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「クラス対抗リレーが始まる直前に円陣組もうよって一人で盛り上がってた私が提案したらさ、触らないでって手を払い除けられたんだ。一気に空気悪くなったんだけど私だけその状況の意味がわからなくて、問い質す間もなくリレーがアナウンスされて始まっちゃったんだよ。入場しながらメンバーたちがわざと聞こえるように囁いてたんだよ、「なにが円陣だよビッチの子のくせして」とか「また裸足だよ、野生児じゃん」とかって」


 説明しながら当時の様子が鮮明に浮かび上がってきて、あの瞬間に感じていた不安感を思い出して泣きたくなった。


 あの場ではちっとも理解が追い付いていなかったけれど、後から思い返すごとに古傷を抉るみたいな胸の痛みを覚えてショックを受けていたのだと実感した。


「私が知らなかっただけで、その時点で陸上部の子たちはみんな知ってたんだよ。クソ女が色目使ったことが発覚して、その子の家庭は崩壊寸前くらい揉めまくったらしいんだ。なにしろ両親のケンカを目の当たりにしてた娘本人が言ってるんだから。クソ女のせいで家庭をめちゃくちゃにされて許せるわけないよね。だからって子供に出来る行動なんて限られてる。諸悪の根源であるクソ女の子供に当たるのなんて、むしろ普通だよね」

「……どうして、その浮気相手って言うの? それが西森(にしもり)さんのお母さん――、その、西森さんが子供だってわかったの?」


 私がしきりにクソ女呼びするせいで疑問をぶつけてきた由川(よしかわ)さんの方が呼称に困っていた。


 申し訳ないけれど、それでもやっぱり私はあれのことを母親だなんて認めたくはなかった。


「元々、陸上部員繋がりで保護者同士の連絡網があったんだよ。だからその子の母親とも面識だけはあったみたいでね。ほんと考え無しにも程があるよね、もう病気みたいなものなんだろうし手を出すなとは言わないけど、せめて相手くらい選べよって感じ」

「あー……、なるほど、ね……」


 へらりと笑って見せたけれど二人とも反応に困りきって顔を強張らせるだけだった。痴情のもつれという内容が内容だけに、どこにも正解が存在しないと感じるのも無理はない。


「それで始まったリレーが、まあひどかったんだよ。あれだけ一位を取ろうって張り切ってたはずなのにスタートの子が完全に()()()走ってる。まあ、わざとだよね。第三走者だった私にバトンを渡す子がよりにもよってクソ女が手を出した家の子だったんだけど、その子とは一番仲が良かったんだよ。親友だと思ってた。それが、私を睨み付けながらのろのろ走ってくる姿に愕然としたよ……」

「そんな手を抜いて走ることに何の意味があるのよ……?」

「たぶんだけど、有終の美を飾って一位を狙おうって言い出したのが私だったから、その当てつけだろうね。しかも私にバトンを渡す時に投げ付けてきたんだよ。わけがわからなかったけど、揺るぎない悪意の塊を叩き付けられたってことだけはわかった。転がるバトンを慌てて拾い上げて顔を上げたら、「ほら、ビッチ譲りのその脚で一位になってみなさいよ?」って親の仇を見るみたいに言い捨てられてね。実際、親の仇みたいなものだったんだけどね」


 取って付けた笑顔で茶化して見せるけれど二人はちっとも笑ってくれない。

 仕方ないので小さく咳払いしてから気を取り直して話を続ける。


「それで私は、……走れなかった。すでに最下位だったし、ただならぬ雰囲気を感じ取ったまわりからの視線の全てが私を物珍しく眺めているみたいに思えて、脚が震えてぜんぜん言うことを聞いてくれなかった。私は諦めることに逃げたんだよ。結局、バトンを繋げずに途中棄権になってクラス対抗リレーは中途半端に終わったんだ。テントに戻る途中、わけがわかんないまま私はメンバーの子たちに事情を聞きに行ったんだよ。ほんとバカだよね、それくらい察しろよって話だよ」

「……なんて言われたの?」


 わずかな逡巡を覗かせながら朱々寧が小声で先を促してくる。けれど、おおよその見当は付いている表情だった。わざわざ言葉にさせることに躊躇っているのだろう。


「クソ女がその子の父親に手を出したせいで家庭崩壊の危機だって聞かされたんだよ。そのついでみたいに、けっこうボロカスに言われちゃってね。私が部内で一番になれていたのは、みんな進学を見据えて調査書への記載狙いだっただけだから調子に乗るな。的な」


 実際はもっと、ビッチ遺伝子が感染するから二度と近寄らないで、とか散々な罵声も浴びせられていたけれど、痛々しく表情を歪める二人の顔を見るととても伝えられそうになかった。


「調査書への記載狙いって部分は、ただの負け惜しみじゃないの……? だって西森さん、本当に筋は悪くないもの……」

「そうかな? そうだったら、いいな。まあとにかく、みんなの態度が一変した原因がクソ女のせいだってわかったんだけど、私に出来ることなんて文句を言いまくるくらいしかなかった。中学生の子供に出来ることなんて限られてて、最低限だったとはいえ親って存在の傘の下でしか生きていけなかった。あとはもう卒業までの間ずっとビッチの子として汚名を着せられたまま学校中から笑い物になって過ごしてたんだよ。で、ここからは前に朱々寧に話した通り、高校に入学して一ヶ月ほどでクソ女が家の金を根こそぎ持ち逃げしてどっかの男と蒸発したんだよ。そして今に至るんだ」


 長くなった話を締めくくった私からいったん視線を外して、二人はほとんど合わせ鏡みたいに大きく長いため息を漏らした。






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