僧兵の駒
「女を捜している」
その、隻腕隻眼の男ははっきりと言った。
潰された緑色の右目と切り落とされた左腕。
ここは薄汚れた酒場ではない真午の都大路に、目の前にいるのはアルテラ王の者ではないが二人の正規兵らしい。
「女だと……?」
「黒い髪に紅い眸をした十六、七の小娘だ。だが身分は高い、序でに左利きだ」
「そのような女は知んな、貴様『元帝王』に弓引く者か!?」
「『元帝王』など知らぬ。私が求めているのはその女への、そしてフォン・ボレスキン元伯への復讐のみ」
隻眼隻腕の男は悪鬼のごとく片目をぎらつかせてそう、言ってのけた。
兵はたじろいだが退かなかった。
「そのような名は知らぬ。斬り捨てるぞ!」
だが言うが早いか、隻腕の男はなにやら一閃すると二人の兵は鎧ごと血飛沫に包まれ絶命していた。
なにが起こったかも分からぬうちに……
何時の間にやら男と兵たちを取り囲んでいた見物人が潮のように引いてい行く。
「――チッ、また騒ぎを起こしては木賃宿に潜伏するしかないではないか……やってしまったか?」
「おい、貴様」
一人ごちる間もなく隻腕の男の肩を掴む者がいた。
見慣れぬ奇妙な風体の黒い髪の男。
歳は未だ二十代であろう。
貴族に見えた。
「なんだ?」
残った左眼が誰何した。
「女を探しているとな?」
「そうだ、知っているのか若造」
「失礼、わたくしはレイヴン卿と申すもの『元帝王』の忠実な僕」
「その『元帝王』が私の求める女を知ってるとでも?」
「ははあ、『元帝王』の人脈は計り知れぬもの。大陸南部にその名を轟かしアルテラ王に繋がる者も御存知である」
隻腕の男はこの若い男の芝居がかった所作が気に食わなかったが、『元帝王』だろうがあの女に通じているのならば絶好の機会を逃すわけにもいかなかったから、話を聞く態勢に入った。
「……話を聞こう」
レイヴン卿はにやりと笑うと顎をしゃくって、彼が斬り捨てた兵の亡骸を集まってきた兵卒に始末するように指示した。
「では、こちらへ来て呉れたまえ、アーシュベック殿」
「その名はもう捨てた」
「ではなんとお呼びすればよい?」
「『元帝王』の気に入るように。その珍妙な服装も『元帝王』の趣味なのだろう?」
「さあ?」
※※※
「吾が君、嗚呼吾が君! 婚礼の日取りが決まったよ」
シグムンド公子は上機嫌で宵闇迫った塔の階段を駆け上がってくると、勢いよく部屋の主の扉を開けた。
そこには緑色のドレスを着て薔薇を髪に飾ったジラルディンが、一人ランプの灯りで詰将棋に興じていたのだったが。
「婚礼の日取り?」
いいところを邪魔されたと言わんばかりに、彼女はチェスの道具を玩具箱に片づけると立ち上がった。
「それは私をどこか体よく養女に出す日とでも言い換えられようか? このままの身分では問題があるからな、シグムンドよ?」
「安心しろ、それならばお前に相応しい家だぞ? 予てから養女を迎えたがっていた公爵家だ。何、待遇についてはむしろ良くなる安心しろ。なにせ事実上の王妃なんだからな」
「で……それはいつの話だ?」
「うむ、半年後だ、待ちきれぬな!!」
「半年後……」
遂に自由もくそったれもこの塔よりもない生活がやってくるのか、そう思い彼女は嘆息した。
半年後までになんとかしなくてはならない、ということだなこれは――
「どうした? ここからは出してやるしもう巫子などしなくてもいいのだぞ?」
「それまでにアシュレイはどうする?」
「その手筈は整えた、バッチリだ!」
「そうか……」
「嗚呼、麗しのジラルディン。なにか懸念材料でも?」
そんなものいくらでもある、と言いたかったが今のシグムンドは舞い上がり過ぎて何を言っても馬耳東風だ。
弟さえ殺せば玉座が、アルテラ王の座が安泰だとでも?
それともこの私をそこまでして妻に迎え入れたいものなのか。
「どうした? なにか見えたか、震えているぞ」
「震えてはいない、鳩を視ていた」
「知っているぞ! お前が方々に連絡を出すために飼っている鳩であろう? お前が嘗て築き上げてきた人脈の賜物だからな」
調子よく喋っていたシグムンドは、彼女の紅い鋭い目が見ていることに気付くと急に押し黙ったが。
そのとき一羽の鳩が戻ってきた。
直ぐにジラルディンは窓辺に駆け寄ると鳩の肢を見て手紙を発見し、それを素早く読むと部屋のランプで燃やした。
「折角来た手紙を直ぐに燃やすのか?」
「誰かの目に触れて間違いがあってはならない、もう読んだしこんなものは直ぐに消えた方が良いのだ」
そう言ってる間にも鳩の書状は瞬く間に灰となって消えた。
これでまた懸念材料も一つ消えた。
今度こそゴットフリトは――
こんなに巧く『元帝王』との取引が進むとは思わなかった。
あとはあのアーシュベックとかいう僧兵がどんな動きをしてくれるという期待を待つのみだよ、ねえ? にいさん……




