第十四話:神の一撃
神の力、”神性”は目覚めた。
雉崎の中に眠っていたそれは、もう完全に表出している。
─────紛れもない、アイリスを助ける、そのためだけに。
─────広がるのは一面の、海面。
神と同調した二人の戦いは、既に幕を開けていた。
「─────Wellenring.Wellenring.Wellenring.」
アイリスの言葉と共に。
地表から飛び立つ、幾つもの魚たち。
サメにカジキ、果ては海獣のシャチやイッカクまで、全てが殺意の篭った瞳を持ち合わせている。
─────ドシュッ。ドシュッ。ドシュッ。
そしてその針と牙の大群が、雉崎めがけて襲い掛かっていく。
だが彼はその攻撃の雨をゆっくりと避けながら、海面をひたひたと歩くまま。
(…きりがないな…。)
上から、かと思えば下。横からも。
巨大な一本槍が次々に雉崎の身を掠めていく。
だが彼は身を捻り、時には魚を破壊して、常人ならざる動きで攻撃を無効化していくのだった。
「─────Wellenring.Wellenring.Wellenring.」
…が、それでも。
アイリスの詠唱は止まらない。
むしろその唇は加速し、目の前の彼を殺すためだけに、海面近くを漂う魚群をさらに膨らませていく。
「─────Wellenring.Wellenring.Wellenring.」
─────交差する水流。波打つ海面と、そこを泳ぎ回る魚たち。
全てが水で出来た幻想風景で、草原の面影など微塵も無い。
辺りに香るのはつんとした潮の匂いだけで、急激な向かい風となった海風が、アイリスのもとに向かう雉崎の進行を妨げていった。
(…厄介だな…。)
「─────”長江脚”。」
…突如。
雉崎は強烈な蹴脚を空中に振り、襲い来る魚たちを薙ぎ払う。
そして落下して海面に足を触れ、また着地した。
「………………。」
一辺の凪の中、雉崎は黙って佇んでいる。
数多の攻撃をやすやすと受け流し、ただ静かに。
彼は彼女の衝動を、穏やかに受け止めていた。
「─────Wellenring.Wellenring.Wellenring.」
魚は集まり、水塊となる。
そして魚群の流れを以って、微動だにしない雉崎を閉じ込めていく。
海水は、固まり。
渦巻く水流は、中心へと力を集め。
肉を裂き、骨を断つ勢いで。
─────彼女は鋭い歯と鱗を、彼に押し当て続けていった。
「…………………。」
…そして、その、現状を見たのか。
彼女は、にんまりと笑う。
「…………アハハ。アハハ。アハハ!!!」
いつもの穏やかさには似合わない、邪悪な笑顔。
気持ちの悪い、凌辱する快楽。
そんなものが滲み出た、神の表情。
(───── Ende!!)
そして彼女は、トドメとばかりに。
世界誕生、驚天動地、天地創生の頂を。
神そのものにも思えるような、そんな。
─────特大の、原初の一撃を、捻出したのだった。
「”Breaching!!”」
彼女の右手が挙がった、
…その瞬間。
ゴゴゴゴゴゴ……………。
海の底から、巨大なモノが浮上する。
それは、勢いをつけて。
大量の水を、押し上げて。
集まった魚たちをも飲み込む大きさの波しぶきと、共に。
─────透明なクジラの頭が、姿を現した。
フォオーーーン…………。
透き通った胴体が月に重なる。
辺りの空と草原はその魔法に覆われ、少々の暗がりを作り出す。
そのクジラは大きな口を開け、下から雉崎を水塊ごと包んでいく。
そして、それは尾びれまで見える程に高く舞い上がり。
─────とても綺麗な、ブリーチングを見せる。
(これは…。)
月夜に浮かびあがる、一匹のクジラ。
水面から飛び上がったその光景は、美しく。
抵抗しない雉崎を、ゆっくりと飲み込んでいった。
……ゴクン。
(……………。)
クジラの中、食われ、浮遊する雉崎は沈黙したまま。
視界に映る周囲には、跡形もない肉の断片と骨の欠片があった。
(…………ああ。これは……。)
それは既に死体となった、住民のモノで。
もう粉々になって、原型も定かではない。
(はやく、終わらせてあげなきゃな…。
もう、躊躇ってる場合じゃないんだから…。)
そうだ。
もう、時間はない。
彼女の全力に、応えるように。
自分も、全力の一撃を。
神力の全開放によって、どんな副作用が待っていようとも。
彼女を救うために。
いざ。
魔力を、神力を、混ぜ合わせよう。
「……魔力線、解放。」
…バシャーンッッ!!!!
クジラの腹の、その中。
難なく。
内側から破壊する。
神がかった身体強化で、彼はその水の体躯を吹き飛ばした。
─────ほんの、片腕だけで。
「魔法構造、成形継続。…拡張開始。」
右手拳に纏っていたオーラが、全身に広がっていく。
─────金色の、揺らぎのかかったオーラ。
それは彼の長い黒髪をなびかせ、瞳の色を変え。
神の完全体としての機能を、顕現させていく。
(これで…終わらせよう…。)
アイリスのために。
これ以上、苦しませぬように。
いっそ、全てを、消し飛ばす勢いで。
自分の日常を、幸せな生活を取り戻すために。
彼は今、その拳を握りしめた。
「─────ノア、発動。」
彼の右腕が、どくんと脈を打つ。
金色に包まれた体に、銀色の煙が立ちのぼっていく。
─────幾度も蔑まれた、その灰色の刺青が、ついに真価を発揮したのだ。
「”圧縮”。
重点、右手五指。」
聞き慣れない、その言葉は。
彼の魔力を、右手の一点に集結させる。
…そして、全身を覆っていた絶大な身体強化が、倍倍に威力を増していく。
根底にある主人の教えと、彼女の笑顔が痛みを支えている。
─────”圧縮”という、彼のノアの名の元に。
バリバリバリバリ…!!!!
空気の摩擦で稲妻が走る。
耐えきれぬ質量と運動で、彼の身体は小刻みに震えていく。
シュウウウ……………。
圧縮され、漏れた空気が音を立てる。
そして彼の神性を帯びた魔力が、空間を歪ませていく。
「……行くぞ。”海神”。」
雉崎は、空中に浮かび。
再びその拳を握りしめ。
全身全霊の一撃を、空に掲げた。
「神圧・乖離。
─────”天衝”!!!」
その一撃は、”天を衝く”のではなく。
”天からの衝き”。
地を裂き、空間を割り、雲を分かつ。
愚かな人民を地上に突き落とす、神の鉄槌であった。
ドン─────!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ドガーーンンンッッ!!!!!!!!!!
─────その日。
深夜にも関わらず、空には太陽が昇った。
そして、数秒、一瞬の白昼と共に。
空一面の星が、消えてしまった。
─────今夜はそんな、神の夜。
未だかつてない、幻想の夜。
二人の未来を、閉鎖するための、
終末の夜だ。




