第一話:クラス転移(後)
異世界に来て二日目の朝、雉崎たちは食堂に赴き、朝食を取った。
そして勇者の役割、王の悩みを聞き出し、クラスメイトの悩みを感じ取ったのだった。
…そしてこれは、その日の、昼頃のお話。
────場所は、城の大空間。
食堂で朝食の後、雉崎を含めた生徒たちは王座の間に召集されたのだった。
「我らが王。勇者様たちはどのように扱いましょうぞ。
魔法適性はあるということで、このままでもそこそこ戦力にはなりそうですが…」
呼び出されたのは昨日と同じ、王座の間。
ただ昨日と違うことがあるとすれば、王の隣に一人の老人がいることだろうか。
彼はは丁寧な物言いで巧みに王の要求を引き出し、笑っている。
背丈は小さく腰が曲がってはいるが、ただならぬ風格が感じ取れる体躯であった。
「────あ奴らはノアを受容できるのか?」
王が言う。
──────ノア。
それは、魔法とは別物の概念。
当然、雉崎たちはその言葉の意味を知ることは無く、傍観を決め込むだけ。
「文献では、勇者は聖なる力を扱うと示されおります。
ですので恐らく全員ノアの受容は可能かと。」
「………ハハ。本当か!それは強いわけだ…!
限られた聖職者しか受容できぬノアを、これだけの人数が扱えるとは…!」
二人は随分仲がいい。
昨日は威厳のあった王もこの老人の前ではくだけた話し方を見せている。
「そうでしょうとも!
それにノアを呼び出せるのは魔官総督であると同時に大司教でもある私しかおりませぬ故、この場は絶好の機会でございます。
許可を頂ければすぐにでも…」
老人はゴマをするように手を擦り合わせている。
王もそれに気分を良くしたのか、陽気に答えた。
「よし。許可する。どんなノアが受容されるのか、我も期待して待つとしよう!」
「………は!直ちに準備いたします!」
すぐに老人は黒いローブから聖職者のような衣に着替える。
そして髭をさすりながら一冊の本を取り出し、ゆっくりと文言を読み上げていく。
これから何が始まるのか全く分からないまま、雉崎たちは黙ってその朗読を聞くしかない。
「神よ。お導き下さい。
この聖なる儀式が、無事にとり行われる事を─────。」
直角の腰掛がこしらえられた玉座。
快適さよりも伝統が重んじられているそれに不満を抱きつつも、王はすぐに座りなおす。
─────そんな王の視線は、期待に満ち溢れた物であった。
…そしてそんな、王の視線を受けて。
老人による魔力の駆動、魔法の展開が、今。
始まる。
「…魔力線、展開。」
前に立つ老人の身体に線が走る。
右手から伸びた線は構造物の形をとって玉座と兵士を除いた広間一帯を囲い、さながら建築途中の骨組みのようにその柱だけを表していく。
「…魔法構造、成形開始。」
騒然とした王の大広間には緊張が染み渡る。
厳粛で静謐な雰囲気が辺りを漂い、見る者に汗を流させる。
痛みも苦しみも、固唾を飲んで見守っている。
「…魔法構造、成形…完了…。」
…そして、最後の一小節を読み終わる前。
老人は突然に、雉崎たちのの想像にない、とんでもない事を言い放ったのだった。
「幾人かは死んでも構いませんか────?
かなり負担がかかりますので、耐えきれぬ者は死んでいくかと思われますが。」
「は…!?!?!?」
「ちょっと…、ちょっと待てよ…!!!」
突如行われたのは、なんと、死刑宣告。
これから貴方たちには死ぬほどの辛い痛みを味わってもらいます、と。
そう、言われている。
彼らは昨日も、クラスメイトを殺されたため死の臭いに敏感になっていために。
もう、それが冗談ではないことを当然のように理解したのだった。
「うわぁぁ!!嫌だ!!死にたくない!!」
「あっちだ!!後ろに逃げれば何とか!!」
驚いて逃げだす生徒たち。
雉崎も同様に逃げようと足を踏み出し、王に背を向けて走り出す。
(…は?ちょっと待て、死ぬのか…!?アイツ何を起こすつもりだ…!?!?)
雉崎たちは辺りを巡る魔力線の中を懸命に駆け抜ける。
幸い出口までは短い距離で、時間には余裕があった。
(せっかくこの世界に来たのに、ここで死ぬんじゃ意味がない…!!まだ何も、幸せな生活も成し遂げていないんだ…!!)
「王の名において許そう。
勇者は少ない方が良い。威厳が保たれるからな。」
老人への返答とし、王は玉座に座り、逃げ惑う勇者たちを眺めながら答えた。
それを聞き、さらに彼らは加速せざるを得ない。
そして無事、広間の出入り口に運動部集団が差し掛かって初めて。
「おい…!出られねえぞ…!!!」
彼らはもう、既に逃げる事はできないという事実を知った。
張り巡らされた魔力線はドーム状。つまりは、包囲結界。
高密度・高純度の老人特製鉄壁要塞が、そこにそびえ立っていたのだ。
「────神礼、開廷。」
無情にも、老人の持つ本が宙に浮き、ページがひとりでに動き出す。
とてつもないオーラを放つ老人とは真逆に、本は単なる無機物として其処に浮かぶ。
何の雰囲気も醸し出さず、さも”普通の本ですよ”という顔をして着実にページを捲っていく。
(くそっ!!出られない…!!もう避けようがないのか…!?)
「────神々の祝福。天地を分かつ裁定の剣。皆を救い、彼方へ導く勇者と成れ。精霊よ此処に。色彩を現身に。選ばれし聖人ノアよ、此処に顕現せよ。」
詠唱の終了と共に、どこからか聖歌の歌声が聞こえてくる。
しばらくすると光が辺りを包み、様々な色のオーブが辺りを漂い始めた。
交差する光線。回転する円形の魔方陣。
見えない壁に金色のベールが降り、透明だった周囲に色を付けていく。
「な、なにこれ…。」
「まじかよ…。」
「もう、もう終わりだ…!!」
見えない結界の中央、その上空。
光が収束するように、一際巨大な魔法陣が空間に固定された。
────魔法の遠隔起動という名の神業。
この世界の魔法原理から大きく外れたその現象は、王を含めた観衆をも驚かせる。
「────権能を、与える。」
魔法陣の中から、布を纏った青年が出現する。
その眼は虚ろであり、自らの意志が介在しているのかも怪しい。
「…様。…神よ…。創造と構成…。神性の…。」
彼はボソボソと小さく、だが明確な意思を持って、言葉を述べていた。
村人のように素朴で質素なその姿もかえってその神聖さを大きく感じさせ、金色の瞳に吸い込まれるように、彼らの視線を奪う。
(これが、本物…。)
何度も思い描いてきた魔法ですら、実物を見ると流石に圧倒される。
見えない壁も、すぐ上から見下ろしている謎の青年や魔法陣も、全てが新鮮。
…無論、恐怖でその感心はすぐに打ち消されてしまったのだが。
「────ふむ。あれがノアか。」
王が呟く。
ベールの上、上空に浮かぶノアはしっかりと王の瞳に映っている。
老人が描いた魔力線は的確かつ丁寧であるため、それも一種の芸術なのではないかと疑うほどにその光景は目を奪われるものがあった。
「あれは生きているのか?オーランドよ。」
「いえ、彼はもう生きた聖人ではなく、権能を与えるだけのシステムに組み込まれています。
なので当然、彼には感情や思考も存在していません。」
二人は話していた。
結界の外で。呑気に。
当然のように、人が死の淵に立たされている姿を眺めながら。
老人、またの名をオーランド。
王、またの名をクリス・テザーニア。
この国で最も高貴かつ高潔な彼らが好き好む物は、愉悦であった。
「勇者よ。この異能を以って世界を救いたまえ────」
ノアと呼ばれる青年は高く手を上にかざす。そしてその手を握りしめる。
何かを掴み取るような仕草を見せた後、一言、こう口にする。
「────ノアを、”私”を、受容せよ。」
壮絶な、呪いともいえる響音。
地平に立つ人々への、天からの啓示。
幾度も繰り返された、儀式の根幹の言葉。
「…これで、完了じゃな。」
─────その言葉が聞こえた、瞬間。
「…………っ!?なんだこれっ…!?!?!」
勇者の彼らは、叫び声をあげたのだった。
「……………痛っっ!?ぁあっ…!!」
突然、右腕に強烈な痛みが走っていく。
一斉に、同時に彼らは堪えるように蹲り、声にならない呻きを上げながらフラフラと彷徨う。
体のバランスは失われつつあり、すぐに立っている事すら困難になった。
「…………っ!!!!ぁあっ!!くそっ…!!何がっ…!?!?!」
肌が引き裂かれるような感覚が、右腕を襲う。
そして咄嗟に痛む右腕を見ると、流れる血と共に、大きな刺青が入っていたのだった。
「ぁあああ無理だ…!!気持ち悪いっ…!!」
同時に身体の中に何かが入り込んでくるような感触がして、それを拒否しようと体は必死に抵抗する。
風邪菌に侵された病人のように顔は紅潮し、倦怠感が伴い、何より止むことのない頭痛が彼らを襲った。
「痛っ…!!あぁっ!!!」
周りの全員の右腕が光っている。
その色は様々で、人によってその大きさも異なっている。
意識が朦朧とする中でもその痛みは止まらない。
病的な頭痛と、物理的な右腕の激痛。
両者によって板挟みになりながら必死にその視界を捉えていく。
…そして。
「もう嫌…!!やめて…!!!」
雉崎の目の前に、先程彼の手を握った女子が見えた。
彼女の右腕の光は一際大きく、それを堪えるために彼女はより一層苦しそうに藻掻いて止まらない。
──────光が、体の外から漏れ出していた。
刺青からは血飛沫が舞い、目からも赤い涙が零れていく。
制服がなびき、まとめられた髪が上下に揺れ、その間も彼女は、
「やめてやめてやめて!!!ぁあああああああ!!!!!」
精一杯、叫んでいた。
周りの幾つかの人々も光が暴発し、光の柱となって取り込まれていくのが見える。
同じように、死にゆく様を自らで体験しながら。
「痛い!痛いよ!やめ────────。」
そして最後の一瞬、光の間から彼女の泣きじゃくった顔が見えた。
音は聞こえずとも、唇の動きだけを残して。
彼女は彼を見つめて、最後に精一杯の遺言を告げたのだった。
(────助けてあげられなくて、ごめんね────)
「桐本…!!」
桐本と呼ばれた少女が涙を零し、光に包まれていく様が彼の、雉崎の意識があった最後の瞬間であった。
そして彼はその後すぐ意識を失って地面に倒れこみ、その場にいた他のクラスメイトと同じように、ノアの受容を終えていくだけ。
(あの言葉は…どういう…)
しばらくした後、場に流れるのはいたく残酷な、静寂。
勇者と呼ばれた高校生全員が意識を失うと、残ったのは兵士と王の沈黙だけになった。
…そして。数十分後。
────雉崎の目が覚めても、視界は未だ王の間のまま。
「なんで…。なんで俺たちをこんな目にすんだよ!!!」
「痛い…!一体なんなの…!?もう帰して…!!」
何人かが起き、何人かが死んでいた。
状況が呑み込めないまま、死への恐怖と仲間の死への後悔で感情が混線する。
周りを見渡せば、辺りを漂っていた様々な色のオーブは彼らの右腕に入り、刻まれた刺青の色が変わっている様子。
赤や黄、青など、様々な色が鮮やかに光っていた。
(くそっ!!体が動かない…!!儀式の反動なのか…!?!?)
「これは…刺青…?」
運動部のクラスメイトの数人は、もう起き上がっている。
そして彼らは右腕の傷を見ては、必死に話し合っていた。
「何か文字が書いてあるけど…読めねえ…」
「早く…早く終わってくれよ…。ほら、まだアイツこっちを見てる…!」
右腕に刻まれた紋章は、何かの文字のよう。
筆記体のような書き方で書かれていて、意味は分からない。
そしてノアと呼ばれた青年もそのまま。
彼は深淵を思わせる漆黒の瞳で彼らを見つめ続けていた。
「────ふむ。では神礼、閉廷。」
すると、見かねたのか、それとも飽きたのか。
老人は結界を解除する。
さらに浮いていた本に先ほどの言葉を呼びかけ、魔法陣と謎の青年に終了を告げ。
すると呼応するようにそれらは塵となって、静かに消えていく。
「さて、これで儂の役目は終わりですな。
後は鑑定士の方、頼みますぞ。」
老人はそう言い残して、呼び寄せるように手を招く。
すると王の後ろから黒いローブを纏った輩が数人、そそくさと奥から現れた。
彼らは真面目な顔つきではあるが反面、少し気だるげにもしている様相。
「……勿論。お任せくださいませ。総督。」
────この儀式で生き残ったのはたったの十五人。
突然異世界に転移し、わけもわからぬまま勇者にされ、その大勢が死亡という大惨事。
残された彼らは自らの恐怖に呑まれ、この境遇を呪うだろう。
なぜこんなことになっているのか。なぜこんなことをしなければいけないのか。
目の前に転がっている死への恐怖に怯えながら、王の指示に従う他ないという現実に苛まれるのみで。
今はもう、後戻りはできないのだから。
後悔と、絶望が渦巻く玉座の間。
─────沈黙を貫く兵士たちに紛れて一人、密かに笑う者がいる事を。
誰も、気づくはずは無かったのだった。
「──────まじか…。こりゃあ面白くなってきやがった…w」




