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テザーニアの勇者譚/true  作者: 佐倉マス
第一章:残酷な世界
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第十一話:勇者と愚者

果てしなく辛い夜の後も、変わらず日常はやってくる。

恋人を奪われ、手段を決めた彼にもう、迷いはない。


─────今日は残虐な欲望にまみれた、決行の時だ。


約一か月半前、雉崎たちのオークションが行われたコロシアム。

今日の催事はガリベルデ魔法学院の定期実技試験であった。



「おはよー!ついに試験だねー!」


「…ああ。昨日の筆記は大丈夫だっただろうな?

 まさか全く分からなかったなんて言い出すつもりじゃあ…」


「んなわけないでしょ!

 カイル君の指導もあって、上々の出来ですよ!」


「そりゃよかった。

 にしてもカイル、まだ来ないな…。」


「ねー。いつもは誰よりも早く来てるのに。」


コロシアムの入り口に佇む男女。

ウェイドとフォルテの元下民組であった。


「ハシクラさんは?カベの奴と一緒か?」


「そうみたい。あとはアイリスとカイルだけなんだけど…

 あ!来た!」


とぼとぼと、先からカイルがやってくる。

風貌として少し縫い痕の残る制服はそのままだが、今日はそれ以外の全てが違っていた。


「ちょっと…!?大丈夫!?

 顔の傷もそうだけど、右手…!!」


「……大丈夫ですよ。

 魔法を使うのに支障はありません。」


困り笑いを浮かべるカイル。

どことなく、いつもより不気味さが増しているようだ。


「もしかしてまた…!!」


「いえ、彼らではないんです。

 僕が少し、不注意だっただけなので。」


言葉の切れ目に隙間がない。

依然ならおずおずと話していたはずの彼はもう、いないのだから。


────三度目の絶望を身に受けて、壊れた内面は、外形を綺麗に作り替えたのだ。


「あ!アイリスも来たー!」


「おはようございます…。」


いつも通りの姿で、アイリスはやってきた。

綺麗に整えられた制服、血色のいい面構えで礼儀正しく現れ、静謐ながらも可憐な雰囲気を醸し出してウェイドに話しかける。


「今日、この後はどんな予定でした?」


「朝は練習と点呼、昼に屋台巡りして、その後試験かな。

 試験の後は特に決めてないけど、何か予定でも?」


「いえ、何でもありません。

 予定が無いのでしたらそれで良いのです。」


試験後は夜に自宅で雉崎と料理練習をする手筈となっている。

雉崎に頼まれ反射で請け負ったものの、もし打ち上げなどがあるならと懸念しての事であった。


「…………………。」


─────話す彼女の指先には、小さな包帯がある。

不器用に結ばれ、小さな傷跡を覆い隠すように巻き付いている。


大きな傷を背負い、手全体に包帯を巻いた彼とは。

全く違って。


「………………。」


カイルはそのまま話すことは無い。

ただ彼女を見つめ、立っている。

そしてフォルテの掛け声につられ、集団の一番後ろに立って歩いていった。



「よし!それじゃあ行こー!!」




─────勇者が皆を導き、世界を救う者だとすれば。

愚者はその行く手を阻む、悪劣な敵役なのだろう。


…だが。

勇者も愚者も、元は同じ人間。


精神は、経験によって変化するのだから。

例え同じ性格の人間がいたとして、置かれた境遇によっては別の人間になる事もやむを得ない。


幼い頃から両親に暴力を受け、年齢を偽ってアルバイトと学業を続けた雉崎。

性業界のボスの子供として生まれ、焦がれた相手を悉く奪われたカイル。

彼らはいずれも一人で生きていく事を強要され、暗く落ち込んだ性格となった。


原本は同じ。

それでも、彼らに違いがあるとすれば。


愛しい相手に踏み出す、少しの勇気と運。

それだけだったのだ。


─────道を違えた青年二人は、また交点で再会する。

アイリスという、一人の少女の交点で。




「ああ!アイリスさん!!偶然ですね!!」


試験の終わった帰り道。

仲間と解散し、一人で歩いていたアイリスの元に青年が現れる。

路地裏の細道から飛び出し、二番通りから一番通りの屋台道へ抜けようとしていた所だった。


「昨日の怪我は大丈夫でしたか…?

 ほら、指先の…。」


時刻はとうに夕暮れ。

誰もいないレンガ通りの真ん中で佇む二人。

橙色に照った陽光が赤いレンガに影を作り出す。

穏やかな秋風の吹く静寂の中、二人は見つめ合っている。


「…………………。」


アイリスは口を開かない。

ただいつも通りの目つきで、彼の瞳に焦点を合わせるだけであった。


────彼は、長い黒髪に凡庸な普段着。

縁の太い眼鏡と平均程度の身長。


その青年は、雉崎の姿をしている。


「そうだ…!

 今度どこかに遊びに行きませんか?

 一番通りの屋台巡りとかどうでしょう…!?」


はつらつとした声。

にこやかに笑う顔。

その全てに、多大な違和感を感じる。



「………貴方は、誰ですか…?」



「…………え…?」


街鳥が甲高い鳴き声をあげる。

羽音も聞こえない小鳥の群れが、空を渡っていく。


そして地上にはアイリスの問いだけが、響いている。


「誰、って。

 僕ですよ。僕!

 雉崎一彦です!!」


「キジサキさんは自分の事を”僕”なんて言いません。

 屋台の通りも、以前一緒に回ったことがあります。」


「………………。」


あっけなく、彼女は矛盾と欠陥を突き返す。

偽物の彼にはない経験を、本物の雉崎だけが持つ経験を語っていく。


「…じゃあ何で。

 あの時、僕の提案を受けたんですか?

 何で、知っていると言わなかったんですか?」


頭の先が溶けていく。

長かった黒髪が霧散していく。

紫色の塊が、線ごと解けていく。


─────そして中からは白髪と、身長の低い眼鏡が覗く。


「何でそんな事をするんですか?

 カ(・)イ(・)ル(・)さん。」


「…貴方のせいですよ…。

 僕が、こんなになったのは…。」


「だから貴方は何で…っ…。」


正体を現した彼は右腕の包帯を解いていく。

さらさらと抜け落ちた帯は地面につき、右手の先が彼女にもはっきりと分かった。


「僕を助けるから。

 僕に優しくするから。

 苦しくて、苦しくて、もがいて、守ろうとしました。」


涙は無い。

涙腺などとうに枯れてしまった。

体の一部を魔法に侵食させたために、彼の体内の魔力循環は酷く損傷している。


「痛みも悲しみも、貴方が居れば全部どうでも良かったんです。

 明日があるって信じられました。

 なのに…。なのに…。

 なのにどうして。」


           


          「貴方は僕を、選んでくれなかったんですか。」




直接話すこともなく。

思いを伝えようともしなかった。

いくら心の底から思っていたって、口に出さなければ相手に伝わる事は無いというのに。


─────アイリスにカイルの気持ちなど、伝わるはずがないというのに。



「あのキジサキとかいう奴のどこがいいんです…?

 ただ勇者ってだけで何の才能も無い、落ちこぼれのどこが…?」


「…私は。

 あの人にそういう感情は持ってはいません。

 ただ一緒に同居しているだけで、彼を異性として見てはいないですから。」


建前と深層心理が剥離する。

アイリスは確かに、恋愛感情は持っていないのかもしれない。

だが確実に、他の人にはない特別な思いを秘めているのは事実で。

それを隠そうとする心情が、カイルには透けて見えた。


「なんで嘘をつくんですか?

 なんで、それを隠そうとするんですか?」


もう彼の精神は戻らない。

頭痛は止まず、視界は常にぼやけている。

よろよろとバランスを崩し、首が曲がっても視線は常にアイリスを見つめたまま。


「…もう、元には戻らないから。

 せめて、最後は僕のものであってほしいから…。」


右腕は蛇に変わっていく。

厳めしい眼と牙が彼女を向き、腕の中央部が張り詰める。

付近からは紫色の瘴気が立ち昇り、邪悪なオーラとなって空気を圧迫する。


魔力線はその身体を紬ぎ、侵食し、呪っていく。

積み上げられた技術と脳に残る経験と、それを上回るありったけの憎悪で。

綺麗に生え揃った鱗と虹彩を形作っていく。


…そして今。魔法が完成しきった今。

彼はその短い人生を込めた呪いの言葉を、静かに吐いた。



「─────蛇姦傷、”雪花《せっか》”。」



弧を描いてうねる胴体。

伸びた腕は接近し、彼女の首元へと狙いを定め。

そして桁違いのスピードと回転力を以って、その距離を一瞬で踏破した。



ザクッ。


「…………………っ!!!!」


首元まで約数センチ。

アイリスは、その高速突進をすんでのところで避ける。

…が。

それでもその牙は、彼女の右腕上部にしっかりと傷を残していたのだった。



「僕のために…死んでよ。

 狂ってよ…。」



牙が触れた患部が漂白していく。

血管が極端に収縮し、血液の循環が滞る。

そして当たり前に、猛毒は体全体に広がっていく。



「……………ぅぁあっっ!!!!」



膝崩れになるアイリス。

魔力による身体強化も患部までは達しない。

彼女はただ症状の進行の拡大を防ぐだけで、手一杯となってしまった。


「痛い…!!寒い…!!冷たい…!!」


右肩の下はもう雪のように白い。

広がりつつある皮膚の雪原を前に、カイルは微笑を浮かべている。


「ありがとう…!!ありがとう…!!」


沈みゆく夕日を背に、カイルはアイリスを抱きかかえる。

それは優雅な、お姫様抱っこで。

自分と同じくらいの体重の女子をものともせずに運んでいく。


「見送る時はちゃんと、僕だけの場所で死んでね…。」


カイルは歩みを止めることは無い。

人の外形に戻った両腕にかかる重圧をひしひしと感じながら、それをひたすらに嬉しく感じる。

藻掻き、苦しみながら動けない彼女を眼下に捉え、この上ない優越感に浸っていく。


─────彼女の手から零れ落ちる、小さな包帯にも気づかずに。


そして彼は新しい住処となった、地下水道の暗闇へ消えていった。



─────一方。


「遅いな…。」


呟くのは、雉崎。

場所は、夕暮れが際立つ空のジェネラリーゼ邸。

通常の帰宅時間からとうに一時間を過ぎてもアイリスは帰ってこず、料理を教えてもらう筈だった彼は長い待ちぼうけをくらっていた。


「何かあったんだろうか…。」


今朝、扉の前で見送った彼女の顔を思い返す。

彼女には珍しい、少し誇らしげな顔と背筋。

今日は大切な試験のはずなのに、何だか少し楽しみだと語っていた。

だからもしかしたら、打ち上げなどを企画しているのかもしれない。


…そう雉崎は思って、もうしばらく待っている。

カーテンを開いて、庭の先に見える空を眺めながら。



(そうだ。帰ってきたら、今度は俺の得意料理を作ろう。

 きっと、ささやかなお祝いくらいにはなるはずだ。)



─────柔らかかった秋風はその強さを増している。

庭の草を波打たせ、木々を荒々しく揺らしていく。

彼方に見える雲の流れも、昼間よりは少し速い。


新緑はとうに過ぎた橙色の紅葉が散り、一つの葉は風に乗って森へと進む。

それは痛みも苦しみもなく、自由に羽ばたいていく。


もう一つの葉は風に乗れず地面に落ち、庭にその姿を留めたまま。

時々の突風に突き動かされても、少し体を動かすだけで森に辿りつく事は無い。


─────秋の終わり、冬に向かって進みゆく11月。

雉崎の体は、今は遠くにいるアイリスを思って其処に佇んでいた。



「早く、帰ってこないかな…。」




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