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「名波のお母さんの御厚意には感謝しかない。これでなんとか校長と私の首が繋がり、西森にはこうやってお灸を据える程度に収まったわけだ。西森のことを強く叱らないでほしいともおっしゃっていた。しっかり感謝しろよ?」
「お、お礼にバウムを持っていけばいいかな……?」
「お前な……」
「ええ、ダメなの? じゃあバウムの下に山吹色の小判を敷き詰めて……」
「しょうもないことを言って誤魔化すな、話はまだ終わってないからな。なにしろここからが本題で一番厄介な問題なんだからな……」
「一番厄介な問題って?」
「西森のピンクモゲラ問題だ……」
今日何度目になるのかわからない、めーこせんせーのため息が被さってくる。魂が抜け落ちそうなくらい重苦しいため息だった。心なしか目尻の皺が増えて見えた。絶対に口が裂けても言わないけど。
「あー……、それは、はい……」
めーこせんせーに負けず劣らず重いため息を吐いて私は肩を落とす。
確かに大問題だ。けれど出来るなら、問題になんてしないでさっさと忘れ去ってほしい。
「まずそもそもなんだが、ピンクモゲラってのは誰が言い出して、いったいどういう意味だったんだ……? そして誰が書いたんだ?」
めーこせんせーからの至極当然すぎる疑問に私はわかりやすく言葉に詰まる。
それもそのはず言い出したのは私自身だし、ピンクモゲラは勢いで飛び出したそれっぽい名をした架空の怪獣なだけで厳密には意味なんてない。
「ええ、っと……、陸上部復活のための宣伝です……。書いたのは、私が友達に頼んで、ウケ狙い、的な感じかなぁ……。あはは……」
引き攣った笑顔を貼り付けながら私はクラス対抗リレー後の体育祭を思い返す。
ピンクモゲラに私が気が付いたのは朱々寧を保健室に担ぎ込み、一通りの処置を終えてグラウンドに戻ってしばらくしてからだった。
私たちの強行作戦は教師陣からの渋い顔とは裏腹に、思いのほか多くの生徒から賞賛を得た。
そんな賞賛が欲しくてやったわけではなかったのに、私たちはちょっとした話題の人物として体育祭の間ずっと注目を集めた。
「ねえ、気になってたんだけどさ、ピンクモゲラってなんなの?」
取り囲まれた生徒たちからひとしきり持て囃された後、肩を掴んで呼び止めてきた瀧口さんから問い掛けられた。
なんなのと問われれば、私がふざけて自分のピンク髪をネタにしたオリジナル怪獣だ。朱々寧と茉椰しか知らないはずだったけれど、そういえば今回の大作戦をみんなに説明した時に茉椰がしつこく擦ってきていた。それにしても、どうしていま瀧口さんがそんなことを訊ねてくるのだろう。
「え……、そんなこと覚えてるの?」
「覚えてるもなにも、背中に大きく書いてあるじゃん? 私がバトン渡すときにデカ乳放り出してるうえに何を書いてるんだろってびっくりしたんだから」
「デカ乳って、背中……?」
指摘しながら瀧口さんが私の胸を指先でむにむに突いてくる。
ちなみにすでに体育着を着ているので直接ではない。さらりと口にされたデカ乳呼ばわりも大概聞き捨てならないけれどそれどころじゃなかった。
体育着をたくし上げ、なんとか身体を捻って背中を見ようとするけど見えるはずがない。
そんな私から、そろりそろりと逃げだそうとしていた茉椰の首根っこを引っ掴む。
「ねえ、待ちなさいよ茉椰。『求む陸上部!』って書いてって頼んだよね?」
「……いやー、背中に同じこと書いてもつまんないし、やっぱ目立たせなきゃって思ってー……」
「なんて、書いたの?」
「ぴ、ピンクモゲラって書いちゃったー……」
逃げ惑う小魚の群れくらい視線を泳がせて愛想笑いを浮かべる茉椰は、顔ごと背けて私と目を合わせようとしなかった。
「なにしてくれてんのっ!?」
「ええー、ほんとは『わがままボディー』って書こうとして思い留まったんだよー? そっちの方が良かったー……?」
「良いわけないじゃんっ!?」
わかってはいたけれど、犯人は茉椰だった。
ほんのイタズラ心だったらしい。お腹に書いてもらった『求む陸上部!』と同じように書かれたものだと思い込んでいた。
それが、めーこせんせーが一番厄介だと口にした問題の真相だった。
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