第五話:学校(前)
忙しない、けれど少し穏やかな日々の生活を送る雉崎。
だが、アイリスの通う魔法学院には、少々の暗澹が秘められている。
─────魔法の訓練。貴族たちの集団。
アイリスの交友関係は、少しいびつだった。
──────魔法の鍛錬とは、つまり夢想である。
全ての魔法は骨組みとなる魔力線と、外壁となる魔力壁によって形作られる。
つまり設計図は自身で自由に書き換えられるものであり、其処には数多の可能性が秘められている。
”夢幻を以って無限を制す。”
これが、首都ガリベルデ魔法学院の第一理念。
所属生徒数およそ450人、敷地面積約30000m²の名門校。
日の照る今日も、広い校庭で生徒たちの訓練が行われていた。
「いきますよ!!構築段階、はじめ!!」
「「「「はい!!」」」」
均一に、短く整えられた芝生が両脚によって踏みしめられる。
生徒らは魔力を全身にくまなく巡らせ、発動準備を整えていく。
魔力線を交差させ、教師に指示された外形を作り出していく。
─────中級魔法、 type:”馬”。
中期に入って一か月となる二年生達の、懸命な練習風景であった。
「いいですかー!!
教科書で叩き込んだ馬の身体構造をよーくイメージしてください!!
一つでも不備があれば走ることができなくなってしまいますよ!!」
「「「「はい!!」」」」
「そこ、前腕が歪んでます。魔力線の弛みはなるべく少なくしてください。」
「はい!!すみません!!」
「別に謝らなくていいですよ。最初は誰でも苦戦するものですから。」
教師は笑う事もせず、次の生徒へ向かう。
此処では名門校故に厳しさと合理性が第一とされ、生徒への温情や思いやりといったものはあまり考えられていなかった。
「あー!もう!!なんでこんな事やんなくちゃいけねえんだよ!
もっと他のやり方があるだろうが!!」
「しーっ。聞こえるよ…。あの人、怒らせたら長いんだから…」
並列した生徒たち。
手前から順番に馬の状態を確かめ、指導する。
一人一人の指導時間が長引いているため、後列にいる生徒たちが指導を受けるにはもう少し時間がかかりそう。
…で、あるから。そのために。
─────出席番号の遅い一部の男子は集まって、担当教師に対する批評会が始まったのだった。
「確かにやり方は古臭いけど、理には適ってるし。いいんじゃねえ?
魔法使いは結局のところ、ほとんどが戦闘職なんだから。」
「そうだよ…。
積み重ねた実績や資質も本物。
僕たちが何か意見できるような人じゃないんだから…。」
「でもよー。魔法使いのモットーはオリジナルの開発と探究だろ?
いくらもう完成されてる魔法をやったって─────」
「私の指導に何か不満ですか?」
「うわっ!!先生!?」
背後から、苛立ちを含んだ抗弁が耳を劈く。
振り返けばこちらを一心に見つめる担当教師と、行く末を見守る級友たちの姿が見えた。
「……この私、及び学院の指導方針に逆らう権利など、貴方は持ち合わせていないはずです。いつまでも親の有能さにかまけているようでは雛はいつまで経っても飛べやしない。」
「─────。」
バツが悪そうに顔をしかめる青年。
いつの間にか遠くに移動した二人を背後に捉えながら、教師による長尺の論述を聞き流している。
(マジであいつら覚えてろよ…。)
「…聞いていますか?目線が逸れているようですが。」
「はい。スミマセン。」
「………全く。周りで見ている君たちも大概ですよ?
今は講義ではなく実技。実践練習なのですから。
少しはあそこの彼女を見習ったらどうです?」
教師は視線を横にずらす。
首を少し捻り、黙々と鍛錬を続ける少女の姿を捉えた。
──────後ろで纏められた艶やかな長髪。
横顔は真剣そのもので、出来かけの馬の半身に全てを注いでいるよう。
そのうち青色の透明な体躯が満たされ、筋肉の際立つ勁馬が完成しつつある。
教師の長たらしい解説も気に留めず、与えられた課題を懸命にこなそうとする彼女の姿は、普段不満げな教師にも胸を打つものがあったようだ。
─────成績オールトップ、容姿端麗、学費全額免除の特待生。
そう。その彼女こそ。
ジェネラリーゼ家第一養子、アイリス・ジェネラリーゼであった。
「分かったならよしとしましょう。さあ、早く作業に戻りなさい。
…ああ。あと完成し、私のチェックを受け終えた者は騎乗して辺りを走っていて下さいね。但し、なるべく作業中の生徒には近づかないように。」
「「「はい!!」」」
叱責が終わったとみるや否や、生徒たちは蜘蛛の子を散らすように離れていく。
完成した七色の馬たちは芝生を駆け抜け、跡には爽風を残し、作業途中の後進組を置き去っていった。
─────そしてその風に連れるように、彼女の馬もその腰を上げる。
「出来ましたか。アイリスさん。」
「はい。完成です。」
「……ふむ。問題はないですね。合格です。
後は循環を途切れさせない様に乗ってみてください。」
「はい。」
透き通った四肢。
彼女は揺らぐ風景を股にかけ、ヒヒンと鼻を鳴らす作品の背中をゆっくりと撫でる。
そして見送る教師に一礼をした後、遠くの生徒らの方へ駆け抜けていく。
「かっこいいなー!アイリスちゃん!よく似合ってる!!」
「様になるよなー。スタイルもいいし。」
「な。馬の作成は今回が初めてだってのによ…。」
(経験済みの上流貴族を除けば完成速度は彼女が一位。
質だけを見ればもしくは学年全体でも分からない。
…全く。恐ろしい生徒ですね。)
──────後退する斜陽。
強かった日差しも白雲によって陰りを見せ、心地よい気温に変わる。
飛雲と青空、眼下に広がる一面の草原を確かに感じながら、アイリスは只其処に騎姿を映していた。
(キジサキさんの気持ちっていうのが、少し分かった気がする…。
彼は私たちがそれとなく目にしている光景さえも、故郷と重ねて見てしまうんだ。
新しい環境に身を置いた時に周囲の状況を過剰なまでに知覚してしまうように。
今私が初めて馬に乗って、いつもより一段高い視点から見上げた空にいたく感動しているように…。)
新天地。
それは単なる地点の名称ではない。
時間や精神、その移り替わりによって世界は様々に変化する。
年齢が上がれば視点が上がり、落ち込んだ時には視界の色が薄れる感覚がするように、私たちが見る景色に全く同一の存在は皆無である。
…だが。人々は普段、その事にあまり注意しない。
”それ”を感じるのは決まって、経験と現実の差異が大きくなった時だけ。
快にしろ不快にしろ、新天地は感情が揺れ動いた時にしか知覚できないのだ。
だからこそ、灰色の世界から抜け出して、初めて色を感じた雉崎の言葉は、幸福で包まれていた。
きっとアイリスの心には、それがより深く響いたのだろう。
「アイリスさんー!!こっちですよー!!」
整然とした和を乱し、空を眺めるアイリスの元に丸眼鏡をかけた少年がやってくる。
馬が駆け巡る激戦区の中、何と彼は平然と徒歩で近寄ってきたのだ。
「カイルさん危ないですよ…?馬は…」
「別にいいんです。もう馬の騎乗や走行は慣れてますから!ほら、魔力をずっと流しておくのも疲れますし!」
「そうですか…。」
彼の元気さに対して、彼女は落ち着いた返答を見せる。
関係値の割に他人行儀なのには、お互いの性格も起因しているのだろう。
どちらも会話は苦手な癖に、人との交流を望みたがるのだ。
陽気に話しかけた所で、すぐに会話が途切れるのは目に見えているというのに。
─────そして、そんな空気を見かねたのか、はたまた単なる偶然か。
他の友人も参戦を決意したようである。
「アイリスー!!やっとできたよー!!どう!?イケてる!?」
「いやー。本当に疲れたよ。コイツ、先生のいう事をまるで聞かないんだもんな。」
「いやー。だって馬を小さくするのなんてダサいじゃん!馬は大きければ大きい程いいんだから!」
「だからな。お前の魔力量じゃ維持が大変だろうから先生は薦めたわけで…」
アイリスにも数人の友人がいる。
入学からしばらく孤立していた所を元からあったグループに引き取られたという感じで、いつも行動を共にする人物は同一。
目の前で喧嘩まがいの口競合いをしている男女二人も、その仲間内であった。
「にしてもすげーよな。特別枠でもアイリスだけだ。あんなに早くできたのは。」
「そうそう。中級魔法なんて元々習ってても難しいっていうのに。」
「そんな…。たまたまだよ…。」
「凄い事だと思いますよ。体格や性能もとても素晴らしいですし。」
「…それを言うならアンタもだよ。カイル。
クラス内で一番中級魔法の扱いに長けてるのはアンタなんだからさ。」
「そうそう。俺たちが何十分もかけて作る奴を数秒で出されちゃあ、流石に次元の違いって奴が身に染みるわ…。」
「ええ…。そんな…。」
賑やかに談笑するアイリス達。
元下民三人と中級貴族一人というのは学内でも中々異質な集団であるため、周囲の目を引く存在でもある。
だが残念な事に、傍から見れば自分を褒めてくれる都合のいい存在に取り入ろうとする哀れな貴族、カイルはそんな風にも見えてしまうのだ。
(アイツ、いつもアイリスの所にへばりつきやがって。恥ずかしくねえのかな。)
(三男だからでしょ。権力争いも無いし、暇してるのよ。きっと。)
(気持ち悪。誰にも構ってもらえないからって平民のグループに入るなんて。)
「……はーい!!時間になりましたので今日の授業はこれで終わりです!!
魔法の構築を解いて速やかに校舎にお戻りくださーい!!」
着替えの時間も考慮した少し早めの解散。
前の世界で言えば体育の授業のようなもので、小難しい授業をばかりの生徒にとってのほんの束の間の休息であった。
─────そして体育の時間の後といえば。そう。
次の時間は、昼食の昼休みが待っている。




