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 入場門に辿り着くと上級生の体育祭実行委員に促されて並ばせられた。

 出場者リストらしき用紙を手にしていたけど事前に聞いていた点呼確認さえなかった。

 間延びした声で走者順に並ぶよう声をかけているだけで、列が整ったことを確認するとあくびをしながらスマホを取り出して弄り始める始末だった。


 言い方は悪いけど茉椰(まや)と同じような理由で、溢れんばかりのやる気を漲らせつつ前向きに実行委員になったわけではないのだろう。ことごとく好都合だった。


「次のプログラムは、一年生女子クラス対抗リレーです」


 前の競技が終わって退場が済んだと入れ替わりに、スピーカーから響くアナウンスに導かれて私たちは入場を始める。


 グラウンドを半周ずつ走るリレーなので第二走者の瀧口(たきぐち)さんと途中で列を別れ、第一走者と第三走者のスタート位置に辿り着く。

由川(よしかわ)さん、私のわがままに付き合ってくれてありがとう」

「……お礼は走り終わってからにして」


 スタートラインへと向かう由川さんの耳元に小声で告げると、つんと素っ気なく返された。けれど、ちらりと見つめ返してくれた視線はわずかに微笑み頷いてくれた。


「位置について」


 実行委員がスターターピストルを頭上に掲げる。と同時にざわめきが起こった。


 各クラスの第一走者たちがほとんど棒立ちでスタートの合図を待っている中、由川さんだけが両手を地面に付けてクラウチングスタートの姿勢を取っていた。


「よーい――」


 由川さんのお尻が高く持ち上がる。


 ――パァン


 スターターピストルの乾いた号砲が響いた。


 ただ一人だけ本格的な姿勢でまわりをざわつかせた由川さんは、号砲と同時に周囲の困惑を置き去りにした。


「……はっや」


 その衝撃に圧倒された。


 私はすでに何度も競争していて、その実力のほどは理解しているつもりだった。

 それなのに、スタートを見送る位置から目の当たりにした由川さんの速さは筆舌に尽くし難い速さだった。思わず我を忘れて見蕩れてしまうほどだ。


 いきなり一人で本気のスタートを切った由川さんは、文字通りの独走状態でコーナーへと入り身体が倒れそうなくらい傾斜させてさらに加速していく。


 由川さんのあまりの速さに放心してしまったのは瀧口さんも同じようで、レーンの中で驚きの表情を浮かべている様が見て取れた。


 それでも瀧口さんはすぐに我に返り、由川さんがコーナーを抜けたことを確認すると指示された通りに腕だけを後ろに伸ばして走り始める。


 由川さんの加速は直線に入ってさらに伸びる。


「――はいっ」


 瀧口さんがトップスピードに乗ったタイミングで宣言通りに追い付いた由川さんがバトンを握った腕を目一杯に伸ばす。


 繋がった。


 申し分のない最高のパスだった。


 手渡されたバトンを持ち直し、瀧口さんも前だけを睨み付けて約束通りに本気で走ってくれている。


 突如始まった私たちチームの本気の走りに、それまでぽかんと当惑していた生徒たちから徐々に歓声が上がり始めている。


 次だ。


 瀧口さんからバトンをきっちり受けて、私は私の後悔を払拭してやるんだ。


 私は運動靴を脱ぎ、靴下も脱ぎ捨て裸足になってレーンに入る。


 冷たい地面の感触が足裏に染み渡り、中学生だった去年の体育祭で胸を締め付けられた嫌な記憶がお腹の底からぞわぞわとせり上がってくる。


 けれど、私は平気だ。


 野生児だろうがかまうもんか。なんとでも勝手に言えばいい。笑いたければ存分に笑え。


 だって、――私が打つべき策はここからが本番なんだから。


 独走状態をキープしたままコーナーに入った瀧口さんは歓声と視線を集めている。


 それでもまだ充分じゃない。


 重要なのは可能な限りこの場の全ての視線を集めて、車椅子の朱々寧(すずね)がコースに乱入する隙を作ることだ。


 バトンを受け取るためにレーンに入った私が、裸足になったくらいではぜんぜん足りない。現に同じ第三走者の子たちですらほとんど気が付いていない。


 私は覚悟を決めるために一度深呼吸してから両手で頬を叩く。


 そして、首元まできっちり上げていたジャージのファスナーを、一気に引き下ろして振り払うように足下へ脱ぎ捨てる。


 たったそれだけの行為だったけれど、効果はてきめんだった。


 走順を待つグラウンド内の生徒もテントから歓声を送る生徒も、教員テントから観客席に至るまで全ての視線が異常を察知して私へと突き立てられた。


 なにしろジャージの上着を脱ぎ捨てた私は下に体育着を着ていなかった。


 ――つまり下着丸出しだ。


 私は普段から楽チンという理由でスポブラを愛用していた。今日はグレーの単色無地だ。


 なので、いわゆる陸上部女子御用達であるセパレートユニフォームのレーシングトップに見えなくもない。はずだ。


 しかもさらにそれだけじゃない。


 ブラだけになり剥き出しになった私のお腹と背中には大きく『求む陸上部!』と太字マジックペンで書き込まれていた。






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