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「でも私はね、この転入をそんなに悪いことだとは思ってないんだ。自分を変える良い機会だと思ってたんだ。諸悪の根源はあのクソ女なんだけど、だったらどうしてリレーでしっかり本気で走らなかったのかって後悔だけが残った。自分可愛さに逃げ出したのは誰のせいでもない自分自身のせいだって。だから、この転入を機に改めてきちんと陸上を頑張ろうって、不完全燃焼に終わったなにもかもを覆して、今度こそ絶対に青春してやるんだって誓ったんだ。そしたらまさかの陸上部が廃部になってて出鼻を挫かれたんだけどね……」
「……だから、あんなにしつこく私に競争を挑んで来てたの?」
「由川さんと最初に勝負して負けたとき、私はうっかりまた自分可愛さで本気で陸上をやってたわけじゃないとか言い訳して逃げちゃったんだよ。すぐに気が付いてまた後悔したんだ。だから翌日の体育で50m走を本気で走って見せたでしょ?」
「それは……、うん……」
あの時の言い争いを思い出したのだろう、由川さんはばつが悪そうに視線を落としてしまう。
「しかも、それだけじゃないんだよ。今日だって何度も何度も由川さんと競争して、私は勝ちたいんだって気が付いたんだ。今までは本気で走ってなかった子たちの中で一番になれて得意になってただけで、私の実力なんて取るに足らないものだって思い知った。ずっと一番速いつもりでいたせいで自覚できなかったけど、身近にどうしても勝てない相手がいるおかげで絶対に勝ちたいって気持ちが湧き上がってきたんだ。由川さんだったらわかるでしょう?」
「……ええ、わかるわ」
ぽつりと取りこぼすみたいに頷いて由川さんはそろりと朱々寧を見遣る。
私に湧き上がったこの気持ちは、どうしても朱々寧に勝てなかった由川さんが抱き続けて、ずっと思い焦がれていた気持ちときっと同じだ。
頑張っている人を見ると自分も頑張らなきゃって思う。そう思えたこの気持ちを大切にしたい。今度こそ絶対に逃げ出したりしない。
もうこれ以上、自分の気持ちに嘘は吐きたくないし一切の後悔を残さず完全燃焼したかった。
「だから私は由川さんに勝って、陸上部を復活させて、今度こそ本物の陸上をやりたい。走って走って走って、燃え尽きたって思えるまで本気で陸上をやりたい。――これで私の昔話は以上。それでここからは提案があるんだ。私たち三人に共通してる後悔を払拭するための提案」
いまだおぼつかない疲れ果てた脚をなんとか折り畳み、私はコース上で正座の姿勢になって背筋を伸ばした。
「急に畏まってなんなのよ……? 三人に共通してる、後悔……?」
私の奇行に面食らった由川さんが怪訝そうに眉をひそめる。この状況でまだ律儀に面食らってくれる感受性はほんの少しだけ憧れてしまう。
「まとめさせてもらうと、私たち三人はみんなリレーがうまくいかなかったり、バトンが繋げなかったり、走れなかったことに後悔を抱いてる。そういうことだよね?」
「……すごくざっくりまとめちゃったね」
若干の呆れを滲ませて朱々寧が呟く。
「でも間違ってないよね? そこで提案なんだけど、二人に私のことを助けてほしい」
「……助ける?」
図らずも朱々寧と由川さんの声が重なる。傾げた首の角度まで同じだった。
「うん。正直さ、二人の抱えてきた問題と後悔に比べたら、私の後悔なんて本当につまんないことだと思う。身内のクソ女が勝手なことしたってだけだし」
「依乃里ちゃん、ぜんぜんつまんなくなんてないよ……?」
「ありがとう朱々寧。でも、本当につまんないんだよ。だって私の後悔は、原因は確かにクソ女のせいだけど、諦めてバトンを繋がなかったことは私自身の問題だから。けどね、そんなつまんないちっさな後悔でも、転入を機にやり直したいって誓っちゃうくらいには胸に引っかかってるんだ。その引っかかりを、このわだかまった後悔を晴らすために協力してほしいんだ。それが二人の後悔を払拭することにもきっと繋がるから」
「協力って……、具体的になにをするのよ……?」
「まず、二人とも素直になってほしい」
「……素直に? って、ごめんなさい、どういう意味よ?」
「そのままの意味だよ。由川さん、全中出場は目標だったかもしれないけれど、もっと単純に本当は朱々寧にバトンを繋ぎたかったんでしょ?」
「……っ」
「アンカーに朱々寧が控えていることがどんなに心強かったかって言ってたでしょ」
由川さんは顔を伏せて背けると拳をキュッと握り締める。その反応は肯定でしかない。
「朱々寧も、本当は悔しいんでしょ? 本当は走りたいんだよね? 素直に答えて」
由川さんから視線を移し、正面に朱々寧を見据える。
コース上で正座しているおかげで、普段は見下ろす格好になる目線がいまは私の方が低いくらいだった。
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