第三話:オークション(前)
凄惨な夜を超え、雉崎たちはついに城の外へ進出する。
坂本と老人によって予定されていた勇者オークションの、商品として。
どの家に、どの人物に引きとられるか。
この世界での運命は、今。
此処で決まる。
翌日。
「皆様!!準備はよろしいでしょうか!?」
「「「イエーーーイ!!」」」
ここは、城から少し離れた所にある大きな円形闘技場。
今日はその中心で、雉崎たちのオークションが行われることになっていた。
「改めて皆様!ようこそコロシアムへ!!主賓の貴族様だけでなく多くの市民の皆々様にもご列席いただき、誠に恐縮でございます!!」
この闘技場は、この国一番の規模。
中央を囲うようにそびえたつ高く広い観客席には多くの民衆が物珍しさに座る。
主な雇用主である貴族連中も特等席及び参列者席に座り、その時を待ち侘びているようだ。
──────今までは非公開であったオークションが初めて、なんと国家主導で正式に開催される。
この珍事に首都ガリベルデは年一番の盛り上がりを見せ、商店や冒険者ギルド、流通の要である運搬屋までもが店舗を休業して闘技場に訪れ、かつてない賑わいを見せていた。
「これでこの先の運命が決まるんだ…。できるだけ良い所がいいな…。」
闘技場の中心で、集められた勇者の一人が言う。
そう、彼らはここで人生が決まるといっても過言ではない。
この世界に身分制度があると知った今、できるだけ生き永らえるためには上位貴族の方が安全に違いない。
言わば彼らはまだ、生まれてくる前の魂。
育つ環境もないままこの世界の居場所を探している只の精神体。
───────つまり今から行われるのは、親ガチャであった。
「今回はなんと!国王代理主催、勇者オークションでございまーす!!」
「「「オオオ────!!!」」」
大きな叫び声が響き渡っていく。
数多の貴族が列席し、足を組んでその行く末を見守っている。
そして騒ぐ観衆の中を満足そうに見渡した後、彼は時を見計らったように手を上げて会場を静まらせる。
「ではまず、今回の概要から説明しましょうか!」
はい、と両手を打ち、司会は見る者の注意を自身に惹きつけた。
「皆さんもご存じでしょう。
先日、私たちの王が暗殺されました。
小型の刃物を用いた、かくも素早い犯行であったようです。
かのオーランド氏でも対抗できぬ程にその手際は早く、そして実力の伴ったものであり、昨日から行われていた勇者召喚及びノア受容儀式の後隙をついて、わずか数分で犯人はその凶行を成し遂げたのです。」
民衆たちからの、兵士を含めた護衛陣への強烈な批判が広場に木霊する。
なぜ防げなかったのか、普段からそのような事態への対策は行っていたのかなど市民にとっては様々な疑問点が存在し、城内の様相を市民に秘匿していた王宮制度が仇になっていた。
「そして、それが今回のオークションにどう繋がるのかについてですが。」
ここからが本題。
事実でない正真正銘の嘘をどうやって説得力のある形で知らしめるか、司会の腕が試される正念場が到来する。
「調査官でもある私は昨日、事件の当事者であるオーランド氏に直接事情をお聞きすることができました。
勇者召喚時の様相、さらに魔法の構造体系や王の発した言録まで、彼は全てを真摯に話したのです。」
老人は自身の評価が下がることを覚悟の上、わざと王の殺害事実を拡散させた。
…意外にも、貴族たちは老人の評判を落とそうとはしなかったようだが。
「そして彼に当時の状況を細かく説明してもらった所、なんと!!
衝撃の事実が、浮かび上がってきたのです!!」
”よし。これで前振りは完璧。あとは大きな声で叫ぶだけだ。”
「それはなんと、我らが王を暗殺したのが勇者様方であるという事でした!!」
広場全体に響き渡る彼の高唱。
貴族を除いた民衆たちの怒りの視線が、一斉に闘技場の中心に向けられる。
何代も続くテザーニア王朝の中でも屈指の名君であった彼の死を悼む者は大勢おり、そしてその犯人が今まさに目の前にいるとあって、会場は相当な暴動を見せた。
「もちろん本来ならば即座に死刑です。
ですが、彼らは不幸にも勇者様であり、持っている才能は本物。
……彼らは、なんと全員がノアを所有していました。」
また会場がざわめく。
なぜかといえば、ノアが貴重だからだ。
繰り返すが、ノアは一部の敬虔な信徒にしか与えられぬ神の祝福。
末端といえど、神に由来する力とあって、その能力は理不尽な程に強力であった。
「そこで、国王代理及び上級貴族の方々はこの者達をただ殺すよりもずっと良い方法を考えてくださいました。
…それが、このオークションなのです!」
市民たちは座り、固唾を呑んで見守る。
一部の貴族たちはふんぞり返り、我が物顔で司会を眺めていた。
「下民生まれの魔法使い、地方魔法士がいい例でしょう。
その昔、私たちはその利権を争って日夜争いを繰り広げておりました。
数年前にそれを戦争ではなく合理的交渉によって解決しようとした結果、現在は年に一度行われるオークションによってその利権獲得を決定しています。」
要は有能な人材を誰がスカウトするかで企業同士が争っていたという事だ。
有能な人材は、入れば即戦力。
特にこの世界ではその恩恵が大きかった。
「ですからこの勇者たちも彼ら下民の魔法使いと同様の待遇にし、彼らのようにコロシアムでの戦闘や事業の補佐などとして使うことで、同じように多大な利益を生ませようという考えです。
…どうでしょうか!?」
司会は手を空に大きく広げ、同意を仰ぐ。
「彼らは魔法が使えるうえにノアの所有者。
きっと下民出身の魔法使いよりもはるかに多くの利益を生み出すでしょう!
そして今、ここで決められるであろう彼らの雇用主はさらに格式が高くなり、より多大な資産を得ることができるのです!」
多くの貴族が納得の色を示していく。
彼らは既に資金を使いきれないほど所有しているにも関わらず、さらに多くの資金や利潤を追い求める者。
そしてその目的は一つ、自分の格を上げることだけ。
人間の欲は計り知れず、一つが満たされればまた別の方へ。
それでも足りなければ同じものをもっと深くまで。
人間は、どこの世界でも同じであった。
「もちろん、納得できかねる方はここでご退席していただいても構いません。
…さあ、賛成の方は拍手をお願いします!!」
パチパチパチ。
当然の如く、多くの拍手が生まれていく。
退席するものは誰一人としておらず、皆がその場に居座り。
民衆の中には呆れる者もいたが、多くが興味本位でそのまま留まっていた。
「では、早速始めていきましょう!!
一番目の方、前にどうぞ!!」
─────このようにして、オークションは始まった。
司会が金額の下限を決め、そこから貴族たちによって値が吊り上げられていく。
その度に大きな歓声と怒声が聞こえ、司会の元に多くの金銭が積み重ねられる。
「全員が必要とされてる…。俺たち、そんなに貴重な存在だったのか…。」
オークションを受けた全員が貴族たちによる競合となり、終わった後は皆が使用人たちによって貴族たちに暖かく迎えられていく。
皆にこやかで、凶悪犯罪者であるにも関わらず食事と安全を保障すると、そう宣言する者までいた。
たとえ属性が無くたって、ここでなら自分は必要とされるんじゃないか、と。
つい、そう期待してしまう。
─────が。
不幸にも、貴族たちから遠く離れた雉崎には気づけていなかったのだ。
多くの貴族たちはノアではなく、”属性で買うか否かを判断している”ということを。
「ノア持ちであるなら、どれも雇うリスクがある事には変わりあるまい。大きく魔術が進歩した今でも、ノアの全容は未だに解明されておらぬ。ならばより研究が進んでいる魔法属性を軸にした方が安全であろう。」
忠臣から遠く離れた特等席、そこに座る貴族の一人が呟く。
彼は髭を生やした大男であり、高価そうな服装とは正直似合っていない。
戦闘職として生計を立てているのか、貴族と言っても様々な職種が存在している事が感じ取れた。
「そうですわ。それに魔力量も。見ただけで才能の有無が分かりますから。」
貴族の夫婦は横に並び、優雅に話し合う。
使用人らしき黒服を数人側に置き、自らの権力を見せびらかすように。
横に座る子息はどうやら強引につれてこられたようで、暇そうに手遊びをしている。
…そして、そのすぐ側で。
「……愚かね。」
一人の女性が彼らに聞こえないように、静かに、そう口にする。
貴族でありながら、伴侶や使用人もなく、たった一人で彼女は座っていた。
上質な素材であるものの、シンプルで派手さのない服装。
裕福さをひけらかさないその佇まいは凛としており、顔の良さも相まって見るものの目を引く風貌の様子。
「さあ、いい人はいるかしら。」
彼女は頬杖をつき、一人一人をくまなく観察するように闘技場の中心を眺めていく。
転移者の肩から足首に至るまで、魔力の流れとノアの紋様、それを魔力線を構築した遠視の魔法で目を光らせる。
誰一人として見逃すことなく、所持している少額で誰を引き抜くか、真剣に考慮していた。
───────時は過ぎ、残り五人程になった頃。
「ええ、次は…キジサキ様、キジサキ様ですねー!!前にどうぞー!!」
ついに、雉崎の番が来た。
彼の心臓の鼓動は波打ち、じっと司会を見つめる両眼には覚悟を感じる。
ここが人生の分岐点であるという自覚を持ち、自分が劣等であることを十分に理解して、身を震わせながらこの場に立っていた。
「………………はい!」
教室で見た灰色の暗雲とは全く異なる、青く澄み切った空が広がっている。
胸から聞こえる心音は小気味よくテンポを刻み、観客席の人々の影をぼやけさせる。
司会の声は大きいけれど途切れ途切れでよく聞こえない。
校庭と同じ灰色の硬い砂の上で今、闘技場の中央に立っている。その事だけが事実として認識できた。
「~~は、~~で、~~であり~~を以て…………。」
思わず聞き返したくなるくらい、鈍く響く司会の声。
だが、その最後の一言だけははっきりと耳に入った。
「では、挙手をお願いします!!!」
幾度も聞いた司会の決まり文句。
飽きるように、残念そうに、それは言い放たれる。
そして、彼は思わず周りを見渡すものの。
彼を待ち受けたのは、とても、とても。
─────ひどく残酷な、現実だけであった。
「………………………………。」
─────遥かまで届く、沈黙。
遠い観客席の向こうは、静寂に包まれている。
魔法属性:なし。 ノア:不明。
彼はギャンブル性に満ちたこのオークションでとりわけ負けの確率が高い商品。
まっとうに彼が選ばれるはずなど、微塵も無いのだ。
「俺は…!!俺は…!!」
満点の青空の下、呆れかえる司会を注視する。
鼓膜を震わすのは微笑を含んだ囁き声と、穏やかに流れる風の音。
視界の遠くには当然そうに首を振る貴族たち。
「お願いです!どんな事でも、なんでもします!だから、だからどうか!!俺を雇ってください!!!!どうか…!!どうか…!!」
精一杯の声で叫ぶ。
喉の奥が燃えるように痛い。
自分に値段分の価値がないと理解しながら、その状況を予想できながら、雉崎は必死に現実を変えようと試みる。
「はぁ。これで終わりですかね…では──」
司会もまさか廃棄処分の者が出るとは想定していなかった。
だが見分書に目を移し、彼が属性なしと書かれているのを見るや否やその認識を改める。
(まあ…。こんな事もあるか。)
オークションが、終わる。
司会は退屈そうに右手を上げ、宣言するようにカウントダウンを始めた。
冷酷に、一定のリズムを刻んで。
その数字を、一つずつ。
徐々に減らしていく。
「十。」
「九。」
「八。」
「七。」
(嫌だ…!!嫌だ…!!)
「六。」
「五。」
(何で…!!俺だけ…!!)
「三。」
「二。」
─────彼の落選まではもう数刻もない。
(もう…、もう嫌なんだよ…!!こんなのは…!!)
これで、四度目の死地。
たった三日で四度目とあってはもはや、生きている心地がしない。
王が生きていれば勇者でなくても良かったが、もう政府の信用がなくなった今、放り出されたら幸せな生活は不可能である事を彼は感じ取っていた。
(誰か…!!誰か…!!!)
「助けてくれ!!!!!」
「…はぁ。1万1000マグナ。」
「へ…?」
がくりと膝を落とす雉崎。
自分が救われたことも、体はまだ分かっていない。
ただ茫然と、その風景を眺めるだけ。
…事実として。
見かねたように一人の淑女が手を上げた事を、彼は知らなかった。
「…何よ?」
目線を横に向ける淑女。
毅然とした態度は周囲の目を集める。
それでも彼女は動じることなく足を組んだまま。
とても、貴族のお嬢様とは思えない態度で。
最低金額からたった1000マグナ足しただけの少額にも関わらず、彼女は正々堂々と其処に居座っていたのだった。
「はっ!そんな奴1万も払う価値あるかよ!!属性が無いんだぞー!!」
「お貴族様のくせにそんな額で提示すんなよな!!オークションは1万マグナずつ上げていくのが基本だろー!?」
無礼にも、向こうで見ていた民衆が問う。
それは彼女の境遇を知っているからなのか、それとも単に命知らずなだけなのか。
どちらにせよ、彼女の機嫌を損ねたのは事実なのだけど。
「──────は?五月蠅いわよ。黙ってなさい。」
そう二言ほど、呟いた。
首をぐるりと横に向け、瞼を大きく開いて彼らを眺める。
黒い瞳孔は逆巻き、迫力のある顔つきとなって怯えさせていく。
──────坂本と似た眼差しを持ちながらも、彼女は彼のように全てを欲しているわけではない。
だが願う熱量は同等かそれ以上のもので、やはりその瞳には熱が灯り、またその特殊な魔術属性も再びその駆動を始めていく。
自らの未来に大望を抱く彼女には今も、溢れんばかりの情熱がある。
容姿端麗、成績優秀。堂々として苛烈。
…そんな完璧な彼女の欠点は、元平民であることだった。
「おお!!ありがとうございます!!
では他に挙手はいないようですので、決定ですね!
ジェネラリーゼ様、お買い上げありがとうございます!」
そのような緊張感あふれる空気も無視して、視界は満面の笑顔と声色でオークションの進行を続ける。
明るく話す司会には、助かった、といった表情が浮かび上がっていた。
「購入した方は順番に、雇用した勇者様方をお引き取り下さい!!」
もちろん雇い主のジェネラリーゼには今家来がいないので、闘技場内に自ら足を踏み入れるしかない。
そのため彼女は直接、うなだれる青年の前に姿を見せたのだ。
「ねえ。貴方。」
「はい…?」
「随分と不細工で不潔に仕上がっているけれど………」
「何か…?」
「………いえ、なんでもないわ。行きましょう。」
彼女は冷徹とした様子で手を招く。
なぜこの場で、見た目の事に言及したのか。
彼女は眉ひとつ動かさない。
何が何だかわからぬまま、とぼとぼと連れられ。
雉崎は、流されるように、その場を去る事になったのだった。
「ちょっ!!ちょっと…!!待ってくださいよ…!!」
………結果から言えば、ジェネラリーゼの元に雉崎が入ったのはいたく吉兆。
むしろ、それ以外に助かる道が無かったともいえるだろうか。
────ともかく、彼は不幸ではなくむしろ幸運だったのだ。
以前と同じように虐げられるばかりの人生を歩まなければならないわけではない。
彼らを見返す事だって、幸せを享受することだって可能だ。
何しろ今の彼にはたった一つだけではあるが、大きく光るモノがあったのだから。




