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「……西森(にしもり)さんって、距離感の測り方おかしいって言われない?」

「そんなに後退らないでよ。気を付けてるつもりなんだけど、なんか駄目みたい」


 てへっと舌を出し、おでこにコツンと拳を当ててみせる。


 どうだ、かわいかろ? と小首を傾げてみせる私のてへぺろに、由川(よしかわ)さんは目元を歪めて眉間の皺をより深くする。

 そんなゴミムシを見るみたいな視線、さすがに失礼でしょ。


「……私の失言も知ってるくらいだし、話を全部聞いてきたって本当に全部なのよね?」

「うん。朱々寧(すずね)が県の100mの記録を塗り替えたことも脚がああなった原因も、由川さんとリレーメンバーだったことも」


 改めて言葉として届けられたことで、最後の砦が崩れ去るみたいに由川さんは大きく肩を落として消沈した。


 あれほど気位が高く強気な由川さんを完膚なきまで責め立てているみたいで胸が痛んだ。

 けれど、それ以上に朱々寧との諍いを目の当たりにしてモヤモヤし続けるのが嫌だった。


 朱々寧とは親友宣言をしたし、二人の間に寝そべる確執を解決に導く糸口でも見つかるなら良いと思った。みんなで仲良くなれるのならそれに越したことはないはずだから。


「……私が陸上部を辞めたのは、純粋に私自身の失言のせいよ」

「何度も言っちゃってごめん。予選会の後に病院に駆け付けて、朱々寧に這ってでも来なさいよって言ったことだよね?」

「ほんと、そこばっかり強調しないで。まあ、それくらい無茶苦茶な失言ってことよね……」

「朱々寧が退院して学校に戻ったときには由川さんは陸上部を辞めてたって、人伝に部内で失言を責めるみたいな流れになったらしいって聞いたけど」

「……アイツ、誰からそんなこと聞き出したのよ」


 唇をわずかに歪めて小声で毒づく姿は、けれどまるで覇気を感じさせず弱々しかった。気を取り直すみたいに口元に手を添え咳払いしてから由川さんが続ける。


「もうわかってると思うけど、私ってこんな性格でしょ? だから失言とか関係なく元々疎まれてたのよ。そんな不愉快だったやつがちょうど良く失言してくれたから、ここぞとばかりに日頃の鬱憤を晴らしてきたってことよ」


 ため息混じりに言い捨てた由川さんの口調は呆れと諦めが滲んでいた。それでも暗い影を落とす表情はちっとも納得なんてしていなかった。


 形は少し違えども、それまで安定していたはずの立ち位置が脆くも崩れ去ってしまう辛さは私にも経験があった。だからといって今の由川さんに口先ばかりの共感はきっと届かない。


「それが、私が陸上部を辞めた理由よ。さすがに昨日まで上辺だけでも普通に接していた子たちから無視されて陰口叩かれるのはしんどかったから。それに、予選会で負けたことで三年生は引退するだけだったんだから、タイミングがほんの少し早まっただけよ」

「じゃあ、朱々寧との確執って別の何かがあるってことだよね?」

「……その、確執って言い方は少し違うわ。私がアイツの態度に納得できないだけだから」

「朱々寧の態度? それって由川さんが陸上部を辞めた後ってことだよね?」

「そうよ。アイツが退院して学校に戻ってきたら車椅子だったわけよ。陸上部員に限らずみんなが気遣って腫れ物に触れるみたいに接してたわけだけど、そのたびにやたら大きな声で言ってたのよ、『別に陸上なんて真剣にやってたわけじゃないから』って……」


 ギュッと握りしめた拳を震わせて由川さんは視線を足下に落とす。


 最初に由川さんと競争をしたときに、私はその圧倒的な実力差を目の当たりにした負け惜しみで、本気でやってたわけじゃないと口走ってしまった。

 あの時の落胆と軽蔑の入り交じった鋭い眼差しを思い出す。


「ほんと、これ見よがしに大きな声でへらへら笑いながら繰り返してたわ。『陸上なんてただの暇潰しで本気で打ち込んでなかった』とか『走れなくなったからって別にぜんぜん後悔とかない』だの、挙げ句に『誰も私に勝てなかったからもう飽きちゃった』とか、手を叩いて大口開けて笑ってたのよ」

「……それが、その朱々寧の態度が、辛辣に当たる理由なの?」

「そうよ」


 由川さんの力強い即答に、私は気が遠くなりそうな感覚に襲われて足下がぐらついた。


 まさかそんな理由だったなんて。そんなことが理由だったなんて。だってそれは――


「それは、朱々寧なりに由川さんの失言を擁護してたんじゃないの?」

「わかってるわよっ」


 そんなつもりなんてなかったのに口調を荒げてしまった私に、更なる即答で由川さんの声が被さってきた。


 まるで売り言葉に買い言葉みたいになってしまい、お互いに口を衝いて出てしまった大きな声に顔を見合わせてしまう。


「……朱々寧が擁護してるってわかってるなら、なにが許せないの?」

「なにが許せないって、わからないの?」


 質問に質問で返してくる由川さんが挑発しているわけではないことは、その痛みを堪え続けるみたいに歪めた表情を見れば一目瞭然だった。






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