第二話:能力測定(後)
見知らぬ男のクーデターによって、突如として王は殺害されてしまった。
そしてそんな状況下で、雉崎たちは牛型の魔物と戦わせられる事になる。
才覚溢れる坂本はすぐに魔法を駆使し、臆病だった日比野も特異な能力を発現させた。
…が。雉崎はただ、逃げていただけ。
そしてこれから、坂本による今後の待遇処置の協議が、行われようとしている。
「なあ、いつまでそうしてるつもりだ?
いい加減こっちの言い分も聞けよジジイ?」
──────坂本から、放たれる威圧感。躍動する体内の魔力支柱。
彼は後の事にいつまでも執着する輩を最も嫌悪する。
つまりその標的は、老人。
オーランドであった。
「俺らの、これからの事だ。」
坂本は静かに立ち去る背後の足跡に気付くことなく、睨み続ける。
内容は彼らの最優先事項であり、以後の待遇に関する相談、というよりは脅迫に近い。
そうして彼は静かに一歩ずつ、死した王と老人の元に近寄っていった。
──────異常なまでの能力を手にしたにせよ、常に城内で暮らしてきた彼らにとって未だにこの世界の様相は掴めない。
食糧事情も、通貨制度も、社会構造だって完璧に把握するには時間を要する。
つまり、勇者として優遇されなければ彼らは死も同然。
その事を、坂本はよく理解していたのだ。
「…あの者に、心当たりはありますか。」
絶望と無念に駆られていた老人は坂本の呼びかけに応じて今は既に去っていたテロリストへの関連を尋ねる。
勿論そんな物は無いので、坂本はすぐにきっぱりと否定した。
「知らねえな。それに、俺らは魔物と戦ってて必死だったんだ。
そっちに行った奴の事なんざ覚えてねえよ。」
「そうですか…。」
老人は黙り込む。
その眼は酷く憂鬱そうで、はたしてこちらの言葉の意味を理解しているのかも疑問に感じる。
身には色褪せた白髪と、強く灯っていたはずのノアの紋様。
そのどれもが儚げで、もう彼の生きがいは失われたのだと主張している。
かつてハツラツと輝いていたあの老人は、既に消失していた。
「俺らが望む事は一つ。これからも勇者として俺らを接待すること。この世界の知識や技術、経験や規則を学んで成長するまで、俺たちを保護することだ。」
「…………。」
坂本の要求に対し、老人は少々煮え切らない態度をとる。
この事態を招いた元凶ともいえる彼らの要求を呑むことは屈辱的でもあり、思わず拒否したくなる耐えがたさもあったためである。
「おい!!答えろ!!今俺らを救えるのは、お前しかいないんだろうが!!」
「なぜ…私は王を…」
「知るか!!どうせ実力不足とか、そんなとこだろ!!いつまでもクヨクヨしてねえで、こっちの話を聞け!!」
「………………。」
気迫に圧倒され、暴言に耳を貫かれ、老人の思考は冷静に戻っていく。
(確かに王の無念を、理想を、果たせるのは私だけだ…。)
心の底から、未だ湧き出た事の無かった情熱が生まれる。
暗く、混沌とした心情の中に熱い信念が灯る。
王の死を無駄にしてはいけないと、必死に老人は息を吹き返した。
(彼らは勇者…。ならばそれを利用するしかあるまい…。)
王が逝去した今、代理として管理の任に就くのは自分だという事を老人は理解している。
自分の判断は国の判断。
その重さを今一度噛みしめながらも、老年の勘と経験を信じて老人は語っていく。
「…はっきり申し上げると、王が暗殺されたことが広まった瞬間に私たちの権力は地に落ちます。
資金は底をつき、多くの兵士やリーダーが有力貴族の家来に置き換わるでしょう。
正直、私たちにはあなた方勇者を保護している余裕など、恐らく無いのです。」
「…………………。」
ここで勇者に活躍してもらわなければ、この国は崩壊する。
とうに腐敗している国内で唯一の善良な権力者だった王。
それが今逝去し、この国を揺るがす元凶の手が政府内部にまで広がるのだ。
そのうち自身も形だけの傀儡と成り果てるのだろうと予感し、残された希望ともいえる彼らに最善の策を示すのが義務だと思案した。
「ですから能力を示し、その有用性を証明してそれぞれ有力貴族の元に養子として使えるのが最も得策かと。
私たちでは匿いきれませんし、彼らは有益な物に金を惜しみません。
現に地方魔法士の例もありますので。」
伝わらないことを理解しつつ、老人は少しの嫌味で例を挙げる。
「あなた方をオークションにかけさせて頂きます。
兵士たちに知らせて情報を流しますので、翌日には開催できるかと思われますが。
如何でしょう?」
─────魔法が基本の異世界で、属性はいわば可視化された才能。
属性が強力、もしくは特異であればあるほどその人間は成り上がり、資金を得て権力のある貴族となる。
つまりは地方で生まれた魔法使い、地方魔法士は地元にとって希望であり英雄。
多額の金を生む”それ”を貴族は放っておくはずがなく、彼らが下民であることを利用して低俗なオークションを開催している現実があった。
「勇者をオークションにかける…!?さすがにそれはいかがなものでしょうか!?
ようやく現れた勇者を軽んじるなど、国民の怒りをさらに増長させかねません…!!」
兵長含めた兵士団が成果を報告しに帰ってくる。
そして彼は老人の会話を聞くや否や、即座に反対の意を申し上げた。
勇者の伝説は民衆にも広まっているために、それを軽んじるとなるとそれは神に反することにも繋がりかねない。
彼の反対はその事への危惧が主であるが、老人もその事を考えていないわけではない。
貴族と民衆、その両方を騙す術を彼は用意していたのだ。
「勇者様を出来るだけ長く生かすにはそれしかないのです。どうせこの国は貴族に乗っ取られる運命。ならばその前に勇者様に成長してもらうのが最善でしょう。」
「ですがどうやって…」
「勇者を、反逆者に仕立て上げます。」
「──────は?今何と…?」
「ですから勇者を、王を殺したあの男として断罪するのです。」
────────────。
しばしの沈黙。その後。
「「「「「は、はぁああああ!?!?!?!?」」」」」
兵士・勇者共々驚愕の声を上げた。
「ちょっと!!本気ですか!?!?」
「ああ本気ですとも。勿論秘密厳守のため契約刻印も全員に施し、二週間程度なら出来る限りの防御措置もして見せましょう。」
「…どうせ断れやしないんだろう…?」
驚愕はしたものの、既に国王代理として君臨していた彼に逆らう者はいない。
そして坂本も境遇を感じ取ったのか一時的に許諾の了解をし、一旦彼らの話し合いは終了する。
・オークション開催後、一定の試用期間を設けて魔法学院への特待生入学。
・そして異世界研究の経済的支援と局所的な軍事同盟の確約。
・保護観察期間は1年で、それ以降は特異な例を除き関与しない。
・少々の魔物討伐時にのみ派遣され、相応の報酬を得ると共に、適切な交友関係を築く事。
以上4つの要点を元に条文は作成され、文書と刻印、その両方によって強制された。
国の名によって、国力の全てを使ってでもこの契約は実行される。
それが、この”テザーニア勇者密契”。
テザーニアの歴史に名を残す、偉大な契約の標だ。
──────その後は兵士全員に契約刻印を植え付けたところで解散となり、夕暮れの空が見える中寝室に戻ることになる。
その間、雉崎はゆっくりと歩きつつも、顔は不機嫌そうに前方をじっと睨んでいた。
「………………。」
何か仲間外れにされたようで悔しくもあったが、あのような交渉は坂本にしかできないと分かってはいたので何も言うことは無い。
自分が大して役に立たないことなど分かっていたのに、何故こんな事を考えているのだろうか。
「もしかして、自分に対して怒っているのか…俺は…」
全身の冷や汗をうざったく思いながら静かに帰路につく。
機会を与えられたにも関わらず不甲斐ない自分。
才能だとか勇気だとか、そういう理由ではない。
あの時自分は、クラスメイト全員の事を考えて発言し、交渉する坂本に嫉妬していたのだ。
自分は酷く薄情で、自己中心的だったのだと思い知らされた。
虐めてくるあいつ等の様になるまいと、誰よりも固く誓っていたはずなのに。
──────雉崎は床につき、耳を澄ませる。
爽やかな穂の揺れる音が、遥か遠くから聞こえる。
少し体を動かせばシーツによる摩擦音が耳元を撫で、天井は先の見えない暗闇のようで手を伸ばしても届きそうにない。
虚空を握りしめ、自らの未来を案じて瞳を閉じる。
宵の孤城は遠く、さらにその先を眺めて視界を広げ。
浮かぶ月夜が彼らを見下げて、満天の星たちと共に地上に侵攻しつつある事を観測する。
─────竜虎相搏とも言うべきその様相に、世界はただ沈黙を貫くのみであった。




