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シジン  作者: 凪雨タクヤ
1/5

ある程度の実話

ここはどこか日暮れの病室。

一人がベッドに横たわっている。

もう一人の女性は、ぐったりと疲れ果てた様子で横たわる者の手を取っている。


窓から入る夕焼けの光は部屋を横に突き刺し、まるで身動きを取らせないように二人を固定していた。

時刻は午後17:56を回ろうとしている。


秒針の音だけがやけに大きい。

いや、そもそもこの病室に時計などあっただろうか。


「こんばんは。旅人さん」


帽子を深くかぶった女性がそう言った。


えっと、私は誰なんだ?


自分のことが思い出せない。

水面に映った自分の姿は、決して美しいというものには程遠かった。


四十代くらいのおじさん。

髭を生やしていて、少しやつれた顔。

無骨なシャツとズボンを着ている。


だが、それ以上の情報がどうしても浮かばない。


「こんばんは。魔女さん」


自分のことはわからないというのに、どうにもこの魔女のことだけはハッキリとわかる。


――思考の魔女ロアロア。


私は彼女に話を――

あぁ、思考がまとまらない。


頭の中が常に何かを書いている。

描いているというより、執筆をしている感覚だ。

誰かが脳髄の奥で絶え間なくタイピングしている。


-彼女はそっと手を離してこう言った。

「世界がアナタから離れることは無いわ。切っても切れぬ関係だものね。」-


私はその文章を、無意識に口に出していた。

すると魔女はにっこりと笑って、

「そうそう、その調子ですよ。」

と言った。


「さぁさぁ、続きはワタシとアナタのお家で聞かせてくださいな。」

私は魔女に従い、病室を後にした。


……後にした?


病室を出た記憶が無い。

気づけば私は、木製の扉の前に立っていた。


先ほどまで夕焼けだった空は、いつの間にか群青色へ変わっている。

月が出ていた。魔女が扉を開く。

メルヘンチックだけど、どこか落ち着く家だった。

月の光が窓越しに部屋をうっすらと照らし、眠気を誘う心地良さがある。


けれど静かすぎる。


まるで音そのものが、部屋の外へ追い出されてしまったみたいだった。

魔女がカチッとランプを灯す。

ほんのり暖かな橙色の光が部屋を包み込んだ。

その瞬間、部屋の輪郭がようやく固定された気がした。

魔女は私にお茶を出す。

どうして私の好みを知っているのだろう。

家ではよくオリジナルのハーブティーを楽しんだものだ。


……おや?

家というのはどこのことなのだろう。


思い出そうとすると、頭の奥で紙が擦れるような音がした。

無理やりページをめくられている感覚。

しかし考えてもどうしようもない。

そもそも自分のことがさっぱりわからないのだから。


私は部屋の中央に佇む椅子へ腰かけた。

星々をかたどったテーブルを挟み、正面に魔女が座る。

よく見ると、星の配置が一定ではない。

瞬きをするたび、少しずつ形が変わっている。


「それで?」


魔女はにこやかな表情で問う。


「それでというのは……」


「続きですよ? さきほどのお話の。もっと聞かせてくださいな。」


はい、わかりました。

私は自然とうなずき、物語の続きを綴り始めた。


「なるほど。彼女はつまり、その男の幻想の存在ではあった。だけど過去に治療で救えなかった少女の面影が投影されている。決して妄想100%の存在ではなかったということですよね。面白い……オモシロイ。」


魔女は随分満足してくれたようだ。


「私的には、最後に少女が感謝の気持ちを述べなかったというのがポイントだと思っているんだ。それは男が抱いているただの幻想なのだと現実を突きつける残酷さがありながらも、願いを託すような意味合いを感じて感情を揺さぶる。」


私は正直にそう言った。


「もしかしたら、その少女の幻想は、ただの過去の後悔ではなく――本物の少女の意志の集合体が影響を及ぼしていたのかもしれませんね。」


私は、自分で書いた文章にハッとさせられた。


彼女の“考察”は新しい観点をもたらす。

綴った当初には想定していなかった可能性を感じさせるものだった。

後付けの背景や考察がここまで別の解釈へ繋がるのは、やはり面白い。


――いや。


本当にこれは“後付け”なのだろうか。

ふとそんな考えが脳裏をよぎった。


私が書いたから存在したのか。

存在していたから、私が書かされたのか。


「魔女さんは、何故そんな風に物語を“面白く”捉えられるんですか?」


魔女は微笑みを少し深めた。


「それはもちろん、たくさんの物語や可能性に触れてますから。」


彼女は窓際へ歩いていく。


「ここまで読んできた詩や歌、日記に思考フレーム……もちろん小説も含めて読み漁っていると、自ずと見えてくるものがありますよ。」


そんなものなのか、と私は思った。


だが確かに、自分が次の話を書く時。

別の世界線や展開を考える時。

頭の中で無数の可能性が枝分かれしていく感覚は理解できる。


「しかし、何故私はこんなにもオリジナルの文章が作れるんだろう。」


自分へ問いかけるように呟く。

すると魔女は窓を背に振り返り、こう言った。


「完全にゼロから作られるオリジナルというものは存在しません。」


月明かりが帽子の影を深くする。


「必ず今まで生きてきて見聞きした要素、好きな展開、背景からキャラクター設定、世界観が影響を及ぼしてます。」


彼女はゆっくりとこちらへ歩いてくる。


「その中の“自分にとっての正解”をどう伝えていくか……そこがあって初めて、表現方法という手段の話になる。」


気づけば、彼女はさっきよりずっと近くに立っていた。

椅子から立ち上がっていないはずなのに、視線の高さがおかしい。


「だからワタシは――」


魔女は嬉しそうに微笑む。


「アナタの紡ぐその物語を……アナタが今まで生きて見てきた“解釈”を知りたい。」


その言葉を聞いた瞬間。


頭の奥で、何かがカチリと音を立てた。


机の上には、いつの間にか見覚えのない紙束が置かれている。

真っ白なページ。


そして私の右手には、古びた万年筆が握られていた。


インクの匂いがする。


指先が勝手に震え、紙へ向かおうとする。

まるで脳の奥で“続きを書け”と誰かが急かしているみたいだった。


魔女はそんな私を見て、満足そうに目を細める。


「ふふっ……ええ、その調子です。旅人さん。」

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