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「え、ほんとに……?」
「やっぱりそう思うよね? 他の子たちも、さすがにそれは言い過ぎだよって諫めるみたいな雰囲気になっちゃって。香奈はそのまま病室を飛び出しちゃって……」
「それは、まあ、そうなるよね……」
ただでさえ病室内で、この時点では軽傷とはいえ怪我人相手に怒鳴っているのだ。
そんな雰囲気になってしまうのは当然だし、諫められたことでいたたまれなくなって飛び出してしまうのも不思議じゃない。
「けどね、香奈にそんな風に言わせちゃったのは私のせいなんだよ。私がもっと、ちゃんと怪我人らしくしていれば、少なくとも香奈にあんなこと言わせずに済んだはずだし」
「ちゃんと怪我人らしくって、心配してるみんなを安心させようとしてただけじゃん。だって現に……」
再び、私の視線が朱々寧の脚を捉えてしまう。そのたび、ハッとして言い淀んでしまう自分が愚かに思えて仕方ない。
「うん、ほんとに間が悪いよね」
ほんのわずかな私の視線を敏感に感じ取っているのか、朱々寧は膝の上で握っていた両手にぐっと力を込めて続ける。
「翌日の精密検査で、まあ私の脚はこんな様になっちゃったわけだけど、そのせいで香奈が勢いで怒鳴った言葉に悪い意味が乗っちゃったんだよ」
「悪い、意味……」
それが指し示しているのが、由川さんが口にした『這ってでも来なさいよ』に被ることくらい私でもわかった。
「入院中はたぶん気を遣われていたんだと思うんだけど、退院して車椅子で学校に復帰してから聞かされたんだよ、香奈が陸上部を辞めたって」
「……それは、朱々寧に言い過ぎた責任を取ってって意味で?」
「表向きは、そうだと思う。けど実際は私の入院中にかなり部内で香奈に対する陰口が広まってたらしいんだよ。こうなるって知らなかったとはいえ『這ってでも会場に来い』って言った直後に私の脚がこれでしょ? だんだんと香奈のことを悪者に仕立て上げる流れになっていったって聞かされて……」
朱々寧の言った間が悪いの意味を聞かされ、本当に間が悪いとしか思えなかった。
ただひたすらに全ての巡り合わせが悪く、当人であるはずの朱々寧の与り知らぬうちに最悪な方向に転がってしまっていたのだ。
退院して戻ってきた朱々寧にしてみれば由川さんが部活を辞めたという結末となって、すでに終わった話になっていたのだ。こんなに間の悪いことなんてないだろう。
由川さんの吐き出した言葉は戻せないし、朱々寧の動かなくなった脚だって戻せるはずがない。
仮にその時点で由川さんが朱々寧に対して謝罪したところで、そんなものは聞き心地の良い言葉を形として並べただけの綺麗事としか映らないだろう。
「私が、変に恥ずかしがってへらへら笑って適当なこと言ったせいで、香奈にあんなことを言わせちゃったんだ。それを理由に責められることになって陸上部にも居られなくなって……。誰よりも真剣に打ち込んでいた陸上を香奈から奪ったのは私なんだよ。だから私のことを許せないのは当然なの。これが、中学の時に香奈が陸上部を辞めた原因だよ」
どうだと言わんばかりに大きく息を吐いて朱々寧が視線を上げる。
この期に及んで強がっているつもりなのだろうが、その表情には疲労感がたっぷりと滲んでやつれてさえ見えた。
「由川さんが陸上部を辞めた理由は、わかった。……でもさ、だからってあそこまで辛辣な態度を取るのはちょっとどうなの? 這ってでも来いは由川さんの失言なのに?」
「そりゃあ、大事なものを奪われたんだから当然だよ」
「大事なものって……、それを言うならさ、どう考えたって朱々寧の方が――」
「待って」
私が口にしようとした台詞を瞬時に察知したのか、朱々寧はまっすぐに手のひらを伸ばしてぴしゃりと遮ってくる。
「私の、ここまでの話を勝手に湿っぽくしないで。依乃里ちゃんは勘違いしてる」
「……勘違い?」
「そう。私の脚がこうなったのは私自身の不注意が原因なんだよ。寝坊して慌てて家を出たのも私だし、曲がり角で飛び出したのも私なの。もちろん、あの片手運転の自転車は正直ムカつくけどさ、関係してるのは私とその自転車だけだから。香奈の失言だって、私が誠実に陸上に向き合って、照れ隠しのいい加減なことを言わなければ出てこなかったんだし。それらの原因を全て放り投げて、私の脚のほうが可哀想だなんて憐れまれるのはお門違いだから」
まるで言い淀むことなく朱々寧は平坦に言い切ってみせた。
きっとそれは、これまで何度となく念仏みたいに繰り返し言い聞かせ続けて、なんとか自分自身を納得させるにこぎ着けた理論なのだろう。
そして、そこまで断定口調で言い切られてしまうと、私にはもはや紡げる言葉は残されていなかった。
「それに言ったでしょ? 私ってそもそも真面目に陸上やってないんだから。香奈みたいに真剣に取り組んでたなら悲劇だったかもだけど、私にとっては大したことじゃないんだよ」
「……いや朱々寧、これ以上ないくらい大したことだよ? 車椅子が必要になってる時点で出来なくなったのは陸上だけじゃないじゃん?」
こんな否定の仕方は不本意だった。それでも口を衝いて飛び出してしまった。
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