第五話:学校(後)
昼休みの時間、秘密裏に行われた、坂本と日比野の談合。
異質な才能を持つ者同士は惹かれ合い、同じ境地に達している。
─────だが。
一方でこの世界は同時に、あまり好ましくない、残酷な現実も含んでいるのだ。
「なあお前さ。舐めてんの?」
舞台は戻って、魔法学院内。
校舎の端、庭からの目も届かない、薄暗い日陰。
其処には立っている四人の貴族と、うなだれている一人の生徒。
胸ぐらを掴まれ、離され。
地面に放り投げられた生徒は土だらけで汚れていた。
「…………………。」
生徒は口を開かない。
常人ならば耐えかねる暴力をその身に受けながら、声の一つもあげずにいる。
平均よりも小さく、それでいて中々にしぶといその様は、加虐の側に、より一層の怒りを生じさせてしまった。
「…いい加減にしろよ。
いっつも特別枠の所に媚売りやがって。
しかも上玉の、見た目のいい女の所にばっかり。
お前の家の分際で、付き合えてるだけマシと思えよ…!」
頬に拳を一発。それから脇腹に蹴りを一発。
衝撃で舌を噛み、口に含んだ唾に血を滲ませる。
効かぬならもう一度と拳を上げた男の腕を、仲間の一人が掴んで静止させた。
これ以上は怪我では済まないと、彼はそう判断したのだろう。
─────倒れている生徒の名は、カイル・トグロ。
今日、馬に乗ったアイリスに話しかけてきた、気の弱い青年である。
身長は低く、体格も細い。顔にかけられた丸眼鏡はまるで日比野のよう。
だが日比野とは違ってその髪は白く、精神性もより微弱。
クラス一の中級魔法の練度を誇っていたとしても、どれだけ魔法の知識を蓄えていても、それでも虐められている。
────全ては彼の背負った、家柄のために。
「お前の父親、なんて言われてるか知ってるか?
国一の売春王、だとよ。
何でそんな奴の家系が、この高貴な学院に紛れ込んでんだろうなぁ?」
資金はあっても、人情は買う事が出来ない。
生まれ持った偏見は人を暴力的に変質させ、その人物を輪の外へ必死に追い出そうとする。
気持ち悪いと蔑まれ、無視され、人権を失い、そのうち誰からも見ることが出来ない空気となっていく。
…それが人の優しさなのか。
それだけであれば、直接的な暴力までには繋がらないのだが。
彼は下民上がりの魔法使い、特別枠のグループに与する事でクラス内でのポジションを確立しようとしてしまった。
そういう風にとれる行動を、彼はしてしまったのだ。
「何で一人で突っ立ってねえんだよ?
静かにぼうっと端で生きてろよ。それで、俺たちは許してやるって言ってんだろ?
元下民なんかにへこへこ頭下げて、それでメンツが潰れるのは俺らだろうが!!」
怒気を増す暴言。
震える拳は今にもこちらに向かいそう。
幾度も経験した軌道を思い描きながら、カイルは男を見つめている。
「…ぁあ!!気持ち悪ぃんだよ!!その目!!」
たまらず拳は動き出す。
綺麗な曲線を描き、壁に背をついて座るカイルの右頬に特大の一撃を食らわせた。
「…………っ!!」
鈍い音と共に彼の頭が横に振られる。
頬は凹み、殴られた部分は痣となって紫色に変わっていく。
完治には魔法を使わなければ一か月はかかる、痕の酷いものとなっただろう。
「ちょっ!お前…!!」
仲間はやりすぎだと言わんばかりに殴ったばかりの男の背中を叩く。
男は数秒下を向いた後、何事も無かったかのように振り返り、焦りと苛立ちを含んだ笑みを見せつけた。
「はっ。いいだろ別に。
こいつが学校に訴えた所でどうせ何も起きやしない。
むしろ俺らがここで被害者面をすればあいつらは喜んでこいつを退学処分したがるだろうぜ。」
「………………。」
事実、彼が訴えたところで教師陣は行動を起こさないだろう。
上流社会において夜職を起因として成り上がった貴族への風当たりは厳しく、膨大な学費を払ったとしてもその待遇は褒められたものではない。
試験以外の平常点は軒並み半分以下、実践訓練ではまともに指導すらしてもらえないのだ。
─────排他的で自己中心的。
出る杭には集団的圧力を。成り上がり者には制裁を。
それが、上流階級の社会構造であるのだから。
「カイル君…?」
校舎裏、集団と傷ついた彼の元に足音が訪れる。
そしてそれは丁度彼らの前で歩みを止め、言葉を口にする。
勇猛果敢たるアイリス・ジェネラリーゼが、その声を聞きつけたのだ。
「あ?」
何を見ているのだと、同級の男が威圧する。
空気を読むことを強制させ、邪魔者を排除しにかかる目つき。
獣のような、邪悪な形相。
だが、それを前にしても、彼女は歩みを止める事は無く。
むしろより速度を上げて、こちらに近づいてきた。
顔に少々の苛立ちを滲ませながら、むしろ彼らの方を威圧し返して。
「大丈夫…じゃないですよね。
すぐ保健室に行きましょう。」
カイルの前に屈むアイリス。
見るまでもないと言うかのように男たちには背を向け、ただカイルだけを心配している。
「…は?お前、何でそいつを助けてんだよ?」
開いていた手のひらは再び固まり、握り拳となって加害性を増していく。
背後に佇む男の一人はさらけ出せないはずの本心を露わにするように、その言葉を並べ立てた。
「…アンタはさ。何でそんな奴を助けるんだ?
水商売で稼いだ金で無理やり学院に通っておいて、それで孤立したからってお前らにすり寄る貴族の恥さらしに。こいつが見せてる笑顔とか態度も全部、作り物だって分かってんだろ?」
その通り。
カイルが見せる笑顔、態度、感情、その全てが打算的で侮辱的。
それを、アイリスは分かって接している。
普通の人間なら忌避し、蔑むはずのそれを、彼女は嫌がりもしない。
ただ親のように見守り、一定のラインを持って干渉するだけ。
─────それが、彼ら貴族にとっての最大の嫌悪であり疑問であった。
本人が気にしていないのにも関わらず必死に止めさせようとする様は、少しの嫉妬も含まれているのだろう。
恵まれた美貌と才能を持った淑女が、元平民の、それも夜職の息子にとられる事を望むはずがないのだから。
「別に、彼と彼の親は別人です。
誰だって、孤立したなら友人を探し求めるでしょう。
それに何か、彼は悪い事をしているんですか?」
彼らが拒絶していなければ、そういう空気を作り出さなければ。
そのような事も、無かったかもしれない。
クラス内で孤立する嫌われ役を作り出すのはいつだってカーストトップの人間であり、それを輝かせるのもまた彼ら。
譲歩や中立などを選ばないわけは、ただ。
何処とも分からない、陰湿な嫌悪感だけであるのに。
彼らはその自覚無く、人を傷つけてしまう。
「…ああ。もうめんどくせえ。
ヤっちまうか。此処で。」
男の表情は動きを見せず、常に彼女を見つめている。
彼の右手からは魔力線が伸び、風のオーラを纏って短刀の形を描き出す。
全身に流れる身体強化は筋肉をより厚く、より柔軟に。
彼は少しため息を吐いて、最後にはひとつ、足踏みをする。
─────既に戦闘の準備は、整えられたのだ。
ガクン。
背後の仲間達によって壁からツタ、地面から岩の塊が現れ、彼女の身体を拘束した。
それによって彼女の手は壁に押さえつけられ、足は直立状態を強いられ、緊張した制服の生地が露出する。
捕らえられた囚人の見せしめのように壁に貼り付けの状態になって、彼女は男の攻撃を待つだけとなってしまう。
「……………怖いか?」
「……………………。」
彼女は沈黙を貫いたまま。
依然重傷で動けないカイルは、それをすぐ横で見ている事しかできない。
無力な自分を呪いながら、彼女が乱暴に犯されるのを、待っている事しか。
「いくら魔法の技術があっても、全部の戦いが正々堂々ってわけじゃねえ。
こういう風に拘束されて、何もできないまま始まる戦いだってあるんだ。」
ニヤニヤと笑う仲間たちの前で、男はその手を伸ばす。
制服の一番張り詰めた場所。
上半身の胸部を抉るその接触を、惜しむかのように。
(お前を汚す事でしか、この感情は救えないからな…。)
「や、やめろ………!!」
情けない彼の叫びと共に。
沈黙する彼女の風貌と共に。
────男の手が、触れる。
その、ほんの一瞬。
地面が、鮮やかな群青を描いたのだ。
「─────は?」
地面から伸びる、荒れ狂う水流。
ツタを剥がし、地面を削り、彼女の身体を開放する。
反対に男たちの身体はその水に捕らわれ、溺れ、沈んでいく。
驚嘆と唖然、その叫びを残したまま。
上下する地はもう、土で構成されているはずもなく。
辺りを染める深青は、底を感じさせぬ勢いで。
息のできない彼らを掴み、飲み込んで離さない。
────彼女が地面に作り出したのは、”海”であった。
「何だ…これ…。」
狂瀾怒涛の水流。波打つ地面。透明に澄んだ地底。
そしてその上で、ひっそりと佇むアイリス。
誰でも出来るのが初級魔法。
短剣や長槍などの単純な無機物を生成するのが低級魔法。
馬や象、犬などの有機生命体を模倣するのが中級魔法。
銃火器やオルゴール、内部構造の複雑な無機物を生成するのが上級魔法。
そんな一般常識とはかけ離れた光景が今、カイルの目の前にはあったのだ。
「うわああ…!!!!
溺れ…!!溺れる…!!」
「どうしても変わらないんですね。貴方たちは。」
カイルの周りだけは海水が引いている。
孤島の様に浮かんだ地面が、足元には見えた。
そして彼女の金言も、はっきりと聞き取れて耳に残っていく。
(ああ。彼女だけは、僕を。
まるで生きる価値も無いと思っていた僕を、助けてくれるんだ…!)
アイリスは悠然と立ち続ける。
見下ろした地面には藻掻く男たち。
馬に乗り、空を見上げていた愛貌と対比となって、地面を見下ろすアイリスの顔からは静かな怒りが感じとれた。
憐れみと悲しみ、善良な人間を貶めた罰を与える、審判者の顔を。
彼女は表していた。
「アイリスさん…。」
しばらくして、水の束が沈んだ彼らを引き上げる。
瞬間、水は引き、海面はあっという間に元の土へと帰っていく。
そして気絶した男たちは砂浜に打ち上げられた魚のように。
全員が、白目をむいて横たわっていた。
「大丈夫です。死んではいません。
ほら、そんな事よりもはやく保健室に。
事後処理は私がしておきますから。」
急かされ、痛む体を懸命に動かしてカイルは去っていく。
アイリスも本当なら共に追っていくべきなのだが、それよりもいい加減、彼らにケジメをつけなければならない。
初めて目撃したにせよ、前々からこのような兆候があったことは彼女自身、少しは感じ取っていたのだから。
─────地球時間、2026年11月9日。午後1時23分の事。
こうしてアイリスはカイルの心を、しっかりと掴み取ったのだった。
よければレビューや評価等、頂けると励みになります。
続きも是非お楽しみください。




