第一の戯曲
灰の天秤に刻まれていた無数の文字が流れ始める。
それらは渦を巻きながら集まり、一つの文章を形作った。
<その村には代わり映えのする文化はない。>
<だが、暗黙の了解のようなものは存在している。>
私は目を細める。
見覚えのある物語だ。
天秤の盤面には、先ほど私がロアロアへ語った物語がゆっくりと流れ続けていた。
「先生。」
ロアロアが微笑む。
「灰の遊戯において、物語のことを戯曲と呼びます。」
「戯曲?」
「はい。」
「今回なら第一の戯曲、そうですね・・・インガヲオウホウノムラとでも名付けましょうか」
その瞬間だった。
チリン―――。
どこからともなく澄んだ音色が響く。
灰の天秤がわずかに震えた。
盤面を流れていた文字が一斉に崩れ始め、再度文を構築する。
<第一の戯曲:インガヲオウホウノムラ>
同時に魔女の家の景色も変わり始めた。
本棚の影が伸びる。
床の色が黒く沈む。
天井を漂っていた暖かな光が失われていく。
まるで舞台の幕が上がる直前のようだった。
盤面へ新たな文字が刻まれる。
右の紡ぎ手 【救済】
左の紡ぎ手 【破滅】
私は思わずロアロアを見る。
「これは?」
「テーマカードです。」
ロアロアは静かに答えた。
「今回は先生が救済。私は破滅。それぞれの紡ぎ手が、その指針に沿って物語を紡ぎます。」
私は顎に手をあてる。
「つまり・・・叔父は善人だったと証明するか、叔父は悪人だったと証明できた方が勝ち。そういう話か?」
ロアロアは首を横に振った。
「少し違います。善人か悪人かは問題ではありません。推理ゲームと違って灰の遊戯は真実を明らかにすることが目当てではないのです。」
ロアロアは嬉しそうに微笑む。
「言ったでしょう?遊ぶんですって。」
その瞬間。
ゴォォォォォン―――。
重々しい鐘の音が空間を震わせた。
<黒の局面>
盤面に文字が刻まれる。
同時に部屋全体が闇色へ染まった。
本棚も
机も
床も
全てが黒を基調とした世界へ変わる。
「黒の局面です。」
ロアロアが言う。
「黒の局面?」
「黒の楔を打ち込み、覆らない真実を定義する・・・以後の全ての解釈の土台になります。」
私は少し考える。
なるほど。
つまりこの黒は絶対に崩せない。
物語が何でもありにならないようにするためのアンカーだ。
そんな役割なのだろう。
「では先生からどうぞ。」
私は少し考えた。
そして口を開く。
「この村には善も悪も巡るという暗黙の了解が存在する。」
ギィィィィィィン―――!!
天秤の盤面へ文字が焼き付く。
消えない。
削れない。
覆らない。
<黒の楔①『この村には善も悪も巡るという暗黙の了解が存在する』>
次の瞬間。
魔女の家の床を突き破り、巨大な黒い楔が突き立った。
天井近くまで伸びるそれは、まるで世界そのものへ打ち込まれた杭のようだった。
私は思わず息を呑む。
「良い楔です。」
ロアロアは満足そうに頷いた。
「では次は私ですね。」
彼女は少し考える。
その顔はどこか楽しそうだった。
「叔父は亡き妻に関する真実を知っている。」
再び轟音が響く。
ギィィィィィィン―――!!
<黒の楔②『叔父は亡き妻に関する真実を知っている』>
そして二本目の楔が、天空から天井を穿ち部屋へ突き刺さった。
私は眉をひそめる。
「そんな情報あったか?」
「ありません。」
ロアロアは即答した。
「ですが否定もされていません。」
私は少し考える。
確かに。妻の写真、気まずそうな表情・・・罪悪感にも見える描写。
成立はしている。
なるほど。問題文に書かれたことは必ずしも確定の真実ではない。解釈によって変えることが可能である限り、この文は白でも黒でもない"灰"の状態。それに後付けでもある黒で楔を打つことで、今後の展開に有利になるように仕向けることも、自分の首を絞めることにもなりうるということか。
「これで黒の局面は終了です。」
チリン―――。
今度は小さく澄んだ音が鳴る。
黒く染まっていた部屋が少しずつ白く照らされていく。
そして盤面の文字が再び変化した。
<白の局面 第一演目>
ロアロアはどこからともなく扇子を取り出す。
口元を隠しながら、楽しそうに目を細めた。
「さぁ先生、ここからが本番ですよ。」
私は灰の天秤を見る。
二本の楔を見る。
そしてロアロアを見る。
正直、まだ何が起きるのかよく分かっていない。
--だが。
不思議と胸は高鳴っていた。
「良し。」
私は息を吸い、そして吐く。
「やってみよう。」
ロアロアの目が細くなる。
「では先生、物語を紡ぐ白について説明しましょう。」




