第17話 訓練場夜戦
僕は紗夜を見た。しばらく言葉が出なかった。何と言えばいいんだろう。自分が彼女を慰めたいと言うのか?それとも助けたいと言うのか?きっと彼女に強硬な態度で断られるに決まってる。
そこまで考えて、頭に一つの考えが浮かんだ。これまで思ったことも、ましてや考えたこともない考えが。
僕は立ち上がり、服のシワを手で叩いて伸ばし、それから紗夜の前に立った。
「あんた——」
「お願いします、僕と小隊を組んでください。」
僕はその言葉を口にした。口にする時、前もって勇気を奮い起こしたわけでも、彼女に追い出されるのを怖がったわけでもなかった。すべては自然の流れだった。
沈黙。まる数十秒の沈黙。紗夜は勢いよく立ち上がり、僕を見た。
「何を言ってるの、私を嘲笑いに来たの?」
「違う、そんなつもりは一切ありません。」
紗夜の今にも火を噴きそうな眼差しとぶつかった。引けない。絶対に引けない。
僕は紗夜の目を見つめたまま、一歩も後退しなかった。
「神代さん、絶対にあなたを嘲笑うつもりはありません。心からあなたを誘いたいんです。」
紗夜はすぐには答えず、僕をじっと見つめた。僕の顔から、彼女を嘲笑う気持ちが少しでもないか探ろうとしているようだった。
しかし、なかった。自信がある。なぜなら、本当に彼女を嘲笑うつもりはなかったから。少し衝動的かもしれないが、これは確かに僕の本当の気持ちだ。それだけは絶対に間違いない。
「自分が何を言ってるか分かってるの?」
「よく分かっています。だから言いました。」
「あんた——」
「神代さん、どうか僕にチャンスをください。絶対に嘲笑ったり、あなたをからかって楽しんだりするつもりはないと証明してみせます。」
紗夜は僕に直接答えず、龍切を腰の横に掛けた。彼女はスカートの裾を整え、夕日が彼女に降り注ぎ、全身を黄色い光の輪で染め上げた。
「どうやら相当自信があるみたいね。」
「自信があるわけではありません。でも、これは確かに僕が言いたくて、したかったことなんです。」
「ちゃんと考えてみる。」
紗夜は返事をしなかった。そして身なりを整えると去っていき、夕日の中へ消えていく後ろ姿だけを残した。
〇
8月3日。
あの日から僕は紗夜に一度も会っていない。彼女がどう考えているのかは分からないが、断られなかったのだから、少しはチャンスがあるはずだ。
僕の傷はすっかり治った。でも、もっと大事なのは、今日アナスタシアと試合をすることだ。
時間は夜21:00に決まった。アナスタシアが選んだので、僕はもちろん異論はない。
僕は桜切を腰に下げて訓練場へ来た。以前アナスタシアと試合の約束をした時の訓練場だ。
彼女はもう僕を待っていた。長い髪をポニーテールに結び、立型サンドバッグにもたれて入口を見ている。
「へえ、やっと来た?罰やお仕置きが怖くて、来る勇気もなくて、そのまま逃げ出すのかと思ってたよ。」
「約束したからには、逃げちゃいけない。」
僕は訓練場に入った。深夜の訓練場には虫の声しかなく、あの火薬の匂いさえかなり薄れていた。
「ふふ、私はそういうお前の姿、けっこう好きよ。」
「それは光栄です。」
「だから、私の任務に支障が出ないように、できるだけ軽傷で済ませてあげるわ。」
やっぱり、あんまり僕に傷を負わせないでほしいんだけどな。
「できるだけ僕が傷つかないようにしますので、ご安心ください。」
「いいわね。じゃあ、なんとかしてできるだけ怪我しないようにしなさい。」
アナスタシアはそう言うと僕から距離を取り、歩きながら手首を回し、十メートル先まで離れて立ち止まった。
「戦闘開始。」
アナスタシアがその言葉を口にした瞬間、僕は桜切を抜いた。そして彼女が言い終わったまさにそのとき、周囲の温度が下がり続けているような気がした。
「戦闘中に気を散らすなよ、この野郎。」
その声を聞いたときには、アナスタシアはもう僕の目の前にいた。
速い。以前彼女がマコムスと訓練していたときに見せた速度よりも、さらに速い。
僕は桜切を彼女の右腕に向かって振り下ろした。
アナスタシアは避けなかった。桜切は彼女に当たったが、何かに阻まれたようだった。風のようでも氷のようでもあり、僕の刃を押し返し続けて、斬り下ろさせてくれない。
僕が桜切を引き戻すと、アナスタシアの拳はもう目の前にあった。そのときになって初めて、彼女の拳が吹雪のようなものに包まれていることに気づいた。
僕は後ろに下がりながら、桜切を身体の前に構えるしかなかった。
彼女の拳が桜切に叩きつけられ、打撃音が響いた。僕もその力で数メートル後退してから、ようやく止まった。
すごく冷たい、すごく寒い。
桜切を握る手のひらは、氷を握っているみたいで思わず離したくなる。しかも桜切の刃には霜がうっすらと張りついていた。
「おい、ぼんやりするな。戦闘中の油断はご法度だぞ。」
アナスタシアは笑いながら、すでに宙に跳び、再び僕へと突っ込んできた。
ダメだ。このままアナスタシアと真っ向からぶつかり合うのはよくない。そうなれば、彼女の戦いやすい間合いに閉じ込められてしまう。
しかも、それだけじゃない。手はいま氷を掴んでいるみたいで、凍えて指の感覚まで鈍くなってきた。
僕はすぐに後退し、彼女と距離を取るために横へ下がりながら、桜切を思いきり投げ飛ばした。桜切は二十メートル先の地面に落ちた。
アナスタシアは空中から放った蹴りを空振りしたが、少しもためらわず、すぐに追撃を始めた。
彼女は僕にどんどん近づいてくる。幸い、桜切はもっと遠くへ投げてあった。僕は手を伸ばし、身体を宙に浮かせて、ものすごい速さで桜切のある場所へたどり着いた。
「本当に便利ね。まるでネズミみたいにちょろちょろと走り回れる。」
アナスタシアは両脚に力を込めて泥を跳ね上げ、再び僕へと突っ込んできた。
「便利っていうその評価、ありがたく受け取っておくよ。」
僕はアナスタシアに向かって桜切を投げつけた。桜切は宙に浮かび、僕が操るままに空中でアナスタシアへ攻撃を仕掛けた。
アナスタシアは桜切の攻撃に翻弄され、対応に追われていた。彼女が拳で桜切を叩き飛ばすたび、桜切は数秒硬直しただけですぐにまた彼女へ突っ込んでくる。僕はその隙に彼女と距離を取った。
それが彼女をひどくイライラさせた。倒せないからではなく、当てられないからだ。たった一本の刀に、ずっと行く手を阻まれ続けている。
「まったく、ハエみたいに飛び回りやがって。」
アナスタシアは歯を食いしばって僕を見た。
この戦い方はかなりずるいけど、悪いね。でも、小隊を組む話を失敗させるわけにはいかないんだ。
ところが、次の瞬間、アナスタシアの周囲に白い風の輪が幾重にも現れ、彼女を包み込んだ。桜切の磁力による切れ味だけでは、まったく破れなかった。
アナスタシアは桜切が白い風を刺し貫けないのを見て、僕を見て笑った。
「これでもう手も足も出ないでしょ。さあ、ちゃんと私に近づいて、私と勝負しなさいよ。」
「どうやら、本当にそうするしかなさそうだね。」
僕は桜切を手元に戻した。すごく冷たい。さっきより冷たい。握っているだけで指がしびれそうで、無意識に指を交互に入れ替えながら桜切の柄を握り続けた。
アナスタシアは僕のその細かな動きに気づくと、笑みを浮かべた。周囲の白い風も彼女の心情を感じ取ったかのように、さらに範囲を広げた。
「もうダメなの? その程度じゃダメだよ。」
「心配ありがとう。でも大丈夫。」
周囲の温度がまた下がり始めた。アナスタシアの能力はかなり厄介で、力任せにはいかない。
「問題ないなら、続けるわよ。」
アナスタシアが手を伸ばすと、白い風が彼女の腕に絡みついた。
僕は自分からアナスタシアに近づき始めた。磁力だけでは白い風を破れないのなら、桜切の長さを頼りに彼女と接近戦をするしかない。
アナスタシアが拳でサンドバッグを一発殴ると、サンドバッグは猛スピードで僕に向かって飛んできた。僕はそれを切り裂いた。しかし、その時になって気づいた。
アナスタシアはすでに僕の目の前にいた。白い風が彼女の右腕に絡みついている。この拳は僕の下顎を狙っていて、もし食らえば意識を失いかねない。
ためらうことなく、僕はすぐに桜切を手放した。空中を落ちていく桜切のわずかな動きを利用し、磁力を発動して体を数センチ動かし、なんとかこの拳をかわした。
すごく冷たい。拳はまだ僕に触れてもいないのに、骨まで刺すような寒気を感じる。
でもこのラウンド、そろそろ僕が攻める番だ。僕はすぐに一歩踏み込み、アナスタシアの内側へ潜り込んだ。
この一歩で彼女の内側に入り込めた。頬を彼女の拳にぴったり密着させずに済んだ。さもなければ、一発食らうだけで目がくらんで戦闘不能になっていただろう。
だが、アナスタシアに近づいたせいで、全身の周りはますます寒くなり、彼女に近づくほど温度もいっそう冷たくなっていく。
「私に近づくな。」
アナスタシアは、僕がさっきみたいにずっと避け続けると思っていたらしく、僕が自分からこんなに近くへ来るとは全く予想しておらず、とっさに蹴りを入れようとした。
しかしもう遅い。すでに内側に入っている。この距離では蹴りは絶対に出せない。気をつけるべきは彼女の左拳と、いつ戻ってくるか分からない右拳だけだ。
僕は桜切を握り、刃がまさに彼女の腹部に横たわろうとしていた。たとえ彼女の蹴りが本当に決まっても構わない。ルール上、武器を致命部位に横たえれば勝利だ。
しかし、まさにその瞬間、鋭い警報音が響いた。
耳が痛くなるほど響き、その警報音のせいもあって僕は思わず目を閉じてしまった。アナスタシアも影響を受けたが、それでも僕の腹を一蹴りして蹴り飛ばした。
地面に倒れ込む。痛みよりつらいのは、寒さだった。
警報音のした方を見ると、訓練場の外だった。同時に、幾筋もの光がこちらを照らしてきた。
僕は手を伸ばして、光が直接目に入らないように遮った。訓練場の外にはすでに何人も立っていて、知らない人も多かったが、僕が知っているのは一人だけ、美月千夏だった。
彼女は訓練場の外から僕とアナスタシアを見ていて、両手を前に置いて、心配そうな表情をしていた。




