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東京禁胞区  作者: 朱音ゆうひ@4月1日新刊発売!
一章、龍神の代償

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9話、怖くない(一章終わり)

 かごめ かごめ

 籠の中の鳥は

 いついつ出やる


 風に乗って届く子供たちの声。

 それを上塗りするように篠笛が吹かれる。

  

 加護厚き霊園には花が咲いている。

 黄色い幸せのタンポポ。儚げなかすみ草。

 馥郁とした香りを含む風に、桜の花びらが絶えず舞い踊る。

 

 霊輪の世は、神々の時代。

 結界の内外で神々が争っているのを背景に、人間は神の庭に匿われて生かされている。

 朝の爽やかな光に包まれ、霊園の藤棚の下で神々に舞を奉納しているのは、幼い姫巫女だ。


 ――りん。

 

 ひきずるほど長い細長(ほそなが)の裾が風を孕む。

 淡い若草、薄紅、そして霞のような白。春の色を幾重にも重ねた装束を翻して神楽鈴を歌わせて舞う灰守(はいもり)いろはは、権能厚き姫巫女だ。

 

 八歳になったばかりのいろは姫は、霊輪時代生まれ。

 貴き家柄の彼女は、生まれてすぐに神の寵愛を授かった。

 

 長い髪は灰桜色だ。

 陽の下ではほとんど白にも見えるそれを顔の両脇でひと房ずつ輪の形にして結い、紅の細い紐で留めている。

 残りは背に沿って、音もなく流れ落ちていた。

 

 花園に戯れる蝶々のごとく無垢な舞は、彼女と彼女の臣民を生まれながらに守護している神への捧げもの。

 柔らかな布地の袖を振る姫姿は、初々しいつぼみのようだった。


 りん、りん。

 鈴の音を涼やかに響かせ、袖をふわりと翻し、舞い終わる。

 それに合わせて、ひらりはらりと桜の花弁が降り注ぐ。

 

 奉納舞を神妙に見守っていたスーツ姿の大人たちは、深くお辞儀をした。彼らのうち数人が携えているタブレット端末には、人間の神事を観覧していた神々が彼女を讃えるチャットが流れている。

 幼い姫巫女の可憐な舞は、好評だ。


 いろは姫は大きくぱっちりとした瞳で大人たちに向き合い、お気に入りの能力者たちを見つけて笑顔を咲かせる。


「特務班の皆さま。おかえりなさいませ」


 内閣府、特殊神災対策本部、八百万秩序維持機関、対終末特務班。

 長い肩書きを持つ彼らは、「過去を変えることで世界を救済できるのではないか」という可能性を探るチームだった。メンバーは全員が能力者だ。

 過去に渡る門を開くためには多大な代償を払わなければならず、門を渡ることができる者も限られている。彼らは神々が指定したたった数人の「門を渡ることができる者」だった。

 選ばれた理由は詳しく開示されていないが、能力が任務に適しているからという推理が信じられている。

 

 浅黒い肌に黒髪が特徴的な渡会(わたらい)に、金髪美女の花怜院(かれいいん)。能力を持たざる本部長の妹である山田(やまだ)

 三人の無事の帰還を寿ぎ、いろは姫は首を傾げた。

 もうひとりの班員の姿がない。以前、姫を護衛してくれた、とても頼もしくて穏やかな能力者だ。

 まさか、負傷したのだろうか――姫の心に不安が湧いた。だから、姫はすぐに無事を確認した。


「神護さまは、どちらに?」 

 

 

   九、怖くない



 かさ、かさ。

 緑の天蓋に覆われた道を歩く常盤三郎の耳には、葉擦れの音が絶えず届いている。

 空気は甘く、有機的で、自然の気配に満ちていて、煙草の煙を吐くことにわずかな罪悪感が生まれた。

 

 手に携えた花束を握り直して視線を落とすと、黄緑がかった陽射しが地面にモザイク模様の影を落としている。

 歩む先の地面に舞い降りた花びらを避けるように革靴の踏み場を選び、歩き慣れた道を進むと、静謐に佇む墓がある。


 変わらぬそれに花束を供えて、常盤神護、本名常盤三郎は手を合わせた。

 控えめなようでいて遠慮をしない小さな足音は、その背後に近づいてくる。

 目当ての人物を無事に見つけた安堵と、声をかけることを躊躇う繊細な気配が感じられて、常盤はふっと煙を吐いた。


「姫様? 大丈夫ですよ。ご遠慮なく……」


 咄嗟にかけた言葉は、いささか馴れ馴れしくて敬意に欠けたかもしれない。姫巫女の護衛がむっとしていそうだ。常盤は苦笑した。

  

「神護さま。こちらにいらしたのですね」


 あどけなく可愛らしい姫巫女の声だ。

 

 常盤は煙草の火を消し、振り返って頭を下げた。

 一瞬見えた姫巫女は、常盤が何をしていたのかを理解して切ない表情を浮かべていた。利発で他人の心をよく想像する、優しい姫だ。


「姫巫女様にご挨拶申し上げます」


 決まり文句のような挨拶を唱えると、姫巫女は素直な声色で「おかえりなさい」と呟いた。一年前に護衛の仕事をしてから、常盤を気に入っている――懐いているようだった。

  

「あの……神護さま。なにか、お変わりがございましたか」

「あいにく、今のところ未来は大きく変わっていないようですね」

「ざんねんです。で、でも、神護さまにお怪我がなくて、よかったです」

  

 そもそも、あちらの世界に干渉してこちらの世界は変わるのだろうか。

 変わるとすれば、今現在のわれわれはどうなるのか。

 

 そんな疑問は誰もが抱えている。

 姫巫女を始め、神に寵愛されている能力者が何度も問いかけているが、神々は沈黙していた。

 

 「われわれは即座に消えるのではないか」「生まれた子が生まれなかったことになるのではないか」――そんな反発が見込まれるため、特務班の任務内容はごく一部の者しか知らされていない。

 

「ほかの特務班のみなさまが、あちらにいます。お茶をお出しするので、みなさまといっしょにお話しをきかせてくださいませんか」

「もちろん、喜んで。姫様」

  

 頭を上げると、小さな手がおずおずと差し出されている。

 手をつないで歩きたいらしい。

 

 幼い姫巫女は断られないかと心配する様子で眉尻を下げていて、姫巫女の護衛が後ろで「断るなよ」という圧を込めて睨んでいる。

 常盤は肩を竦めてから小さな手を取った。

 ぱあっと嬉しそうに笑顔を咲かせる姫巫女は、弾むような足取りで常盤を引いた。


「神護さま、あちらの世界のこと……とっても怖い降神者さんのこと、いっぱい教えてくださいね」

「姫様。怖いお話は夜、眠れなくなってしまいますよ」

「そんなに怖いのですか? たいへん……」


 姫巫女に連れられて屋敷に行くと、神々の加護を受けた時点で肉体の時間が停止している能力者たちが集まっていた。妹の無事の帰還を喜ぶ山田と目が合って、常盤は自由な片手を上げた。


「降神者さんは、どんな風に怖いのですか」


 つないだ手を揺らして隣の席に導き、姫巫女が問いかけてくる。

 貴き姫君からのわかりやすい親愛に、部屋中から羨望と嫉妬の視線が注がれ刺さる。

 

 常盤は目の前に置かれた緑茶の湯飲みに手を伸ばしながら、自分の相棒を思った。


 過去の降神者だと思っていた青年は、降神者の弟だと言う。

 白の異神に連なる偽神とつるんでいて、偽神を使って能力者を生み出している。

 瘦せ型で凡庸な顔立ち。偽神はきつねだと言うが、あの青年はどちらかというとたぬきに似ている。

 痩せたぬきだ。

 

「奴は善良なふりをしようとしているが下手で、胡散臭く、かといって立ち回りがそれほど上手くなく、悪行もあまりしていないような……本人は世界を救うと供述していましたが、裏目に出て滅ぼしそうな……どことなく漂う駄目な奴の香りが……ぽんこつ臭というか……しかし本人は知的でスマートなつもりに違いなく……」


 恩師の息子にして世界を滅ぼす極悪人……の弟。

 そんな稲荷三朗は、明らかに普通ではないのだが、悪のようなそうでもないような微妙極まりない奴だった。


『相互理解っていい言葉ですよね。だいたい無理ですけど。無理だとわかりながら挑戦するのってすごく馬鹿らしくて人間って感じがしますよね。僕は人間らしい馬鹿なのでわかってくださいよ』


『僕たち、一緒に世界を救おうじゃありませんか』


 常盤の頭の中に言葉が巡る。


 考える。考える。


「奴は、ひどく特殊な人生を送ってきたようです。他人にあまり期待することがなく、どこか絶望していて、自分を含めた人間を馬鹿にしたところがあり……、一方で夢を見ている」

「夢を? どんな夢ですか?」

「それが、本心かどうかが判断しかねるのですが……」

 

 姫巫女が興味津々で問いかける声が無邪気だ。

 ここは守られた空間で、あたたかい。ふと、常盤はそう思った。


 稲荷三朗の話を信じるならば、彼はずっと魂の抜けた父親を介護し、得体のしれない異神と消えた兄と怪異事件を追ってきたことになる。

 神秘が共有できる相手は、最近まで「きつね」だけだった?

 

 考えるうちに、常盤にはその夢が本心から語られたように思えてきた。

 そして、稲荷三朗が目の前の姫巫女と重なり、いつか見た家族写真の子供の姿が思い出されてきて、じわりと同情が湧いてきた。


 孤独だ。あれは、孤独な子供なのだ。

 

「世界を救う夢。自分が正義の味方となる夢。彼は、そんな目的で動いているのです」

「まあ」


 姫巫女が小鳥のように首をかしげ、小さな両手を合わせている。

 咲き始めの花のように愛らしいくちびるは、不思議そうに音を紡いだ。


「まるで、怖くないみたい」


 常盤は思わず口元を綻ばせた。緑茶をひとくち啜ると、渋みがじんわりと口の中に広がる。

 

「そうですね、姫様。稲荷は今のところ、怖い奴ではありません」

「世界を救おうとなさって、失敗してしまうのでしょうか? それってなんだか、とっても悲劇的です」


 姫巫女の声が「僕は可哀そう」と自分に酔ったしぐさで語る相棒の声と重なり、常盤は複雑な気分になった。

 

 悲劇的。

 その言葉はぴったりなようでいて、あの相棒には似合わないように思える。


「姫様。俺が思うに、あの男は悲劇より喜劇が似合う奴ですよ」


 気づけば常盤はそんなことを言っていた。

 

「まあ。まあ。わたくしも、悲劇よりも喜劇がよいとおもいます」

  

 姫巫女の目はきらきらとしていて、その明るい表情に常盤は未来を感じた。

 きっと、常盤の恩師である稲荷准教授も愛息子にこんな気分になって家族写真を飾っていたに違いなかった。


『僕ね、常盤先輩が元凶じゃないかなって今思ってるんです。願いが歪んで反映されたんじゃないですか?』


 ――俺のせいなのか。俺が願ったから。


 だから、稲荷先生はおかしくなってしまったのか。

 そのせいで、その息子が白の異神を地上に招いて神災を引き起こそうとしているのか。

 あいつはそれであんな風に歪んで育ち、本当は止めようとしたかもしれないのに降神者として歴史に名を残している……。

 

 胸にじわりと罪悪感の影が広がる。

 

 常盤は苦い思いを緑茶と一緒に飲み干した。

ここまでで一章の終わりです。

のんびり更新ですが、章終わりまで読んでくださってありがとうございます!


このあと章タイトルをつけて二章も執筆してまいります。

他の作品や本業の兼ね合いもあって更新ペースが遅めですが、もしよろしければ今後もお付き合いくださると嬉しいです。

お気に入りや評価を入れてくださると作者の励みになります。どうぞよろしくお願いいたします!

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