いてきた。
「ハイラ、待ってくれ!すまない・・・驚かせてしまったね。」
少女はいますぐに走り出したいが、呼吸が乱れて体が前に進まないので、仕方なく叔父の話を聞く。
「昼間の話の続きなんだが、返ってくるのは・・・いいことだけじゃあないんだ。」
「それって・・・。」
「そうだ。いいことも悪いことも、同じ分だけ返ってくる・・・それは私も」
そこまで言葉が紡がれた瞬間、世界に轟音が響いた。
地面が揺れ、空に巨大な煙が立ち上る。
村の近くにある活火山が噴火をしたのだ。
二人はその後すぐに息絶えることとなった。
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魔女はいつも通り静かに話を聞いた。
だがいつもと様子が違う。
何か考え事をしているような、不満そうにも見えるしぐさをしている。
「その村で起きたことと、少女や叔父の行動には関連があるんでしょうか?」
私はその疑問を聞いて考える。
・この村には"暗黙の了解"がある。
・叔父には何か後ろめたい何かがありそうだ。
だが、それらはどこにも語られていない。
なぜ叔父は妻の写真を見つめていたのか。
なぜ額に汗を流していたのか。
なぜ斧を持っていたのか。
なぜハイラを追いかけたのか。
私には分からない。
しかしこの物語は――。
--そう、この物語には空白がある。
魔女の声が響いた。
私は魔女の顔を見る。
私の目に、魔女の恍惚とした表情が映る。
先程の不満そうな顔とはずいぶん違う様子だ。
「先生、この物語にはまだ解釈をする余地がふんだんにある。そうですよね?」
そうだ、この物語では不十分なのだ。
頭から無尽蔵に湧いてくるこの物語には"何かが足りない"。
埋めたい、この余地を。
吟味したい、この解釈を。
読解したい、私の物語を。
私の創作意欲に連なって、思考の欲求があふれ出てくる。
しかし、あぁどうしてだろう。
この欲求を満たすための手段が思い浮かばない。
いつものように魔女と解釈を噛み砕くだけでも良い。
だが、それでは足りない。
心を揺さぶる何かが無性に恋しい。
簡単に言うと、ワクワクが足りないのだ。
私が頭を抱えると、魔女が口を開く。
「先生。」
その声には、いつもより少しだけ熱がこもっていた。
「灰の遊戯をしませんか?」




