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東京禁胞区  作者: 朱音ゆうひ@4月1日新刊発売!
一章、龍神の代償

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8話、猿の手と白の異神、ラーメン

 相互理解っていい言葉ですよね。だいたい無理ですけど。

 無理だとわかりながら挑戦するのってすごく馬鹿らしくて人間って感じがしますよね。

 僕は人間らしい馬鹿なのでわかってくださいよ。


 さて、かくかくしかじかで兄が僕の前から姿を消したあと、僕はきつねと出会いました。

 

 きつねは、空想が現実になった神様です。

 きつねは喋りませんが、僕の味方です。

 なんでもできるわけではありませんけど、いい神様なんです。


 僕がこんな風に喋ることができるようになったのは、あの事件からです。

 自分の考えや事情を話せるのは、素晴らしいことだと思います。死ななくなったのもそれ以来でしょうか。


 さっき、冬山さんに電話したんですけど、まるで何も異変が起きなかったような口振りで「また行きましょう」と言われましたよ。クルーズ船に行って、僕は何事もなく下船して別れたことになっているんですね。

 

 こういうのって、理屈とか考えると頭がおかしくなりそうでイライラしませんか?

 僕はそんなおかしな現象に人生を支配されているんですよ。父も兄もですよ。


 僕、先輩の過去の記憶で父を見ましたが、僕の父はあんなに理知的で身ぎれいなひとじゃなかったですよ。別人のようでした。

 ……そういえば第三次世界大戦とか言ってたかな。

 変ですよね。別にそんな危機がその当時話題になっていたわけじゃなかったのに。きもいなあ。

 

 僕ね、常盤先輩が元凶じゃないかなって今思ってるんです。

 願いが歪んで反映されたんじゃないですか?

 

 願いを3つ叶える魔力を持つが運命を曲げようとする者に災厄をもたらす『猿の手』の話って、ご存じです?

 家のローンを返すために200ポンドを望んだら、息子が事故死して弔慰金で200ポンドが支払われたという悲劇……。

 先輩の神様は猿の手だったんじゃないですかね。


 ん? 父ですか?

 父は生きていますが、いわゆる植物状態です。

 兄はあの時、『父さんはいなくなった』と言っていました。

 魂とか心とか、そういったものがなくなっているのだと僕は考えています。


 

   八、猿の手と白の異神、ラーメン

 


「おわかりいただけましたか、先輩」

「腹減ったな」

「もっと他に言うべき言葉があると思うんですけど?」

   

 食欲を刺激するいい匂いが漂ってくる。ラーメンの匂いだ。

 

 新橋駅近くの雑踏をすり抜け、ビルの隙間を通っていくと、ひっそりと灯るラーメン屋の入り口があった。

 稲荷が目的の店に近づくと、酔客が締め出されて吠えていた。

 

「ガソリン代が高いからその分ラーメン安くしろって言っただけじゃねえか」

 

 酔客は呂律のあやしい唸り声を漏らしながら駅に向かって歩いていった。

 店の暖簾をくぐると、強面の大将が門番のように仁王立ちしている。おそらく、酔客が戻ってくるのではないかと警戒していたのだろう。

 

 思わず身構えたが、大将は素早く営業スマイルに切り替えて「いらっしゃい」と歓迎してくれた。


 カウンター席に収まって注文すると、隣に座った常盤が黒い折り鶴をテーブルに置く。見覚えのある折り鶴だ。


「この折り鶴って先輩が犯人だったんですね」

「犯人? 恩人の言い間違いか?」

 

 折り鶴は生き物のように羽をはばたかせた。

 周りにひとがいるのに――稲荷が周囲を窺うと、誰も気に留める様子なく自分のラーメンを啜ったりスマートフォンを見たりしている。そんなものか。


「式神のようなものだ」

「先輩、声大きくないですか? あやしいひとになっちゃいますよ」

「これで小さな結界を張っている。何を話しても当たり障りのない会話をしているように聞こえるから問題ない」

「けっかい。陰陽師さんですねえ」

 

 やはり便利なひとではないか。この能力は僕のために活かされるべきだな。

 稲荷が感心しているうちに、ラーメンが届いた。


 着丼の瞬間にほのかに甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 淡いグレイッシュブラウンのスープがてらてらと味玉を艶めかせている。

 メンマは二本。刻みねぎがたくさん。

 肉肉しいチャーシューと海苔の間から細麺が覗いていて、湯気がほかほかだ。


「いただきます」


 醤油スープをじゅるっと啜る。おお、汁が美味い。


 細麺はスルスルと啜れる。喉越しが抜群にいい。

 味玉をいただくと、ぷりっとした弾力のある白身と熟した甘味のある黄身が汁と合わさり、最強の旨味を口いっぱいに広げた。


「お前は信じろと言うが、お前は結構なクズだと俺は踏んでる」


 おい、美食の幸福感を台無しにするな。

 稲荷は眉尻を跳ね上げた。

 

「なんてこと言うんです。僕に失礼すぎますよ。だいたい今、ラーメン美味いなって堪能してたのに」

「ラーメンは美味いな」   

 

 ずずっと啜る音が憎らしい。しかし、ラーメンは美味い。

 

「俺は霊輪の世界で何年も過ごしたが、向こうよりこっちの飯のほうが美味い」

「それはよかったですね……」

「俺は右も左もわからない状態で向こうに出たが、その場所は生存者が集まる避難所だった」


 常盤が言うには、避難所ではすでに「稲荷三朗が神を地上に招いた降神者」というのが共通認識だったらしい。


「降神者は二柱の神を地上に招いたと伝えられている。一柱目は、地球外からやってきた外来種の異神。侵略者とか邪神ってやつだ」

「白いキノコですね。胞子を降らせてるやつ」


 あれは地球外から来たのか。

 なんだかクトゥルフ神話みたいだ。

 地球は侵略されている?

 侵略者が戦争を防いでくれました?

 

「え、悪い人類から地球を守るためにクトゥルフ様がやってくれました?」


 でもクトゥルフは海底に沈んだ都市ルルイエに眠っているタコみたいなやつじゃなかったか。

 新しくやってくるのではなくて太古の地球の支配者だったような。ということは別の神?

 

「稲荷……お前……」

「先輩、そんな邪神の使いを見るような目で僕を見ないでください。思い浮かんだことを言っただけです」

  

 今のは失言だった。せっかく稼いだ好感度が地に落ちた感じがする。

 稲荷は反省した。

 

「僕は少し真面目に話を聞きすぎているようです。そうだ、大切なものを忘れてましたよ。ビールください」

「……霊輪の世界には、生存者が縋れる希望があった。外来種の神に反発する地球の神々だ」


 幸い、常盤は好感度を下げつつ話を続けてくれる。

 

 まあ、そうだよな。人間には話したい欲というものがある。

 だからナンパ男は「話聞くよ」で女をゲットするのだ。

 

 話聞くよ。話せよ。その情報は僕が役立ててやる。

 稲荷はビールジョッキを煽った。


 ぷはー。

 美味い。



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