表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東京禁胞区  作者: 朱音ゆうひ@4月1日新刊発売!
一章、龍神の代償

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/28

准教授のゼミナール(3)


 悲鳴と怒鳴り声をかき消すように、明るく賑々しいお囃子が響いているのが、異様だ。

 

「おい。あの。あんたら」


 俺が声をかけると、運ばれている二人は「バイト君」と気づいてくれたが、村人はまるで動じない。

 変だ。

 

「止まれよ」

「そうよ、止まってあたしたちを降ろしなさいよ!」


 何を言っても、無視だ。

 肩を掴んでも、まるで重くて固い岩のように制止できない。

 おかしい。

  

 村人は皆、お面をつけていた。いわゆる能面だ。

 ひとつひとつ微妙に違う表情で、無表情気味なのに怒っているようだったり不気味な笑顔に見えたりする。

 つるりとしていて無機質なのに、肉感があって人間らしく思える。

 そんな能面を付けた集団が、声は発することなく太鼓や鈴を鳴らして人間を運んでいる。

 異常だ。

 

 戻って山田と稲荷准教授を起こして相談した方がいいんじゃないか?

 

 そう思いながら、俺の足は神輿の後を追っていた。

 俺のことをスルーしているというのが「自分だけは安全」といいう感覚に繋がっている。別にそんな保証はないのだが。


 神輿は林に入っていく。

 

「こいつら、明らかに変じゃん。ぶん殴っても正当防衛でいけるよバイト」

 

 二人は俺をけしかけてくる。助けてくれ、と言われた方がやる気になるのにな。


「おい。助けてくれって言ってみろ」

「あ?」

「あ? じゃねえよ。なんで偉そうなんだ」

 

 俺と渡会が下と上とで睨みあっていると、花怜院が「喧嘩すんなよぉ! そんな場合じゃねえだろぉ!」とキレている。

 ごもっともだ。

 おかしい状況にいると人間おかしくなる。

 

 俺は反省して地面に転がっていた鉄製の長い棒を拾った。

 「いざという時にこれで戦う」なんてバカバカしいと思うが、意外と物理的な暴力が命を救うものだ。

 野球のバットみたいにスイングすると、「俺は強いぞ」という気分が高まってくるし。


「おいバイトッ、早くやれ」

「宿題をやろうとしてた時にやれと言われたらやる気なくなる現象あるよな」

「そんな場合じゃねえだろが!」


 試しに神輿の棒に棒をぶつけると、微動だにしなかった。

 俺の手だけが痺れてダメージを受けている。ふむ。

 人間を殴るのはさすがに抵抗があるが……。

 

 スマートフォンを取り出してみる。圏外だが、防犯ブザーは鳴る。

 持っていてよかった。

 俺は防犯ブザーを鳴らしてみた。耳が痛い。


 これって「ブザーにビビる相手」とか「ブザーで助けに来る誰か」がいる時の話じゃないか? 

 これ鳴らして意味あるか?

 

 俺が防犯ブザーの意味の有無について考えていると、渡会が唾を吐いた。こいつ。

 

「うっせーなあ。なあ。なんかよぉ。刃物とかねえのかよお。縄を切れないのかよ、バイト君。くそがよお」

「縄抜けできないのか渡会。肩外したりして縄抜けするワザあるだろ」

「ねえええ! あたし、おしっこしたいよ! 助けて。助けてよぉ! あっ、漏れた。出ちゃったよお! うああああ!」

  

 人間の尊厳ってなんだろう。

 

 山の夜は驚くほど冷えて暗くなる。

 羽虫がぶんぶん飛び回り、風が吹くたびに周囲の木が葉擦れの音を奏でる中、神輿は篝火がいくつも焚かれた場のような場所へと到着した。炎に照らされて神輿の影が大きく揺れる。


 中央に二人が運ばれていく。

 まるで磔のように棒と一緒に立てられた二人の周囲を、松明と斧を持った村人が踊る。いかれた光景だ。


「バイト君、もうやれ、今やれ、正当防衛だ。やらないとやられる。俺が無罪にするから全員殺せ!」


 渡会は無責任極まりないが、俺は同感だった。

 

 やらないとやられる。

 

 俺はバールを振り、最も近くにいた男の足の脛を叩いた。

 鉄の柱を殴ったような手ごたえで、相手はノーダメージ、俺の手がダメージを受けている。

 痛い。

 

 こいつら人間離れして硬いんだよな。

 人間じゃないかもしれない。


「バイト! 助けてくれたらえっちしてあげる! 火! 火消して! 水ある! あそこ! 斧もある、斧」

「バイト君ちょっと待て。それ灯油か何かじゃないか?」

「ねえ遅いって。消してよう、消して、消して、消してよう。消せよう!」


 花怜院と渡会の声がうるさい。かなり追いつめられているようだ。

 俺は斧を持ち上げた。これなら縄を切れるだろう。

 

「おいバイト! てめえレディファーストだろうがあたしを先に助けろよ!」

「バイト君、花怜院さんが先でいいぞ、お、お、俺は死んでも彼女を守れれば……」


 花怜院と渡会がうるさい。俺は問答無用で渡会の縄を切り、斧を持たせた。


「花怜院はお前が助けろよ。文句はないよな?」

「おおお、おう。やる」


 渡会に花怜院の縄を示すと、渡会はヤる気満々で縄に取り掛かった。


「花怜院さん、俺が今助けるよ、俺が。俺に任せろ俺に。俺にね!」

「渡会君! いいよ、いい感じ! 早くして!」

 

 なんかむかつく。

 まあ、自由を取り戻したのはいいことだ。

 

 それにしても村人はおかしい。

 俺たちが逃げても、まるで決められた動作をただこなす人形のように無人の棒の周りを踊っている。

 しかも、今まで無言だったのに、口々に祈祷みたいな文言を発し始めている。


「祓え給え、清め給え、災い遠ざけ給え」

「世の中が平和でありますように」

「すべての災いが鎮まりますように」

「この地に争いが訪れぬように」


 ザ・あやしい儀式って感じだ。

 

 俺たちはゾンビみたいに青ざめた顔を見合わせ、逃げ出した。

 村人は追ってこない。それが気味悪い。


「はぁ、はぁっ……」

 

 来た道を戻り、見通しのいい村の景色が戻ってくる。

 すると、海色のミニバンが走ってきた。車の明かりと排気ガスにこんなに安堵する日が来るとは思わなかった。


「君たち! 探したよ!」


 おお、運転席から俺たちに手を振る稲荷准教授がヒーローに見える!

 半裸で眼鏡が上下逆で鼻に引っかかってるけど。なんでそうなった?


「探したよ、無事でよかった。こっちはさっき、寝てるところを殺されそうになったんだ」


 山田がパンツ以外何も着ていない。

 右耳から血を流し、ノートパソコンを抱きかかえて泣きべそをかいている。

 な、何があったんだ?

 

 アクセルが踏み込まれて、タイヤが砂利を蹴り上げ、車が俺たちを乗せて村の外へと駆けていく。

 

 後ろには何もない。追ってくる村人の姿もなく、ただ真っ暗な闇が広がっている。

 あまり見ていると霊的なものを見てしまいそうな気がして、俺は目を逸らした。


「ひどい目に遭ったよ」

「本当に……」

 

 お互いどんな酷い目に遭ったかを報告し合っているうちに、スマートフォンの圏外表示が圏内へと変わる。

 そして、稲荷准教授が「あ」と口を開く。


 フロントガラスの向こう、車が向かう前方に、村があった。さっきまでいた、俺たちが逃げた村とは違う村だ。

 カーナビは目的地に到着したことを示してる……。


「気を付けてセンセ、また変な村かも」

「警察呼びましょうよ、保護してもらいましょうよ、現地民はやばいですよ」

 

 俺たちは警戒しながら警察に連絡を取ったり、村の様子を探ったりした。

 もうなんだか、怪物の巣に迷い込んだ気分だ。

 

 警察も現場に到着した頃、俺たちは「クニタチノ村というのはこのあたりの言い伝えにある古代の村だ」という気味が悪すぎる話を知った。


「ホラーじゃあああん! 存在しない村ってなにぃぃ⁉」

「もう帰りましょう、お祓いいきましょう先生」


 ゼミ生は恐慌状態に陥り、俺たちは逃げるように山を去った。

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 その後。

「三郎君。大変な目に遭わせてしまってすまなかったね」

 稲荷准教授はバイト代を大目に払ってくれた。


 警察を呼んだので事の次第は大学にも届き、稲荷准教授は学生を危険にさらした責任を問われる事態にもなった。


 だが、花怜院が有力な政治家の令嬢で、「あたしの好きな先生を助けて。先生は悪くないよー」と父親に泣きついた結果、准教授はクビがつながり、俺はその後もたびたびバイトに呼ばれることになった。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ