五十四夏 いきなり女子会
アシュール不在回。近々、拍手に短編載せます。
「ちょっと六花! なんでその海、誘ってくれなかったのよ!」
「そうだよ、あんなイケメンと海なんてこの先、一生あるかどうか……! 羨ましい!」
「――お、おぅ、なんかごめん」
アシュールに振り回され過ぎた海から帰宅して翌々日。
私は今日、セクハラ強盗誘拐犯の魔の手から逃れて地元の友達二人とカフェに来ていた。もちろんスーパーでさえ徒歩20分もかかるような自宅の近くにお洒落なカフェなどあるはずもなく、電車に揺られて辿り着いた場所である。
そして今、高校までの同級生二人に詰め寄られている。
「ホント、六花んちにあんなイケメンがいると知っていれば、今日もっとお洒落して来たのに!」
「わかる! 女子会用と男受け用の服じゃ気合の入れ処が違うっつーの。あんた迎えに行って超絶イケメン外国人が出てきたときの私たちの驚き、わかる!?」
「いや、うん、まあ……」
久しぶりの女子エネルギーに押されて生返事になったけど、気持ちはわかり過ぎるくらいにわかってますとも。逆に私こそ、夏休みで帰省したら実家に金髪キラキラ外国人が居たときの驚きが君たちにわかるか?と聞きたい。しかもそれが外国人ではなく実は異世界人だと家族に告げられたときの衝撃たるや。そして家族がみんな懐柔されていると判明したときの焦燥感たるや。想像できるかね、君? とどこかの大学教授が言いそうな台詞が頭に浮かんだ。
「ああもうっ、毎日あんな美形に会ってるなんて羨ましい! 私も今日から六花んちにホームステイする!」
「いやそれホームステイっていうか、ただの宿泊だし。……っていうか、この話しまだする? ウチからここまで電車の中でもずっとアシュールの話ししかしてなくない?」
「「あったり前でしょ! 今しなくていつするの!?」」
今でしょ。
……って言わなきゃダメな雰囲気だなコレ。
でもさ、久しぶりに会ったのに近況報告よりも現状報告を求められるとは。私の大学生活とか気にならない? 会わない間に彼氏と別れてるけども、私。電話で話したけど、もっと詳しく聞いてくれる予定じゃなかった? あと、あなた達も確か彼氏できたと聞いたはずだけど、その話しはしなくていいの?
という諸々の疑問は二人の勢いを見るに吞み込んでおいた方が良さそうだ。ごくん。
アシュールのヤツめー、遠隔で話題をさらっていく窃盗犯めー、とアシュールを呪うことで溜飲を下げておく。
「それでその海、壱樹くんも行ったんでしょ? 羨ましい。何その漫画でしか見たことない美男子二人による三角関係。羨ましい」
「いや三角関係じゃないし、孝太も居たからね? あと孝太の友達も」
「おまけの子供たちはどうでもいいんだよ!」
「あ、はい、なんかすいません」
さっきから『羨ましい』をちょいちょい挟んでくるのは、マロンブラウンの髪をふんわりボブにした友人その一、知佳だ。くりくりした猫目の可愛い系女子だが、イケメン好きで滲み出る肉食獣の香りが今まで男子を遠ざけていた。
この度、目出度く草食系イケメン彼氏を手に入れたと言っていたんだけど、大丈夫だろうか。滲み出るほどの肉食系から逃げない草食系とか危機感のないぼんやりさんなの? それとも草食系の皮を被った肉食系なんだろうか。気になる。
「壱樹くんだって高校のとき大概モテてたからね? 背高いし頭いいし優しいし、あと顔もいい」
「はあ、モテてたのは知ってるけど」
「そのモテ男に一番優しくされてたのが、あんただよ」
「……そうかな? まあ、幼馴染だからね」
この、まるで投げるような物言いをするのが友人その二。名前は翔子。しっとりウェーブのロング髪は暗めのアッシュブラウンで、きれい系の見た目の漢前。
知佳と同じくイケメン好きだけど大抵は翔子の方が内面がイケメンだから、彼氏ができても長続きしない。最近できた彼氏は見た目はモブ系イケメンで中身はヒーロー系熱血イケメンと言っていたけど、もう意味がわからない。イケメンにモブってあるの? 内面もイケメンなのはよかったけど単語の並びだけで若干の空気読めない感を感じてしまうんだけど大丈夫? 気になる。
「海で半裸のイケメン二人に囲まれて、さぞ楽しかったでしょうね」
「言い方! 水着だから! 半裸って言わないで!」
「堂々とイケメン二人の半裸を拝めるなんて羨ましい。いや、もはや殺意」
「怖っ」
私、今日は何しに来たんだっけ。二人に責められるために来たんだっけ? いや違う。久々の女子会で近況報告を楽しみにしていた。
基本的に私は人見知りだ。どうしても人に心を開くまで時間がかかる。……いやうん、アシュールはなんやかんやイレギュラーだから。心を開くとかの問題じゃないから、あの人。とにかく、そんな私にとって大学でできた友達はまだちょっと距離がある。でも地元の友達である知佳と翔子は付き合いも長いから気心が知れているし、お互いに遠慮なく話せるから会うのはいつも嬉しい。……遠慮なく話せることが今日は裏目に出ているけど。
それもこれも、アシュールの所為だ。
出がけにアシュールが、帽子と日傘と水筒とタオルと着替えを持たせようと追いかけてくるのがいけないんだ。あれ何だったの? 初めてのお遣いを見守るお母さん? むしろ孫がはしゃいで着の身着のまま外に飛び出すのを心配するおばあちゃん? 帽子と日傘って、どっちか一つで良くない? カフェ行くのに水筒いる? タオルは百歩譲って許すとしても着替えは絶対にいらない。私、また川に飛び込むとでも思われてんのかな。“また”っていうか、アレはアシュールに投げ込まれたからだって忘れてないかな、あの人。
もちろん全部断って出かけて来たわけだけど、玄関でそんなアシュールと出くわした友人二人の顎が転がり落ちる勢いで開いたのは言うまでもない。
「まあいいや。で? 付き合ってんのあんた達?」
「え!?」
「うそ! どっちと!? 殺意殺意。イケメンの損失っ」
「知佳はちょっと黙ってな」
「わかった」
この二人に会うといつも漫才を見せられている気になってくる不思議。
殺意をしまって大人しくマンゴーフローズンを飲み始めた知佳には視線も送らず、翔子がじぃっとこちらを見てくる。なんだろう、この、胸の奥を見透かすようなというか、脳の神経回路の目に見えない電気信号でさえ見えてます、と言わんばかりの鋭い視線は。
「つ、付き合ってるわけないでしょ」
「どっちとも?」
「どっちとも」
じぃー。
だから目が怖いって。これから解剖でもされそうな勢い。できれば解体せずに透視だけで済ませてほしい。
「っていうか、私、前の彼氏と別れてから一年も経ってないって知ってるでしょ?」
「知ってる。あの顔も中身もモブな、モブ・オブ・ザモブね」
「あっちはあんま羨ましくなかったよね」
「…………」
酷くない? 私の友達、酷くない?
確かに顔はイケメンと言い切るには薄めの顔だったけど普通にかっこよかったし、性格も優しくていい人だったよ! ただちょっと、気が多い人だったけども。
手元のアイスストロベリーモカをぐるんぐるんかき混ぜる。ストロベリーシロップとエスプレッソが攪拌されてなんかキレイなんだか汚いんだかわからない色になってしまった。でも味は美味しい。
「前から言おうと思ってたけど」
「うん?」
「あんたはさ、黙ってれば見た目は清楚系だけど、中身がアレじゃん」
アレとは。
それ、前から言おうと思ってたの? ねぇ、酷くない?
「中身がアレだから、あんたが付き合うのは見た目がどうのじゃなく、中身としては壱樹くんとか最適だと思ってたよ。私はね」
あ、それが前から言おうと思ってたことか! 中身がアレ、ってとこじゃなくてよかった。いやでも待って!? 私に壱樹が最適だって? なんで!? 頭が豆腐なのに!? 今年は一段ととろけてたのに!? っていうか、その話しもまだできてないんだった!
そもそもいきなりの恋バナってちょっと展開についていけてない。どうしよう。さっきまでアシュールの件で責められてたのに、急に壱樹を推してくるって何。
「壱樹と付き合うなんて考えたことない」
「あんたが考えてたかどうかなんて知らん。ただ私が思った、って話。
壱樹くんは小っちゃい頃からあんたのこと良く知ってて、いいとこも悪いとこも面倒なとこも全部わかってるでしょ。それでもあんたのこと大切にしてたじゃん」
「……幼馴染として、って注釈つけて」
「注釈がつこうがつくまいが、結論は同じ。あんたらは兄弟じゃない。たとえ兄弟みたいに育っててもね」
「う、うん。そうだけど」
それはわかってるけど。
正直、壱樹と、って想像できないんだよね。豆腐脳とか本気で思ってるわけじゃないし、……六割くらいしか。私だって壱樹は優しいヤツだってわかってる。でも幸せになって欲しいとは思っても、一緒に幸せになりたいとは、思ったことがない。と思う。たぶん。
「ま、あんたが全くソノ気がないってのも感じてたけど」
「…………」
「壱樹くんとくっつかないなら、あんたはうんと年上のおっさんしか相手にならんと思ってたんだよね」
「!!?」