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グラウンドを抜けて校舎の入り口に辿り着いたあたりで、めーこせんせーと養護教諭が追い付いてきた。
一連の強行作戦と私が浴びせた拒絶の咆哮を咎められることなく手を貸され、みんながもみくちゃになりながら保健室へと雪崩れ込んだ。
「ほかに痛むところはない?」
「はい、顔が痛いだけで大丈夫です」
運び込まれた朱々寧をあちこち触診しながら養護教諭が訊ね、朱々寧は難しそうに顔をしかめながら応える。
「ひとまず顔の擦り傷程度で済んで良かったな。まったくお前らはむちゃくちゃな――」
大きく安堵のため息を零しためーこせんせーが私たちに向き直ったと同時に、その声を遮る勢いで保健室のドアが開け放たれた。
「朱々寧っ、平気なのっ!?」
取り乱した形相で室内を睨み付けてきたのは朱々寧の母親だった。観客席から慌てて駆け付けてきたのだろう。
「ママ……、うん。大丈夫だよ」
「アンタは本当に――」
大きく目を見開き踵を踏み鳴らすみたいに大股で歩み寄ってくる。
その目の前に、私は両手を広げて立ちはだかる。
躓くみたいに立ち止まって驚いた表情を浮かべる朱々寧の母親を見つめ、
「すみませんでしたっ!」
私は身体をくの字に折って頭を下げた。
大きく振り下ろした頭の勢いで翻ったピンクが自分でもわかった。まるで前屈みたいに腰を折ったまま私は一気に捲し立てる。
「朱々寧を巻き込んでリレーに参加させたのは、私一人の勝手なわがままを押し付けただけなんです。そのせいで朱々寧に怪我させて車椅子まで壊しちゃって、全部ぜんぶ私一人のせいですっ。ここにいる子たちも全員巻き込んだだけで悪いのは私だけですっ!」
「ちょっ、依乃里ちゃん――」
「怪我をさせたことは謝ります、車椅子も、……バイトか何かしてどうにかして弁償しますっ。だから、朱々寧のこと叱らないでくださいっ!」
先手必勝とばかりに私は謝罪の言葉を一息に押し付ける。
握り締めた拳は震え、堅く瞑った目は開けていることがとにかく悔しくて同時に怖かった。
今回の強行作戦において私にとって最後の役目がこれだと考えていた。
青春だなんだと声高に叫んで勢い任せに突っ走ることは、蓋を開けてみれば案外そう難しくはない。勢いのままに突っ走れば成立するのだから。
ただし、最後の最後で後回しにした困難がしわ寄せとしてやって来るだけだ。
今回のリレーが成功したらしたで、終わってから教師たちのお咎めがあるに決まっている。盛り上がったね良かったね、そんな調子で片付くはずがない。それくらい予想はしていた。
だから最初から、リレーが終わった直後に私はめーこせんせーか生徒指導担当の教師かはたまた校長先生か、相手は誰になるかわからないけれどきっちり謝るつもりだった。
それがどんなタイミングのズレ方をしてしまったのか、巡りめぐって謝罪相手が朱々寧の母親になるだなんて思わなかった。けれど、相手が変わっても私のやることが変わるわけじゃない。
朱々寧の車椅子が壊れてしまうことも、それによって朱々寧が怪我してしまうことだって完全に想定外だった。それはもう私自身の見通しの甘さが原因に他ならない。
大人はいつだって身勝手だと憤って突っぱねて暴走した挙げ句、あれだけ反発していた大人たちが指摘した通りに危惧していた事故が起こってしまったのだから。
もはやぐうの音も出ない。だったら全ての責任を発案者である私が背負うのは当然だった。
「……あなたは確か――」
「ママ! 違うよ、依乃里ちゃんだけの責任じゃないっ! 私が、私が走りたかったの! 依乃里ちゃんは、私にまた走りたいって、走りたい気持ちがあるって思い出させてくれただけなのっ! だから依乃里ちゃんは悪くなんてないのっ!」
たぶん私を見下ろしていたであろう母親の言葉を遮って、先ほどまでの私を彷彿とさせる勢いで朱々寧が捲し立てる。
生徒指導室の前で、ただ頭ごなしに叱られ俯いていた姿からは想像も出来なかった。
そんな風に叱られてなお母親のことを擁護までしていた朱々寧が、反論を突き付けながら私なんかを守ろうとして声を張り上げているのだ。
朱々寧からの威勢に圧されたわけではないだろうけれど、何事か言葉を選ぶ母親と対峙しているらしい気配は伝わってくる。頭を下げていた私にはそれくらいしかわからない。
「……朱々寧」
ややあってトーンを限界まで落としたような、問い質すというよりも懇願しているみたいに聞こえる声が頭上を掠めた。
最初、それが朱々寧の母親のものだとすぐにはわからなかった。それくらい声音に力を感じさせないか細く弱々しい発声だった。
「うん」
「……走りたいの?」
「うん、走りたい。私はずっと、ずっとずっと走りたかった。走れなくなって、悔しかった。後悔してたっ! なのに強がって、陸上なんてどうでもいいなんて言ってた。これからはちゃんとリハビリもするし勉強だって頑張る。だから、ごめんなさい……」
母親からの躊躇いを滲ませた問い掛けに、上擦った声で早口に即答した朱々寧の語尾は、けれどうまく聞き取れなかった。
ずっと堪え続けて抑え込んできた本心を、きちんと言葉にして最も告げたかった相手にやっと告げられたことで、感情の波に押されてきた涙に声が流されてしまっていた。
「そう、やっと言ってくれたわね……」
うっかりはずみで零したみたいなその一言をため息で掻き消し、再び重い沈黙が保健室内に充満した。ただ啜り泣く朱々寧の息遣いだけがわずかに響いていた。
「ねえ、あなた……、確か……、西森、依乃里さん、だったわね? 顔をあげて?」
そんな重苦しい沈黙を破ったのは朱々寧の母親だった。
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