8、何でもアリなら負けない
例の夜道だ。それなりに広さはあるが、飲み屋などはなく、灯りはほとんどない。
ただ今夜は不知夜月、剣で火花を散らし、腕比べをするのには丁度良いのかも知れない。
人気はない。コリンティアファミリーが人払いをしている。
イーサンがレオニスの狂気に付き合うのは今回が初めてではない。イーサン自身、剣の腕にはかなりの自負がある。試合であればレオニスに敵わないかも知れないが、何でもアリなら負けないと思っている。
イーサンはレオニスの足音が変わったのがわかる。そろそろだ。不知夜月、何がこれから起こるかわかっていれば、レオニスにゆっくり近付くスキヤキの姿を見失う事はない。後はレオニスの反応速度に合わせて、タイミングを知らせるだけ。
その刻は来た。
カンと鎧に鞘を当てる。
予定通り、スキヤキのレオニスへの攻撃は不発に終わる。予定と違うのは、レオニスのスキヤキへの攻撃も空振りに終わった事だ。
「これだけ準備してるのに外すなよ」
イーサンは仕事が出来た事を少し喜んで呟く。そして、レオニスと挟み撃ちをする為に、スキヤキの背後に回ろうとゆっくりと動き出す。いや、動き出そうとした。
「衛兵隊がコリンティアファミリーを潰しに行ってるよん」
音は小さいが低くよく通る声、それなのにこの場面に不釣り合いな軽い口調。
「お前、誰だ? 」
「ワシはダニエル。金と酒が好きよん。ついでに、衛兵隊の詰所に、レオニス隊長がコリンティアファミリーのイーサンに切られた、と伝えた心優しきドワーフだ」
イーサンはダニエルの話した意味を考えながら、ダニエルに背を向けないように、レオニスとスキヤキの戦いを確認する。
やってる当人より側で見ている者の方が剣の実力はよくわかるものかも知れない。レオニスはこのまま負けそうだ。
「スキヤキがレオニスを斬ったと伝えるさ」
「それ、信じると思う? もう犯人だって聞いている人から、見たことも聞いたこともない真犯人の名前が挙げられて」
イーサンは何も返せず、レオニスとスキヤキを見る。無理だと再確認して、ダニエルと交渉を始める。
「なあ、俺は雇われさ。コリンティアファミリーの一員ってわけではないんだ」
「そうだったのか? 」
「そうなんだよ。俺はただの用心棒さ。仕事を果たしていただけなんだ。全部アーバンに言われた通りにしてきただけなんだ」
「アーバンの指示を受けて、スキヤキって男が斬ったんだ。俺じゃない」
「勘違いしたよ、イーサン。それ、衛兵隊に釈明してくれ」
「いやいや、俺が言っても信じてくれないんだろ? 」
「あぁ、勝負ついたね」
イーサンも確認する。スキヤキの刀がレオニスの身体を貫いている。彼自身が助けに入れなかったのだから、当然の結末。
「雇われなんだろ? 逃げていいよん。早く逃げた方がいい」
ダニエルは優しさを見せるように提案する。
イーサンは首を振って、さらに言う。
「ここで逃げたら、俺が犯人って事になるじゃないか? 」
「仕方ないよん、ワシは……スキヤキの相棒なんだから」
イーサンはその言葉に自分が、コリンティアファミリーが、最初から罠に嵌められていた事に気付く。どうすればいいかを必死に考える。
「逃がしてくれるのか? 」
「ワシ自身は、コリンティアファミリーに怨みはあるが、イーサンにはないのねん。だから助けてはやらないけど、逃げるのを邪魔したりまではしなあい」
イーサンは、ここでスキヤキとこのドワーフの二人を相手にして勝てる絵図が浮かばない、逃がしてくれるなら逃げた方がまだ生きる可能性がある。
「やられたよ、完敗だ。二度とお目にかかりたくない」
「帝都には、少なくとも帝都の北側には来ないのが身のためよ。ワシ達以外にも恨みを買ってるだろうし。早く行きな」
イーサンは頷くと、足早にこの場から離れていく。
ダニエルは去るか、スキヤキに声をかけるか迷う。今、声をかけると、スキヤキに感謝の言葉をかけてしまいそうだ。それは面白くないなと思う。ダニエル自身もきちんと仕事をしたのに一方的に感謝したくない。いや、感謝はしている。相棒にわざわざその言葉を言うのが癪に障るのだ。
「メーディアが感謝するから充分だな。美女には違いない」




