1、師匠!
暗い路地のどん詰まりにある酒場。酒が旨いわけでも、料理が美味しいわけでもない。当然ながら客も少ない。4つのテーブルとカウンターが全て埋まっているなんて事はない。
黒いローブを羽織った小柄な奴がここ七日、カウンターに来ている。強めの酒をチビリチビリと一晩かけて飲む。忙しい店なら断られてもおかしくない客だが、幸いな事に本当に客が少ない。
マスターは昨日から何も訊かずにこれまでと同じ酒を出している。この客が話すのを嫌がっていると察したからだ。
「やっぱり、いつものところが一番だな」
「当然なのよん」
スキヤキとダニエルは旅の荷物を手に持って、店に帰ってくる。二人して酒の匂いと、この店独特の香りを味わいながら中へ進んで行く。マスターに特に挨拶はない。いつもの部屋に進もうとすると、先程の黒いローブの奴が行く手を阻む。
スキヤキは面倒くさそうに話し始める。
「にも……」
「師匠! 」
甲高い声は、少年が幼いからだろう。声を出すのと同時にフードを下ろした、その少年をまじまじと見つめた後で、スキヤキはダニエルの顔を見る。
「知り合い? 」
ダニエルは首を振る。ダニエルもフードから出て来たその顔に見覚えがなかった。茶色の髪に茶色の瞳。鼻も高め、痩せているせいか頬骨が少し浮き出ている。
「師匠、お待たせしました」
「待ってたのは、坊や。それと、もう少し待ってくれる? 荷物片付けたいから」
「はっ! 」
スキヤキは凄い返事がきたと思いながら、ダニエルとともに部屋へ荷物を置きに行く。師匠に対すると言うより、軍隊の上官に対するものみたいだ。
ただ嘘をついてないと思えたのがやっかいだった。とりあえずは塒でゆっくりのんびりしたいと考えていたからだ。
二人で階下に戻る。少年はカウンター席から、テーブル席に移っていて、二人の姿を見ると、立ち上がり、手を振る。
それを見たダニエルが呟く。
「酒、奢ってくれるかなあ」
二人がテーブルの席に着くと、少年も席に着く。少し紅潮している。
スキヤキは少年の呼吸から、紅潮しているのが酒ではないことがわかり、疲労が増しそうなのを感じる。
少年は一度唾を飲み込み、話し出す。
「あのですね、僕は……」
ダニエルが手のひらを前に出して、少年の発言を止める。
「まず、酒よ~」
「す、すみません。気付かなくて。取ってきます」
すぐに立ち上がり走ってカウンターに行く。
少年が注文しようとすると、マスターはスキヤキとダニエルが普段飲んでいる酒を伝える。
少年はそれを何度も頷いて聞き、ポケットから金を出して払う。
ダニエルが一気に笑顔になる。無料酒程怖いものはなかろうに。スキヤキはシナモンスティックを噛んで咥える。深呼吸とともにシナモンの香りが働いてくれる。戻ってきた少年に優しく語りかける。
「酒はありがとう。で、誰? 」
「隠血柑橘のリナとお呼び下さい」
「ブラッドオレンジ、美味しいのなん」
ダニエルのどうでもいい相槌をかわして、スキヤキは質問する。
「リナって名前なら、女の子なの? 」
「はい」
スキヤキは帝国内でショートカットの女の子を初めて見た。帝国以外の国や民族では見た事あるが、この国では本当に珍しいのだ。
「俺に二つ名持ちの知り合いなんていないんだが」
「これは自称です。師匠が真紅の月と呼ばれているので、それにあやかりました」
スキヤキは毎度の事ながら通り名というか二つ名を説明するのが嫌になっている。
「真紅の月てのは、大昔の義賊の名前。そんな大それた二つ名を自分達につけるか」
「二つ名とは本来、人から呼ばれるもの。実際にお二人はそう呼ばれているのです」
ダニエルがマスターを軽く睨んで言う。
「だいたいがこの店が真紅の月のアジトだったてのが、マスターが客を集める為の大嘘だからなん」
「俺達はそもそも義賊じゃない」
リナは頭を振り、スキヤキの手を取り、しっかり握って話す。
「ええ、義賊ではありません。優秀な用心棒。僕の姉を救ってくれました。僕の村を救ってくれました」
どこかの村を盗賊か魔物かから助けた時の話だろう。
「村に来る商人や旅人から話を聞き集めました。名前が珍しいので意外にすぐわかりました。あとは憧れの師匠に会いに行っても恥ずかしくないだけの修行をするだけ。最低限には鍛えてきました。絶対に弟子にして下さい」
そら珍しい名前だろうさ、スキヤキなんて名前は。
スキヤキが悪魔を恨んでいるところを唯一挙げるなら、彼の名前を呪いで『スキヤキ』にした事くらいだ。




