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コーナーに飛び込むあたりで、私を抜いていった子の背中がじりじりと近付いてくる。
体勢を限界まで傾け速度を維持したままコーナーを曲がる。
そしてコーナー出口に差し掛かったところで、私はついに横並びになる。
小刻みに吐き出す息と連動させるみたいに、跳ねるように軽やかに走っていた由川さんのフォームを思い出す。
私にあんな走りは出来ない、いまはまだ、ただがむしゃらに力任せに脚を前へと運ぶことしか出来ない。
うっすらと肩が触れるほどの近さで併走する子の横顔をチラリと見る。
向こうも私を横目で見ている。ほんの一瞬だけ絡む視線。
この子も本気だ。揺るぎない本気で走っている。でも、本気の度合いなら今の私は絶対負けない。由川さんみたいに走れない私にあるのは、この馬鹿が付くほどの真剣さだけだ。
――だから抜かせてもらう。
直線に入り最終走者へのバトンパスとなるテイクオーバーゾーンが近付いてくる。
「あれ、アンカーはっ?」
係の実行委員が戸惑っている姿が見えた。
申し訳ないけれど、そこに私たちのアンカーはいないんだ。
併走していた子の速度がわずかに落ちる。慣れないバトンパスのため気持ちにブレーキが掛かったに違いない。
私は遠慮なく地面を蹴って加速し、ついに先頭を取り戻す。
「ちょ、え――」
困惑している実行委員の目の前を全速力で駆け抜ける。
誰にもバトンパスすることなくテイクオーバーゾーンを疾走した私の奇行は、きっとさらなる視線の的になっているだろう。
顔を上げ顎を引き、目線を最終コーナー出口へと向ける。
そこにはたった今コースへの乱入を終えた朱々寧の姿が見えた。
車椅子の両脇で茉椰と佐野さんが大きく手を振っている姿も見える。良かった、乱入を咎められたりはしなかった。
みんな、ブラ丸出しでアンカーにバトンパスもせず全力疾走する頭がピンクな女を眺めて、コースに入った朱々寧を気にしている人なんて、たぶんいない。
作戦通り、だなんてニヤリとほくそ笑む余裕なんてない。けれど、これで準備は整った。
再び身体を傾けて最終コーナーへと飛び込む。
あと、ものの数秒で朱々寧の元に到達する。
ただこれは、いまさらかもしれないけれど完全な反則だろう。
クラス対抗リレーという競技としては失格扱いになるかもしれない。
うるさい、本当にいまさらだ。そういう理屈は問題じゃないんだ。
これが私のやり方で、私たちの想いを込めて繋いだバトンを朱々寧へと届け、誰よりも早くゴールへと運んでもらう。
私の、由川さんの、そして朱々寧の、それぞれの果たせないまま不完全燃焼で後悔へと変わってしまった想いを、一位という最高の結果で上書きしてやるんだ。
強く地面を蹴るたびに足裏が痛い。
腕を振って踏み込むたびに弾む胸が千切れそうに痛い。
破裂しそうな心臓は口から飛び出してしまいそうなほど暴れている。
痛い。苦しい。恥ずかしさをぐっと堪えて我慢してる意識はずっとかき乱されている。
それでも絶対にこの脚は止めない。速度は落とさない。私の限界はここじゃない。
もっと前へ、もっと速く、後悔も感情も、意識さえも置き去りにして走れ、燃やせ、完全燃焼させろっ、私っ!
コーナー出口に差し掛かり朱々寧の背中が視界に飛び込む。
車椅子に座ったまま前傾姿勢になり腕をまっすぐ後ろに伸ばしてバトンを待っている。
肩越しに振り返った朱々寧と視線が交わる。
ちゃんと辿り着いたよ、これ以上は無理ってくらい本気で走ったよ。
私の大きく伸ばした手から、朱々寧の手の中へとバトンが渡る。
「朱々寧っ――」
バトンを渡して空いた両手で車椅子のハンドルを掴む。
「いけええぇぇぇぇっ!!」
走ってきた勢いのまま渾身の力を込めて車椅子を押し出す。
急激な加速に朱々寧の身体が仰け反って一瞬持ち上がる。けれどすぐに前屈みに身体を倒して勢いの付いた後輪のリングを漕ぎ始める。
息を切らせ振り返ると、他のクラスのアンカーたちが迫り私の横を駆け抜けていく。
どんなに私が勢い付けて車椅子を押し出したところでそれ以上の加速は出来ない。
だから一秒でも多くのリードが必要だったのに、私がバトンを受け取り損なってしまった。大幅なロスを生み出してしまった。
アンカーたちが続々と朱々寧の背中を捉えて追い上げていく。
それでも朱々寧は前だけを睨み付け懸命にリングを漕ぎ続けている。
小さな身体を前後に揺らして加速しようと腕を動かしている。
困惑の表情を浮かべている実行委員が張っているゴールテープ目指して朱々寧は進む。すぐ後ろに迫る他のクラスのアンカーたち。
ゴールテープまで残り3メートルばかり。
いけるっ!
そう確信がよぎった矢先、――異変が起こった。
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