60
「がんばれ、がんばれ朱々寧っ!!」
「がんばって! あとちょっとよ!!」
私と由川さんの声援を浴びながらじりじりと身体を引き摺る朱々寧の指先が、あと数センチでゴールラインに届く。
「いけるよっ、ゴールしろ朱々寧っ!」
「がんばって! もう少しだぞーっ!!」
「いけーーーっ!!」
茉椰と佐野さんが、ゴール横で腕を広げる瀧口さんも喉が張り裂けそうな勢いで声援を送る。
いつの間にかグラウンドを囲むテント全体から応援の声が響き渡っていた。
それは渦のようにコース上の私たちを飲み込むうねりとなって、ゴールラインへと大きく腕を伸ばす朱々寧を包み込んでこだましていた。
そしてついに、振り上げて伸ばした朱々寧の指先が、――ゴールラインに届いた。
この瞬間、朱々寧は自分の力でゴールへとバトンを届けた。
「うわぁぁっ! がんばったね朱々寧っ! ごめんっ、ほんとにごめんねっ、うわぁぁっ!」
這いつくばってぐったりした朱々寧を無我夢中で抱え上げて、へたり込みながら目一杯の力で強く抱き締める。
グラウンドを囲むテントから割れんばかりの拍手と歓声が降り注ぐ。
「……っ、どうして、依乃里ちゃんが謝るの?」
「だ、だって、こんなっ、怪我させちゃうなんて思わなくって……っ、ごめんっ」
堰を切ったみたいに溢れる涙のせいでほとんど言葉にならず、息を切らせる朱々寧の顔に付いた土をごしごしと拭う。
「どうせなら、謝るんじゃなくって、褒めてほしいかな……っ」
「うんっ、がんばったね、すごいよ朱々寧っ!」
胸に押し付けるみたいに朱々寧の頭を抱き竦め、私はその頭に火でも付ける勢いで力強く撫で続けた。私の中の内なるお姉ちゃんがギンギンに刺激されちゃって仕方なかった。
「朱々寧、こんな無茶してっ……」
由川さんが腫れ物に触れるみたいにそろそろと手を取って声を震わせる。
「香奈、見てくれた? 絶対に、みんなからのバトン、這ってでもゴールに届けてやるんだって。これが私の真剣だよ」
「そんな意地悪言わないでよ……」
「えへへ。……けど、一番になれなかった、ごめん」
「そんなこと、私の方こそごめんなさい……」
顔を伏せた由川さんの語尾は聞き取れなかった。その引き締まった頬を涙が伝う。
二人の中でわだかまっていた、無駄に高くそびえ立っていた堅く強固な城壁が、さらさらと砂になって崩れ去っていく音が聞こえるようだった。
「依乃里ーっ、とりあえず朱々寧を運ぼうっ!」
声の方を振り返ると、茉椰と佐野さんが倒れた車椅子を運んで駆け寄ってきていた。どうやら転倒の衝撃でタイヤがうまく回らなくなっているらしい。
「わかった! 朱々寧、抱えるよっ、せーの!」
お互いに涙でぐしゃぐしゃな顔を見合わせた私と由川さんは、すぐに気持ちを切りかえて朱々寧を担ぎ上げると車椅子に座らせる。
やはり後輪の軸が曲がっているのか、わずかにタイヤの傾いた車椅子はこのまま押して動かせそうにはなかった。
「みんなで持ち上げよう、その方が早いよっ!」
手を貸すために駆け寄ってきた瀧口さんが中腰でがっちりとタイヤを掴む。
「えっ、重いよ!?」
「軽過ぎだっての! 運動部なめんなっ、みんなで持ち上げようぜー!」
「あたし運動部じゃないけど任せとけっ!」
躊躇う朱々寧を無視して茉椰と佐野さんも車椅子を囲む。
「朱々寧は落ちないようにしっかり掴まってて! みんな行くよっ!」
神輿でも担ぐみたいに私たちは朱々寧を座らせた車椅子を持ち上げる。
「救護テントってどこよー!?」
「んえっ、そんなのあるの? どこっ!?」
「なんで茉椰が知らねんだよ? ここからなら校舎入って保健室のが近いでしょ!」
「ちょっとどいてどいてー!」
車椅子を持ち上げ校舎へ向かって走り出した私たちを鼓舞するみたいに、取り囲むテントから届けられる拍手と声援がいっそう大きく鳴り響いた。
厚い雲の隙間からちょうど差し込んできた一筋の光は、校舎までのわずかな道のりを導くみたいに私たちを照らし出していた。
気に入っていただけたら★やブックマークで応援よろしくお願いします。励みになります!




