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体育祭当日は快晴とはいえない薄曇りの空だった。
そんなすっきりしない空模様を吹き飛ばすくらいの、威勢の良い体育祭実行委員長の高らかな選手宣誓で華々しく――、とは言い難い開会となった。
瀧口さんがバスケ部の先輩から聞いていた情報の通り、この高校の体育祭はイベントとしてほとんど盛り上がってはいなかった。
一年から三年までの奇数クラスと偶数クラスで縦割りとなった紅組と白組に分かれているだけで、一日かけて全校生徒が行う体育の授業の延長みたいなだらけた雰囲気が寝そべっていた。
そんな中でも張り切っているのは体育教師の面々と一握りの体育祭実行委員だけで、そこまで含めてが一連のテンプレみたいにしっかりと空回りしていた。
とはいえプログラムに従ってそつなく競技が進み始めると、それなりにお祭り好きな上級生たちの出番によっては一部から拍手や声援がまばらに響いてはいた。
競技中以外の生徒は所定のテントで待機する決まりと指示されていたものの、素直に従っている生徒の方が圧倒的に少なく、それを教師がいちいち咎めるようなこともなかった。
好き勝手にうろついたり、わかりやすくサボっている先輩たちの姿が、この学校の体育祭のスタンスを如実に物語っていた。
グラウンドをぐるりと囲うように設置されたテントには観客用のものも少なからず用意されていた。
だらけた生徒とは対照的に、我が子の活躍を熱心に見守る保護者の姿も確認できた。けれど特別盛り上がっているのはほんの一部だけで、生徒数に対して来場している保護者の数は圧倒的に少なかった。
用意された観客用テント内のパイプ椅子が埋まることはなかったし、我が子の競技を見終えるなりさっさと帰路につく保護者がほとんどだった。中学校までの一日を通して観戦するため場所の取り合いをするような熱量は保護者にさえなかった。
ただ私たちにとっては好都合だった。
もしも漫画なんかで見るみたいな、一大行事としてみんなが真剣に勝敗を競い合ってゴリゴリに盛り上がるようなイベントだったら、クラス対抗リレーでやろうとしている私たちの作戦は途端に難易度が跳ね上がってしまう。
真剣勝負に水を差す、ふざけた行為だと思われてしまう可能性だってあったに違いない。
ちっとも青春を謳歌できていない点には思うところもあったけれど、これくらい興味とやる気が抜けている方が作戦の成功率が上がるのだから言うことはない。
私たちはなにより、今日のリレーにおいて一位でゴールすることが最も重要なのだから。
滞ることもなく順調にプログラムが進み、日中は降らないとの予報だった空がどんよりと重そうな黒い雲に包み込まれた頃、一年女子のクラス対抗リレーに出場する生徒の呼び出しアナウンスが流れた。
「よしっ」
たぎる決意を内に秘め、私はゆっくりと立ち上がってお尻の砂を払う。
ほんとは円陣の一つでも組んで士気を上げたいところだったけれど、そんな露骨に目立つ行動なんて出来るはずもなく、ただ静かに視線だけを巡らせる。
隣で表情を強張らせている朱々寧に頷いて見せ、その奥で車椅子のハンドルを握っている茉椰と佐野さんへ小さく手を振る。
二人揃ってグッと親指を立てて返し、朱々寧は覚悟を決めるみたいに小さく、けれど力強く顎を引いて見せた。
「……それで、考えてるって言ってた策ってどうなったのよ?」
入場門へと向かう私の耳元に口を寄せ、由川さんが囁くみたいに問い掛けてくる。
「うん、ばっちり準備は済ませてる。だから由川さんは一切気にしないで本気で走って」
「気にしないでって……」
「西森さんジャージで走るの? 暑くない?」
後ろから追い付いてきた瀧口さんが私の肩をポンと叩く。
喉元まできっちりファスナーを上げている姿がむさ苦しく見えたのかもしれない。
由川さんは体育着だけだったし、瀧口さんは脱いだジャージを腰に巻き付けていた。
「走る直前に脱ぐから平気だよ」
「そっか。ねえ由川さん」
私に接する流れそのままに、瀧口さんは慣れた調子で由川さんに肩をぶつける。
「え、っと……」
今日に至るまで、まるで接点のなかった瀧口さんから急接近された由川さんは飛び上がりそうな驚きようで言葉を詰まらせる。
「すごい脚速いんだってね? どんだけ速いのか見せてよ。由川さんがリード稼いでくれれば私が楽になるからさ。あ、もちろん約束通り本気で走るよ?」
「わ、わかったわ……」
王子様系ギャルに見初められた大人しめな委員長って感じの取り合わせに見えてしまい、由川さんには申し訳ないけれどほんのちょっぴり微笑ましくなってしまう。
「バトンもらうのになにかコツみたいなことってある?」
「じゃあ、私がコーナーを抜けたのが見えたらすぐに走り出して」
「そんなに早いタイミングで? テイクオーバーゾーンって言うんだったっけ、はみ出ちゃったりしない?」
「問題ないわ。瀧口さんがスピードに乗ったタイミングでバトンをきっちり手渡すから」
「頼もしいじゃん。わかったよ」
瀧口さんがニッと歯を見せて笑顔を作り由川さんの背中を叩く。戸惑いがちに横目で私を見つめてくる由川さんの視線は、それでも決意とやる気が満ちていた。
「あ――」
設置されたテントの後ろを歩いていると、観客用テントのパイプ椅子に腰掛けている見知った横顔が視界に映った。
あの綺麗だけれど表情を引き締めて硬くしてる気の強そうな顔は忘れもしない、朱々寧の母親だった。
生徒指導室前での剣幕しか印象がなかったけれど、こんな盛り上がらない学校行事にやって来るとは意外だった。
「ん、どした?」
「ううん、なんでもないよ。さあ、行こうっ」
わずかに立ち止まった私を覗き込んで瀧口さんが声をかけてくる。すぐに気を取り直して私は歩みを進めたけれど、無意識にドシドシと足取りに力がこもってしまう。
この湧き上がってくる苛立ちは、勝手な大人に対する当てつけなのだろうか。
よくわからない。だけど、そんなことに気持ちを揺さぶられている場合じゃない。いまはこのリレーで勝つことだけに集中するんだ。
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