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「……求む陸上部の反響はどうだったんだ?」
「ええー……っと、ほとんど下着とピンクモゲラの話題で持ちきりだったかなー……」
目立たせようとした茉椰の目論見通り、それはもう大層目立ってくれたのだ。瀧口さん曰く私のデカ乳と、茉椰直筆のピンクモゲラが。
私はなんだかむず痒くなったお腹を擦る。
なにしろ、これは私のうっかりだけれど茉椰に手渡したマジックが油性だったのだ。
体育祭の夜にお風呂で洗ってもきれいには落ちなかった。腹立たしいことに背中のピンクモゲラに至ってはいまだにうっすら残っていた。
「なにか、わかりやすく不純な嫌がらせとかはないだろうな?」
「まあ、男子からの視線はそれなりにだけど、嫌がらせとかは特には……」
「ふむ……。ほとぼりが冷めるまでは目立った行動は控えろとしか助言のしようがない。しかしまあ困ったことがあったらすぐに相談しろよ?」
それ以外に手の打ちようがないから厄介な問題らしい。我がことながら、さすがに教師という職業に同情してしまう。
「や、そんな相談なんて。自分でやったことだから平気――」
「いいか西森」
自分で取った行動の責任は自分で片を付けるつもりだった。これ以上は何かあったとしてもめーこせんせーに迷惑をかける気なんてない。
両手を振りながら辞意を示そうとしたところ、お腹に響くくらい低い声音で遮られた。
「お前たち子供が平気でいられることには限界があるんだ。そんな子供を守るのが大人の役目だ。西森、お前の家庭の事情は把握している。母親を、大人を信用できないと思っているんだろうが、切り替えて大人を味方に付けることを覚えろ」
重くのしかかってくるみたいな言葉だった。
私の心の内側までを簡単に見抜いているみたいで、正直なところ気持ち悪いと思った。
けれど保健室で見た朱々寧の母親の眼差しと、めーこせんせーの眼差しは同じ真剣さを湛えて光っているようにも感じた。そう思いたい自分がいた。
きっと、これは信用しても、大丈夫なんだろうな。
「……めーこせんせーは味方になってくれるの?」
「それがお前たち子供を預かる、教師としての仕事だからな」
「じゃあ、陸上部の顧問、やってくれるよね?」
その脈絡を感じさせない申し出がよほど想定外だったのか、めーこせんせーは瞬きを繰り返して眉根を寄せる。
「……部員募集の反響はなかったと言ったよな? それで諦めるものだと思ったが、まだ復活させる気があるのか?」
「もちろん。諦めるわけない。私の後悔は体育祭のリレーで解消できた。一位にはなれなかったけど最高の結果だったと思ってる。だから、これでやっと心置きなく本気で、真剣に走ることができるんだからっ」
私が胸を張って言い切ったと同時に、後方でガラリとドアが開け放たれた。
「先生っ、陸上部顧問やってくださいっ!」
首を竦めて振り返ると、車椅子に座った朱々寧と由川さんの姿があった。
呼び出された私を心配して生徒指導室前まで見送ってくれたのだ。平気だから先に帰ってと言ったはずなのに、ずっと廊下で待っていて聞き耳を立てていたようだ。
「私からもお願いします江本先生っ」
朱々寧に続いて由川さんが丁寧に頭を下げる。
あまりにもあだ名で呼びすぎているせいで、江本先生がめーこせんせーのことだと一瞬わからなかった。
「名波に加えて由川まで乱入癖が付いたのか、これ以上頭痛の種を増やさないでくれ……」
「……駄目ですか?」
朱々寧から不安げな眼差しで見つめられ大きくため息を吐いて肩を竦めためーこせんせーは、
「心配しなくても私は去年まで陸上部顧問だったんだ。部が復活するなら、当然また顧問をやることになるだろうよ。それで、本当にやるのか?」
渋々とでも言いたげに首に手を添える仕草で首肯して見せた。
その態度はちょっとだけ気に入らなかったけど、零れそうになった文句を飲み込み唇を噛んでグッと堪えた。なにしろ私は、大人を味方に付けることを覚えたんだから。
「うん、やる。私ひとりでもやる」
挑発するみたいに大きく頷いて返し、拳を固めてわずかにくすぶる弱気を握り潰す。
「依乃里ちゃん、ひとりでなんて言わないでよ。私も入るよ、陸上部っ」
車椅子を漕いで私の隣に並んだ朱々寧が決意に満ちた瞳で見つめてくる。
「朱々寧……」
「ママと約束したんだ。また走りたいから今までサボってた分もリハビリを頑張るって。私は絶対にまた、この脚で走るよ。だから、その時に陸上部がないんじゃ困るから」
そのまっすぐな眼差しに撃ち抜かれ、私は迂闊にも目の奥が熱を持ち始めてしまう。
内なるお姉ちゃんは涙もろくて困ってしまう。
「私も入部するわ。……西森さんだけじゃ、気が付いたらピンクモゲラ部とか名乗ってそうで心配だから」
大仰に腕組みしておきながらもじもじと居心地悪そうに身を捩り、由川さんがそっぽを向いたまま歩み寄ってくる。
「でも、約束のリレーで一位になれなかったのに……」
「あれはアクシデントがなかったら朱々寧が一位だったわ。そういうことにしてあげるわよ。その代わり、やるからには真面目にしなさいよ? 私、本気でやらない人って嫌いだから。特に陸上はねっ」
「うん、知ってる」
由川さんのぜんぜん隠せていない照れ隠しの仕草がおかしくて、私はなんだか強張っていた全身の力が抜けてしまい目尻に涙が滲んだ。
「ほら依乃里ちゃん、新生陸上部の部長として一言ちょうだい?」
冗談っぽく微笑みながら朱々寧がバシバシ背中を叩いて促してくる。
「え、私が部長なの? 由川さんの方が向いてるんじゃ……」
「勝手に委員長って決め付けたかと思ったら次は部長を押し付ける気なの?」
ジト目で口の端を曲げてみせる由川さんは、よほど委員長と勘違いされていたことが不本意だったらしい。
「わかったよ、じゃあ二人とも。私と一緒に――」
物々しく咳払いをしてから、私は両手を大きく広げて掴みかかるみたいに爪を立て、
「完全燃焼で青春しようぜっ!!」
はにかみながら渾身のがおがおポーズをばっちり決める。
くしゃっと笑顔を浮かべて朱々寧が同じポーズを返し、戸惑いながら頬を赤らめる由川さんもすごく控えめに爪を立ててくれた。
三人で顔を寄せ合って笑った今日が、不完全燃焼でくすぶっていた私たちの新しいスタートだ。
がおがおポーズをお揃いのジェスチャーにして、不甲斐なかった青春を今度こそ完全燃焼させてやるんだ。
打ち切り作品の唐突すぎるエピローグじゃないけれど、あえて言わせてもらう。
――私たちの青春は始まったばかりなんだから!
ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。これにて完結です。
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