月影
ベッドが軋み、レオが一人降りてきた。
ベッドの中では幸せそうに眠るシャオ。
その頬を一撫ですると、とりあえず下だけを隠して、シャオのテントを出て行く。
外に出ると、待っていたのか、カイリがレオの服を用意して立っていた。
「無理に今日中にやらなくてもいいんじゃない? シャオがまた泣くわよ」
「すぐ済むさ。それにあの様子なら朝まで起きない」
「どうだか・・・」
カイリの持ってきた服を手早く身につける。
「お前達もお楽しみだったのか?」
その言葉を聞くが早いか、カイリが水の力を棒状に固め、レオの顔に突き刺した。
「で? 何の用?」
顔の中心を赤く腫らしたレオが、治療魔法をかけながら答える。
「ま~、新技みたいなもんかな? 机上の空論を現実にしに行くんだ」
レオが先に立って歩き出す。その少し後をカイリがつかず離れず一緒に歩く。
珍しくちょっとまじめな顔をしてレオが話し続けた。
「火と風、水と地。この組み合わせはお互いの力を自乗し合ってさらに大きな力となる。それは分かるだろ?」
「ええ」
「ならば、四つの力を同時に使ったらどうなるだろう?」
「水は火を消し、地は風を消す。何も残らないわ」
「そう思うだろ?」
レオがいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「だから誰もやったことがない」
「無理よ! 理論上ありえないわ!」
「だから俺が試すんだ。うまくいけば俺の夢も近くなる。次の戦も楽になるぞ」
(確かに机上の空論だわ)
カイリが呆れた顔をする。
「で? 何であたしが呼ばれたの?」
「うすうす分かっているのではないのか? 保険だよ」
レオとカイリの視線がぶつかる。
「どんな力が発現するかも分からない。制御に失敗するかもしれない。そうなったら火の気質を持つ俺を止めるには、水の気質を持つカイリが一番適任だ」
カイリがまじめな顔をした。
「面倒だから今ここであなたの足を止めていい?」
「やめてくれ」
本気なのだろうか、冗談なのだろうか・・・。
「そして、もしもだが、俺の力が暴走したら・・・」
レオが歩みを止めてカイリを見つめた。
「俺を殺してくれ」
カイリの瞳が開かれる。だが表情は変わらなかった。
「こればかりはカイリ、お前にしか頼めない。シャオは無論のこと、ブルーマンも優しい奴だからな。お前なら情に流されることなく、冷静に判断できるだろう?」
カイリの瞳が細くなった。
「そうね。確かに私が適任だわ」
カイリが先に足を踏み出す。レオも一緒に歩き始めた。
「でも、分かってるわよね? 私は楽には死なせないわよ?」
タリ・・・
とレオの顔に汗が流れる。
できればあまり苦しくない方法でやって欲しいな~とも思うが、カイリにはなんとなく口答えできないレオだった。
「だから、そういうことにならないように、きちんと制御してちょうだい!」
相変わらずの仏頂面ではあったが、言葉には優しさが込められていた。
「ああ・・・」
仲間のために、未来のために。
レオとカイリは人気のない山の中を突き進んでいく。
小高い開けた場所に出る。
この辺りは起伏の激しい地形なので、山々が多い。上から見下ろすと、隣の山がまるでひとっ飛びすれば届いてしまうような、そんな近さを感じてしまう。
月は半月。明るすぎない優しい光が二人の陰を伸ばす。
カイリはレオから少し離れた所で、彼の動向を見守る。
レオは月を一度見上げると、静かに両の手に視線を落とした。
そのまま集中しだし、両の手に力を集める。
火と風。
彼が最も得意とするのは火の力。それと対象にある風。
この二つの力は相性がいいので、鍛錬次第では同時に顕すことができるようになる。
右手に火、左手に風の力が顕れる。
両の手を合わせ、その二つの力を合わせていく。
(あっという間に火と風を合わせてしまった・・・。普通二つの力を同時に顕すことも難しいのに・・・)
カイリがレオを見つめる。
苦もなくレオが二つの力を一つにまとめ上げてしまった。
(四つの力を同時に発現することだって、常人にはできない・・・、それ以前に誰も考えないわね。でもレオなら・・・、天才と呼ばれる彼なら・・・!)
レオが三つ目の力を発現させようとしている。
三つ目の力は地。
火に弱い地の力は、火を得意とするレオにとってはまだ扱いやすい力である。
あぶなっかしながら、なんとか地の力が安定する。
(力が反発しあっている・・・。気を抜いたら風の力が消滅するな・・・。後は水の力・・・。四つの力を同時に発現する・・・か、思った以上に生やさしいものじゃないな・・・。水は、苦手だしな・・・)
レオがさらに集中する。
三つの力から意識を放さないようにしながら、さらに四つ目の力、水の力に意識を向けていく。
水の力を得意とするカイリにも、レオの周りに水の気が集まって行くのが分かった。
(集中の仕方が半端じゃないわね。いつもあれくらい真面目ならいいのに)
つい心の中で愚痴ってしまった。
仕事には真面目なんですけど、私生活の方が・・・。
いやいや、この話は置いといて。
「水よ、我が身に集いて力を示せ・・・」
レオが最も苦手とする水の力。意識を集中させて地の力に水の力を合わせていく。
バシャア!
「ぐ!」
力みすぎたのか、水の力が跳ねた。
地の力が消えそうになる。
そして火も風も・・・。
あちこちを整えながら、水の力に意識を集中させ、力を押さえる。
なんとか地と水を合わせてバランスを取る。
(少し水の気が強いか・・・?)
やはり苦手なせいか、微調整がうまくいかない。
だが、問題はないはず。
(発現・・・、させちゃった)
カイリがあきれ顔でレオの両の手にある力を眺めた。
(さすがというか、常識外れというか・・・。ま、問題はこれからだけど)
レオが両の手にある力を合わせていく。
ヂャヂィッ!!
ギャルウゥウ!!
「うぐっ!」
四つの力は反発し合った。
火は地を消そうと。
地は風を消そうと。
風は水を消そうと。
水は火を消そうと。
(反発し合う力が尋常じゃない! 抑えられるか・・・?!)
荒れ狂う力全てに意識を向け、全てが消えないように調整し、合わせていく。
さすがのレオも力の波に意識が途切れそうになる。
必死に意識をつなぎ止め、遠ざかりそうになる力達を一つにまとめ合わせていく。
風が踊り、火は猛り、水は渦巻き、地は割れた。
やがて、全ての力がただの純粋な力となり、一つに溶け合わさっていった。
そして、レオの手のひらには、一つの純粋な力が残った。
「できた・・・」
まだ少し不安定なその力は、白く輝いていた。
「レオ・・・」
カイリが青ざめた顔でレオの側にゆっくりと近づく。
「その、力・・・」
「あの力に似ているか? 予想していたとおりさ」
レオがニヤリと笑った。
「だったら何故?! その力は選ばれたものしか扱えないはずよ! 選ばれた者以外が使ったら何が起こるか!」
「危険なのは分かってる」
「だったら・・・」
「俺の夢はでかすぎる。これくらいの危険を背負う覚悟もなくて成し遂げられるわけがない。流れを変えるにはそれに勝る大きな力が必要だ。分かるだろう?」
レオの瞳が強い力を放っていた。
言い止めようとしたカイリも、思わず言葉を飲み込む。
カイリはため息をついた。
「何が起きても私は知らないわよ」
「その時は、殺してくれるだろう?」
レオが微笑む。
「あなた、そんなに死にたいの・・・?」
カイリの瞳が怪しくギラリと光る。
レオは慌てて、
「そんなことありまっせん!」
と顔を背けた。
「さて、じゃまあこいつを」
レオが目の前にそびえる少し小さめの山に狙いを定めた。
その山に向かってその力を放る。
白い小さな輝きは、もっと小さくなっていき、やがて星のように瞬きが見えるだけになり、そして。
ズグドオンッ!
遠くで山が噴火したかのような轟音が響き渡った。
「うおう♪」
レオが口笛を吹く。
(なんて破壊力・・・)
カイリが目を見開き、目の前に起きた出来事を信じられない思いで見つめた。
「帰ろう、カイリ」
レオはいつもと変わらぬ様子で、スタスタと歩き始めた。
あまりのことに痺れたように動けなくなっていたカイリも、なんとか足を動かし始める。
気づくと、手の先が冷たくなっていた。
(もし、もし制御を誤るようなことがあったら、どんな大惨事になることか・・・)
冷えた指先を気にしながら、カイリはレオの後について宿営地まで戻っていった。
半月の光が優しく地上を照らす。
しかし、今まで小さくとも山のあったその場所には、今はただ低い丘が広がるばかりだった。
これで前半部分は終わりです。後半部もつらつらと書いて行けたらいいかな~と思ってま~す。




