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たとえどんな心持ちで陸上に関わっていようと、中学生女子の県記録を更新するレベルの子が走れなくなってしまったのだ。大したことないわけがない。
それに朱々寧の紡ぐ言葉は、とにかく自分を犠牲にすることで由川さんに罪はないことを証明しようとしているだけだ。由川さんを庇って強がっているだけだ。
そこまで感じ取っておいて、確かに大したことないね、なんて安易に頷くことなんてできっこない。
なのに当の朱々寧が憐れみを断固として拒絶するせいで、私が聞き出した話なのに受け止めたくない気持ちが勝って、耳の奥深くに不快感が留まり続けるみたいで落ち着かなかった。
「ううん、ほんとのほんとに大したことないんだってば。だって見てよ?」
ぐっと堪えて押し込んだつもりだったのに私の顔に悲痛な色合いが覗いてしまっていたのだろう、朱々寧は背筋を伸ばして顔を上げると口角を持ち上げて満面の笑顔を作ってみせる。
「……え、なに?」
「わかんない? もっとよく見て? 私にはまだこの可愛すぎるお顔があるんだよ? こんな車椅子くらいじゃちっとも不幸になんて負けないし、むしろ薄幸の美少女ポイントが増しちゃってるくらいだと思わない?」
まるっきり演技じみた仕草で癖の付いた毛先に手櫛を通し、両頬に手を添えて不器用なウインクを寄越してくる。
――迂闊にも唖然とし過ぎて涙が零れそうになった。
気丈に振る舞うその姿勢にも、したくもなかっただろう話を無理やり聞き出した私に対する気遣いにも、ただ圧倒されて敬服に値すると心から思った。
「……うん、そうだね」
「お? 私の可愛さをやっと実感しちゃった感じかなー? まあ、依乃里ちゃんみたいに胸は大きくないんだけどね……」
顔全体を笑顔で彩って戯けてみせる朱々寧は、本人が申告している通りに確かに可愛かった。そして小柄な体格に比例して胸元も控えめだった。
「……いま、確かにちっさいなって思ったでしょ?」
「いや、思ってないよ?」
「ちょっと大きいからって調子に乗らないでよねっ」
「そのキャラめんどくさいな……」
私の胸元を指差して頬を膨らませながら戯ける朱々寧は、くるくると表情を変えて見せつつも口角の端をほんのわずかに震わせていた。
疑いようもなく戯ける仕草全てがただの強がりだ。かといって、それを指摘することがどれほど無粋かくらいは私にだってわかった。
「……無理やり聞き出したりして、ごめんね」
「いまさらしおらしくならないでよ。思い切って話したら私もすっきりしたし。……それに香奈が――、あの子が悪いわけじゃないって伝えられて良かったし」
朱々寧はハッとして目を見開くと、車椅子の後輪リングを回してくるりと背中を向ける。
いまさらやっと気が付いたのだろう、これまでは意識的に『あの子』と呼んでいた由川さんのことを、ここまでずっと香奈と名前で呼んでいたことに。
陸上を真面目に取り組んでいなかったと言い張るけれど、きっと中学時代の朱々寧と由川さんはお互いを名前で呼び合うくらいには気心が知れて仲が良かったに違いない。
それがいまや、うっかり名前を呼ばないようにわざわざ気を張らなければならない関係にまで拗れていた。
中庭に吹き抜ける緩い風は生温く、どこまでも他人事みたいに私のピンクを撫でていった。
どうせだったら朱々寧から聞き出してしまった話も、朱々寧に起こった出来事も全て、まるごとなかったことにする勢いで吹き抜けてくれれば良いのにと無益なことを願ってしまった。
私と朱々寧の話の一段落を待っていたみたいに昼休憩の終わりを知らせる予鈴が、どこか遠く鳴り響いてこだました。
「わっ、休憩終わっちゃったね、早く教室戻ろー」
パチンとスイッチを切り替えるみたいに声のトーンを上げて朱々寧は弾かれたみたいに車椅子をこぎ出す。
慌ててその後を追って、やけに重く感じる脚を引き摺るみたいに校舎へと向かう。
煙に巻かれたわけではないけれど、私の目の前をぐんぐん進んでいく朱々寧の背中を眺めていると、その心の奥底に隠している本心までは窺い知れなかったのだろうと思い知らされた。
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