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「うん、結果的にそうだった。私の通ってた中学で陸上部を選んだ子たちはみんな、高校進学を見越した調査書への記載狙いだったんだよ。……順を追って話すね」


 よほど納得がいかないのだろう、さらに口を挟もうとする由川(よしかわ)さんを手のひらで制して私は小さく頷いてみせる。


 こっちまで引っ張られて感情的にならないよう自分に言い聞かせてゆっくり口を開く。


「私って小さい頃から裸足で走るのが好きだったんだ。保育園とかでさ、裸足でかけっことかやってなかった? それの延長ってわけじゃないんだけど、足の裏に伝わってくる土の感触が気持ちよくって。小学校の運動会とかもずっと裸足でかけっこしてたんだよ」


 まるで脈絡のない私の話に二人が戸惑いの表情を浮かべる。


「中学の体育祭でもクラス対抗リレーとか学年対抗リレーに自分から立候補して、迷うことなく裸足になって走ってたんだ。けど……、中学三年の最後の体育祭で問題が起こったんだ」

「問題……? 裸足で走るの禁止されちゃった、とか?」


 努めて明るく語っていた私の口から仰々しく問題だなんて紡がれ、朱々寧(すずね)が窺うみたいな上目遣いで問い掛けてくる。


「ちょっと話逸れるんだけど、私の母親が男作って蒸発したって朱々寧には話したよね?」


 頷く朱々寧に対して、由川さんは一瞬の間を挟んでギョッとした顔で私を見つめてくる。


「えっ、蒸発って、いなくなったってこと、よね……?」

「そういうこと。それが原因で転入することになったんだ。だから私は、大人の身勝手を許さないし、そこにどんな理由があろうと子供を蔑ろにする大人を認めない。そう誓って生きてきたし、これからもそうやって生きていくんだ」

「なんて言えばいいのか、けっこうハードモードね……」

「ふふっ、朱々寧と同じこと言ってる。まあ実際、私の与り知らぬところで勝手に問題に巻き込まれるんだからハードモードは間違ってないよ」


 朱々寧と同じことを言ったと指摘されたことが納得いかなかったのか、由川さんは顔を上げて口を開きかけ、けれどすぐに力なく噤んでしまった。


「まあ、そんな頭のおかしい母親みたいなクソ女がいたんだよ。で、話を戻すけど、私の短距離走の実力はもう見ての通りなわけじゃん? それでも部活内では私って一番速かったんだよ。でも、いくら速いって言ったって所詮は校内の小さな部活に集まった十数人の中で一番ってだけだった。二人みたいにすごく上の予選会なんて行ったことなんてないし、学区内での予選に出場しても中学三年間で一度も予選突破はできなかった。しかも、勝てなくて当たり前って思い込むことで自分を守ってた。ほんと情けないよね、なにが一番速かったー、だよっ」


 自嘲気味に微笑む私に、二人は揃って口を閉ざしてしまう。


 私の実力は「今の西森(にしもり)さんじゃ私には勝てない」とはっきり言い切ってくれた由川さんには火を見るよりも明らかだろうし、県で一番だった朱々寧から見たって明白だろう。


 そうだね、依乃里(いのり)ちゃんってあんまり速くないねー。くらい戯けてもらえるように軽い調子で言ったつもりだったのに、きっと二人とも頑張っている人を軽々しく馬鹿にするような言葉を口にしたくないのだろう。


 レベルはまるで違えど、それが同じ競技に関わった者への礼儀なのかもしれない。


「そんな感じの不甲斐ない結果で、私の中学での陸上生活は終わったんだけど、あれで終わりなのかって思うと、こんな私でもやりきれない気持ちになっちゃってね。秋に行われる最後の体育祭のクラス対抗リレーで、一位をもぎ取って有終の美を飾ってやろうよって同じクラスの陸上部の子たちと立候補したんだよ」

「そこで、問題が起こったの……?」

「うん。勿体付けるほどの話じゃないし、本当に腹しか立たないからさっさと言うけど、私の母親――、あのクソ女が原因でリレーはめちゃくちゃになったんだっ」


 語尾に憤りを乗せて吐き捨てた私の剣幕に、二人が揃ってビクリと肩を竦める。


 途端に申し訳なくなって、ゆっくりと大きく深呼吸して荒ぶった気持ちを落ち着かせる。

 大丈夫、私は平気だ。あんなクソ女の所業に心を乱されたりするもんか。


「ごめんね、あれのことを母親だなんて呼びたくないから、このままクソ女って言わせて。ほんと男遊びが生き甲斐みたいな奴だったから、いつも男をとっかえひっかえしてたんだよね。いま付き合ってる男がいるのかいないのか、そもそも付き合うなんて概念があるのかないのか、知ろうとしたところで汚い大人の裏側が見えちゃうだけだと思って、私はもう呆れて関わる気もなかったんだ。そしたら、どういう経緯かまではわからないんだけど、あのクソ女が次に色目使って手を出した男が同級生の父親だったんだよ」

「そ、それって、もしかして……」

「はい朱々寧、大正解っ。その同級生は同じ陸上部でクラスメイトの子だったんだ。その子の家庭で体育祭直前くらいに発覚したらしいんだよ。らしいって言うのは、私はぜんぜん知らなかったからなんだ。クソ女のことなんて興味なかったから。だから、私だけが何も知らないまま一人で有終の美を飾るんだって意気込んで体育祭当日を迎えたんだよ」


 これから起こる出来事が楽しい話であるはずもなく、二人はやっぱり揃って表情を硬くし固唾を呑んでいる。






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