まわるルーティン
ふと目を覚ますと、いつもの家の天井が見える。
目覚まし時計をセットしていたが、基本的にはその直前くらいに狙ったように起きられるので、設定を解除する。
すでに日が昇っていて、部屋の中を照らしている。
左の太ももに日差しがあたって、一部分だけがポカポカと熱を放射している。
いつもの、一人暮らしには大きすぎる一軒家の階段を下りて1階に向かう。
朝の支度をして、仕事場に向かう……といっても、それは先ほどいた2階の書斎。
小説を生み出す無限の可能性のある机上だ。
最優秀新人小説賞といったニュアンスのトロフィーが複数並んでいる。
二人分の人が映っていそうな写真立てが伏せられて、足だけが宙に浮いてどこかを指さしていた。
引き出しを手前に引くと、もう何年も使っていない名刺が入っている。
"渡会 無人"
○○クリエイト 制作課
ペンを取り出し原稿用紙に向かう。
今まではパソコンで文章を打ち込んでいたけど、今は現実世界のモノを使って筆を走らせている。
同じ文章を綴るものでも、手段が変わるだけで随分とできあがるものが違う。
聞くところによると、キーボードとシャープペンシル、万年筆では脳の使っている部位が違うらしい。
ただ、私の作品ではどの道具を使っても結果は変わらないだろう。
何しろ完成された文章が降りてくる、というか
"最初からそこにあった"
ように頭の中には存在しているのだから。
私はただ、それを紙に写しているだけだ。
プロットを考えたことはない。
キャラクターの気持ちも、シーンに沿って自然と流れ込んでくる。
怒りも、
後悔も、
嫉妬も、
愛情も。
まるで自分自身が体験したことのある感情みたいに、指先へ流れ込んでくるのだ。
「今日はどれの続きを書こうかな……。」
口に出してみるが、どうも体が重い。
文章はできている。結果ももう浮かんでいる。
だが、それを現実に存在するものとして具現化することに、どこか抵抗があった。
乗り気でないというわけではないのだ。
最初は趣味で始めた小説執筆だったが、あるときを境に良いアイデアや多角的な視点で物事を考えられるようになり、私の評判は瞬く間に広まった。
期待の新人だの、その発想はなかっただの……。
その手の誉め言葉にはもう慣れてしまった。
いや、思い返してみれば、その当時だってそれほど嬉しいと思っていたわけじゃない。
とりあえず、最新作の『復讐のゲレンデ』の続きを書くとしよう。
登場人物の全員が別々の誰かに恨みを抱いているという螺旋構造が生々しく表現されており、人間の醜さやリアルさがジワジワと伝わってくる作品だ。
「そして富士宮は、自らに同じ感情が向いていたのだと気づいた――と。」
とりあえずはこんなもんだろう。
コーヒーを入れる前にスーパーに買い物に行こう。
今日の夕食は少し豪華にしたい。
--近所のスーパー
歩いて10分ほどのところにあるこのスーパーは何が良いかって、フルーツ関連やめずらしいお酒等が安いうえに、他にはない品ぞろえなのだ。なんでも部長が直接全国の酒蔵をめぐって仕入れているのだとか。
スマホにメモをした買い物リストと棚を私の顔が行ったり来たりする。
品物を揃えているバイトの女子大生と目が合う。
「あ!渡会さんじゃあないですか!」
「やぁ、"西澤さん"。」
この子は私の書いた小説を読んでくれているファンのうちの一人で、こうしてバイトの時間や合間に会うと感想をくれる健気で素直な子だ。
「あの展開どうやったら思いつくんですか?当初からいるキャラクターのうちほぼ全員が裏切り者なんて・・・もしかして昔似たようなことに遭遇したとか?」
「ははは・・・まさか、そんなことになったら決して人を信じれなくなってしまうよ。」
私は全然特別な人間じゃあない。壮大な世界で剣を振るったことも、裏社会を牛耳ったこともない。だけど・・・
-でもどうやってあんな物語を生み出しているんですか?
・・・。
「自然とこう、湧き上がってくるんだ。創作意欲と共にね。私は文字を書くのがどうやら得意だったらしい。」
へぇ~いいなと純粋な目をキラキラさせながら話す西澤さんを見てると、この執筆が少なくとも無駄ではないのだと安心するような気がする。
彼女に挨拶をして、スーパーを後にする。
家に着いた時、日が半分以上沈んで夜が顔を覗かせていた。
パッと作れる料理を3品程度用意し腹ごしらえをする。
夕食後すぐに風呂に入り、ストレッチをしたあとにまた執筆に移る。
さて、「復讐のゲレンデ」のインパクトのあるシーンだ。
登場人物の富士宮が、最大のライバルであり恐怖を感じていた菅谷というキャラクターが、自分と同じような存在であることを実感し、奇妙な縁を感じるシーン・・・。
「菅谷はムクりと立ち上がると、虚空を見つめる・・・っと。」
彼女のこの時の感情はきっと悲しみと恐怖心に情が混ざりこんだようなドロドロの状態なのだろう。
<富士宮は気づいてしまったのだ。西澤さんもまた、同じだけの器を持つ存在なのだと恋焦がれていたのだと。>
ペン先が止まる。
今の作品に、そんな名前の登場人物はいない。
スーパーのレジにいた女子大学生の顔が脳裏をよぎった。
「……いや。」
思わず苦笑する。
別に、ああいう年下の女性が好みというわけじゃない。
そもそも、まともに会話をしたのだってスーパーに出かけたときくらいで、さほど多いとは言えない。
ただ、妙に印象に残るのだ。
あの年齢にしては、人の感情を覗き込むみたいな目をしていたから。
私は「西澤さん」と書いた部分を消して、続きを執筆した。
それでも、どこか文章の収まりが悪い気がした。
まるで最初から、そこにその名前があるべきだったみたいに。




