2、決め台詞がいくつかあるもんな
憧れてると言われて悪い気分はしない。女性に褒められて悪い気分はしない。ただなぁ……とスキヤキは思う。
スキヤキはリナをじっくり見る。
黒いローブを着たリナは、綺麗な茶髪を帝国では珍しいショートカットにして、自分の事を『僕』と言い、自称の通り名は『隠血柑橘』。
「俺もひとの事は言えないが、なかなか……」
「どうかしましたか? 何かご質問があれば訊いて下さい」
ダニエルが自分で二杯目の酒を取りに行った。ご機嫌だ。こんな面白い事はないと言ったところだろう。完全に他人事ではないんだぞ!
「弟子は取ってないんだよ。俺は別に何々流とかって剣術を学んだわけでもない」
リナは顔を振り、テーブルにバンと両手を叩きつけて、力説する。スキヤキがさっとテーブルの上の酒を持ち上げた事に気付きながら。
「僕は師匠の動き、師匠の思考を盗みたいのです。この一瞬でもコップを手に取れる視野の広さとか。僕の村、オランジェ村を襲った盗賊への対処の仕方とか」
酒を手に戻ってきたダニエルが尋ねる。
「盗賊どもの倒し方が良かったのかい? 」
「ええ、忘れられません。色々脅したり、叫んだりする盗賊のボスにすっと近付いて、右腕の筋を斬り上げて、返す刀で首筋を斬る。勝負がついてから、こう言ったんです! 」
スキヤキは目眩がしてくる。続くであろうリナの台詞には心当たりがある。
「弱い犬ほどよく吠える、口より手を動かせ」
リナはスキヤキの声真似をしながら、ダニエルにその時の言葉を伝える。
ダニエルも何度も頷きながら応じる。
「スキヤキは決め台詞がいくつかあるもんな」
「ダニエル、茶化すな。いくつもあるんだから、既に決め台詞ではないだろ」
「いやいや、僕が格好いいと思ったのは、敵のボスを斬ってからこの台詞を言ったところなんです。敵が言い返せないタイミングで、他の盗賊達を圧するように言うのがいいんです。部下を斬ってこの台詞なら寒かったと思うんですよ」
スキヤキは、ついつい言ってしまう決め台詞の数々を、頭の中で思い返す。まあ、リナの言わんとするところはわかる。
「僕は見ての通り非力です。魔法も使えません。でも、反射神経と眼の良さには自信があります。守りたい者を守れる存在になりたいんです」
「い~や~だっ! 」
「ワシは応援するのなん。とりあえず割がいい仕事を取って来てな」
「おい! ダニエル! 」
「若人を導いてやるのなん」
スキヤキはカウンター席に移る。
リナはどうやらダニエルから仕事の取り方の指南を受けているように見える。
スキヤキはこういう時のダニエルを全く信用していないので、酒を飲むペースが上がる。酔いにくい体質を恨んだ。
昼過ぎ、スキヤキがいつもの部屋から酒場に降りると、リナがいた。顔は見るからに二日酔い。だが彼を見ると、背筋を伸ばす。彼はやれやれと呟いて、彼女に何故ここにいるか尋ねる。
「ダニエル殿から師匠と酒場巡りをして仕事探して来いと」
基本的に依頼を取って来るのはダニエルの仕事である。もちろん戻ってきたばかりで、あくせく働くタイプではないが、リナを連れ歩いて様子を見ろと言われた気がして、スキヤキは余計な事をと舌打ちする。
「酒場で依頼を受けるんですね? 」
「依頼なんてものはない」
「どういう事ですか? 」
「護衛だの何だのが必要なら貴族は直接傭兵を雇う。交易商人達は大抵自前で傭兵を持っている」
「あぁ、なるほど」
「悪い奴は酒場でゴロツキを雇う」
「師匠は悪い奴に雇われる事もあるんですか? 」
「俺達は大抵ここで待つ。訳ありな人が噂を聞き付けてここに来るのを待つ」
リナは首を捻る。
「ダニエル殿は何で酒場にと? 」
「リナが独り立ちする為、かな? 」
スキヤキはリナと出発した後に、カウンターで独り、ゆっくり酒を飲むダニエルが思い浮かぶ。
「行くぞ」
「はっ! 」
酒場で仕事が転がってるなんて事はまずない。約二時間経ったところで、リナにそう説明する。
「街の噂話を聞くのが一番大事な事だと」
「まあ、そうだな」
「でも、誰も話しかけて来ませんよ? 」
スキヤキはなんか楽しくなる。ここまで世間知らずなのは可愛い。
「ここで座って、他の客同士の話を聞くのさ。困ってます、誰か助けて、なんて客は少ないさ」
リナが失敗したという顔を見せる。スキヤキは、この子が直接村に来た商人や旅人に彼自身の事を尋ね廻る情景が思い浮かんだ。
「この二時間で金の匂いがしたのは二つ」
「ふたつ……」
「そう。ひとつは街にエルフが増えてるみたいってこと。エルフの話が1日三回もあるってのは不思議だ」
「交易都市でも珍しいんですか? エルフ」
「エルフの話題が、三回。それぞれ別のテーブルで話題に登ってた。エルフはこれくらいの街だからいるのはいる。だが三回も話題に出るのは……」
「そういう事ですか。エルフの数そのものが増えたのでは、と」
「ああ。それと……」
つまみのナッツをひとつ食べて、スキヤキが言う。
「猫が増えたって話さ」




