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「アイツが、……朱々寧(すずね)がそんなことを口走るからこそ許せないのよ。自分自身の気持ちを否定しながら嘘ばっかり並べて、私なんかの失言をうやむやにするために自分を傷付けてる。それが、たまらなく嫌なのよっ!」


 由川(よしかわ)さんの自分に対する失言が原因で陸上部を辞めることになってしまったと知った朱々寧は、由川さんを守りたい一心で苦肉の策に出たのだ。


 すでに由川さんの口から飛び出した失言は取り消しようがない。

 だったら、由川さんが口にした『這ってでも来なさいよ』という言葉が、てんで的外れな発言だったことにすれば良いと考えたのだろう。


 どれほど頭に血を昇らせた発言をされたって、受け止める朱々寧の方がまるで不真面目だったのであれば結果的に失言にはならない。


「そんな憎まれ口を並べて自分がどれだけ不真面目だったかを主張していれば、きっとまわりが私のことを許してくれるとでも思ってたのよ」


 冷静さを取り戻そうと努めて声量を抑えながら由川さんが吐き捨てる。


 朱々寧自身が陸上なんて取るに足らないことだと吹聴すれば、巡り巡って由川さんの失言が薄れていくはずだと。朱々寧がああ言ってるんだから由川さんのことをこれ以上悪く言うのはよそう、そんな風に期待したに違いない。


「そこまでわかってるなら、朱々寧ともっとちゃんと向き合えば……」

「あなた――、西森(にしもり)さんって意外と察しが悪いのね。言ったでしょう、私は性格が悪いのよ」


 鼻で笑うような息遣いで顔を上げた由川さんは自虐的な歪んだ笑顔を貼り付けていた。


「朱々寧が不真面目な憎まれ口を叩くっていうことは、それだけ本当は陸上のことが好きだったってことじゃない。だから、私はそれを受け入れることなんて出来ない。一度として勝てなかった朱々寧に追い付きたくて、いつか追い抜きたくて、ただそれだけのために私は必死に努力を続けてきた。それなのに走れなくなって辛いはずなのに、考えなしに失言を撒き散らした私を擁護するためだけに、あんなに気持ちよく走っていた自分を否定してるのよ? どうしたら、そんな朱々寧の姿を受け入れられるのよ……?」


 由川さんの問いかけは答えを求めてはいなかった。ただ懇願しているみたいに見えた。


 失言してしまった自身への正当な罰だと受け入れたはずなのに、被害者であるはずの朱々寧から身を挺して庇われる。それはどんなに居た堪れず身を刺す苦しみだろうか。


「……じゃあ由川さんは、もっと責められるほうが良かったの?」


 私の訊ね方が的外れだったのか、顔を上げた由川さんは眉をひそめて見つめてきた。けれどすぐに顎を引いて視線を落とすと力なく首を横に振った。


「私の失言がどう責められるかは関係ないわ。責めたいなら好きなだけ責めてくれれば良いだけだもの。私はただそれを受け止めるだけだから。……けど、朱々寧にはもっと、素直に悔しがってほしかった」

「悔しがるって、走れなくなったことを?」

「そうよ。だってそうでしょう? 本当は誰より一番辛いはずなのに、私の失言のせいで朱々寧は自分の気持ちに蓋をして悔しがることも出来なくなったのよ」


 その指摘に私は身が竦んだ。


 だってこれはもはや執念だ。


 転入してきて車椅子の朱々寧を見て、純粋な第一印象が物腰の柔らかい穏やかな優しい子だと思った。その印象は今でも変わらない。

 けれど、いったいどれ程までに優しくなれれば、脚の自由を奪われてなお、失言とはいえ自分を罵倒してきた相手をここまで思い遣って道化を演じられるのだろうか。


「だから私は、朱々寧が戯けて陸上を蔑ろにすればするほど徹底的に受け入れなかった。それを受け入れることは、朱々寧に陸上への気持ちがなかったことを認めることになる。だってそんなの、朱々寧が自分で傷付けている名誉にトドメを刺すことに他ならないじゃない」

「それで、朱々寧と顔を合わせるだけで険悪な雰囲気になってた、険悪な雰囲気にしていたってことなの? 戯ける朱々寧を絶対に認めないために……」

「そうよ。さっきも言ったけど、どうせ三年生の引退はすぐだったのよ。仮に私の失言が朱々寧の思惑通りにうやむやになったところで部に戻るなんてことはなかったんだから。陸上部を辞める流れが少しだけ腑に落ちない形になっただけで、こんな気持ちのまま続ける気にもなれなくて私はもう走ることを辞めようって思った。だから元々通ってた中高一貫の豊中から、少なくとも陸上部の面子は受験しないこの高校を選んだのよ」


 中高一貫校からわざわざ偏差値の低い高校に外部受験した理由がわかった。その決断だって容易くはなかっただろう。


 けれど人間関係は残酷だ。一度崩れた関係性はしこりとなって根深く残り続け、そう簡単に修復なんてされない。


 大人はきっとわからないだろうし簡単に考えるだろうけれど、学校というどこまでも閉鎖的な檻の中で均衡を乱してしまうことは、私たち子供にとっては命取りとも言える。それくらい簡単に脆く壊れてしまうんだ。






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