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「朱々寧には車椅子のまま走ってもらう。これは、私と朱々寧、そして由川さんの後悔を払拭するためにやらなきゃいけないことだから」
ぐっと声を引き締めて告げた私の眼差しを受けて射竦められたわけではないだろうけれど、茉椰と佐野さんは言葉に詰まって無言で見つめ返してくる。
「後悔の払拭、ね。名波さんと由川さんって豊中からわざわざ外部受験してるくらいだもんね、なにか事情があるんでしょ?」
「……リレーを、バトンを繋ぎたいの」
訳知り顔で訊ねた瀧口さんに、朱々寧が遠慮がちだけれど決意のこもった声を絞り出す。
「そっか。いいよ、詳しく詮索する気なんてないからさ」
そもそも朱々寧と由川さんが中高一貫校から外部受験でこの高校に来ていることを教えてくれたのは瀧口さんだ。ひらひらと朱々寧に手を振って微笑みを浮かべて見せ、
「それで西森さん、第二走者の私は誰かと変わったりしないの?」
私へと瞳だけを動かして視線を寄越す仕草は、王子様キャラと相まりじつに様になっててドキリとしてしまう。背後に真紅の薔薇が浮かんで見えるほどだ。
「……瀧口さんは誰とも変わらない。ただ、本気で走ってほしい」
「本気で?」
「うん。瀧口さんはバスケ部だよね。だったら茉椰や佐野さんよりは運動できるはずだし脚だって速いはずだから。って、佐野さんごめんっ。馬鹿にしてるわけじゃないから……」
そこまで言い終えるなり私は佐野さんに頭を下げる。
「あー、いいよいいよ。ていうか、あたしは走らずに済むなら何だって協力するよ」
「ちょっとー、ウチの足が遅いって決め付けちゃってないー? それよかウチって曲がりなりにも体育祭実行委員になっちゃってるわけじゃん? 勝手なことするとウチが一番に怒られそうっていうかさー……」
顔の前で手を振る佐野さんの笑顔の横で、特に考えなしで一番に同意してくれると思っていた茉椰がまさかの正論を唱え始めてしまう。
「そこをなんとか、お願いっ」
「反対ってわけじゃないんだけどー……」
踏ん切りが付かないのだろう、あまり様になっていない腕組みをして難しい顔を浮かべる茉椰に歩み寄り、私はその頭を抱えてぎゅっと胸に埋めてやる。
「協力してほしいんだっ」
「……うん、協力すりゅ~。ウチ、赤ちゃんだからおっぱいには逆らえないにょ~」
茉椰はとろんと蕩けきっただらしない声を漏らして私の胸で深呼吸する。
予想以上に脆くてふにゃふにゃな意思で助かった。
胸の引力に幅を利かせる手段は不本意だったけれど、体育祭実行委員である茉椰の協力は必須だった。母性でもなんでも感じつつバブって了承してくれるなら安いものだ。
ただ、猛烈に卑猥なものを見てしまったみたいに表情を歪めている由川さんの視線だけは痛かった。変な誤解されてなきゃいいけど。
「えー、本気で走るのはいいんだけど私にはなんかないの? あ、ちなみに私はそんな乳なんかじゃ懐柔されないからね?」
冗談のつもりかは定かじゃないけど、瀧口さんは唇を尖らせながらいまいち乗り気じゃない態度を醸し出す。不本意極まりない、そんな乳呼ばわりもいまは置いておこう。
「本気で走ってくれるなら瀧口さんには、めーこせんせーの出した現国の課題を私がやってあげる。さらに、私に一番でバトンを届けてくれたら夏休みの課題も写させてあげる」
「オッケーまかせて。私のバチバチな本気見せてあげる。最速で西森さんにバトンを渡すよ」
事前に決めていた瀧口さんへの成功報酬を告げると、直前の態度を遙か彼方に投げ飛ばし前のめりにグッと拳を握り締めて見せてくれた。
腱鞘炎になりそうな勢いの手のひら返しだったけれど、むしろ清々しくて嫌いじゃない。
「うぇっ、あたしも課題やってほしいんだけどー! うっ、でも速くは走れない……っ」
「大丈夫。佐野さんにも手伝ってほしいことがあるから。もちろん報酬は課題で」
「マジで? まっかせて。課題やっつけられるなら何だってやってやんよー!」
途端にやる気を漲らせる佐野さんが握った両手でパンチの素振りをしてみせる。
「よし、これでメンバーは整ったよ。後は体育祭当日に作戦決行するだけ。ね、安心してって言ったでしょ?」
「え、ええ……」
向き直った私からの視線を受けて、完全には不安を拭いきれないのか由川さんは釈然としない表情を引き攣らせながらも頷いてくれた。
それを見上げて朱々寧も大きく顎を引いて表情を引き締める。
「それじゃあみんな、私のわがままに付き合ってもらうことになるけど、ひとまずよろしく。後悔の払拭が目的って言ったけど、これってなんだか青春って感じするよね? 良い機会だと思って、みんなで完全燃焼の青春しようぜっ!」
声を上げながら爪を立てるみたいにわきわき動かす両手を顔の横に添えて犬歯を覗かせる。
ここ一番ではやっぱり茉椰譲りのがおがおポーズだ。
「……え、なにそれ?」
棒立ちでぽかんと見つめてくる佐野さんの呟きに釣られて、困惑の表情を浮かべたみんなが私を眺めてくる。がおがおポーズを返してくれているのは隣の朱々寧だけだった。
「えっ、がおがおポーズだよ。……流行ってるんじゃないの?」
「あ、思い出したわ。たしか茉椰が少し前にやたらとやってたやつじゃねー?」
佐野さんの指摘通りだけれど、当の茉椰は私の胸にもたれかかったまま頬擦りしている。
「あー、がおがおポーズねー。だってぜんぜん流行らなかったし飽きちゃったからさー」
「浸透したの私だけだったのっ!?」
転入直後に茉椰が見せたがおがおポーズが、まさかの最後の一回だったらしい。
「JK界隈の流行の変化はめちゃ早なんだよー。やっぱこれからはおっぱいだわー、おっぱいは全てを解決するよー……」
「乳で解決されたの茉椰だけじゃん?」
「そうだよー、このおっぱいはウチのものだかんねー」
「いや、この胸は私んだから……」
「あーはいはい、その乳は好きにしていいよ。そんなことよりリレーで一番になるための作戦、なにか考えはあるの?」
私の胸にうずもれながら勝手に所有権を主張する茉椰と、私の訂正をまるっきり放り投げて瀧口さんが先を促す。
茉椰を懐柔するために自分の胸を利用したものの、まるで無価値みたいに捨て置かれるのもなんだか腑に落ちない。私の胸なんだから私の意思を尊重してほしいけれど、いまは甘んじて飲み込もう。
「もちろん、作戦はあるよっ。そのために少しだけ調べてほしいことがあるんだ」
いまだにしぶとく胸に顔を埋めたままの茉椰の頭に肘を乗せ、私はここぞとばかりに声をひそませて段取りを告げた。
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